AI技術の活用にIT業界は沸き立っている。だがその利益を得られる企業は一部に限られる可能性がある。英国のデータを基に、既に生まれている不均衡と、今後起こりうる未来を考察する。
人工知能(AI)技術の長所や短所について話題に上らない日はない。2023年7月、Microsoftのパートナー向け年次イベント「Microsoft Inspire 2023」に同社CEOのサティア・ナデラ氏が登壇し、基調講演を実施した。
Microsoftは数十億ドルを投資してAI技術ベンダーのOpenAIを支援している。その成果として、Microsoftは自社のオフィスアプリケーション群の機能をAI技術で強化している。ナデラ氏は世界経済のデータを引用し、AI技術は世界のGDP(国内総生産)に10%程度のプラスの影響を与える可能性があるとの見通しを示した。
英国国家統計局(ONS)が2023年5月に公開したデータによると、英国の2023年第1四半期(1〜3月)の実質GDP成長率は、前期比0.1%にとどまった。こうした状況を考えると、政策立案者が「AI技術が経済と政府に大きな変革をもたらす」という筋書きに期待を寄せるのは、驚くには当たらない。実際、人材や投資などの下地は整いつつあるが、このまま進むと深刻な問題を生み出しかねない。
英国科学・イノベーション・技術省(DSIT)と人工知能局(OAI)が2023年3月に発表した報告書「Artificial Intelligence sector study 2022」によると、英国では3170社のAI技術関連企業(AI技術専業企業、非AI技術事業も手掛ける企業を含む)が営業しており、これらの企業のAI技術関連売上高は合計106億ポンドだった。AI技術関連企業でAI技術関連業務に携わる従業員数は合計で5万人を超え、粗付加価値額(GVA)は合計37億ポンドだった。2016年以来、AI技術関連企業が調達した民間資金は累計188億ポンドだった。
ただし、英国貴族院(上院)向け資料に掲載されたデータによると、英国では大規模なAI技術関連企業と小規模なAI技術関連企業に格差がある。2022年の売上高で比較すると、中小規模のAI技術関連企業の合計が約30億ドルだったのに対し、大規模なAI技術関連企業の合計は約76億ドルだ。AI技術関連企業の所在地にも偏りがある。AI技術関連企業の75%がロンドンや英国南東部、英国南部にある。
これらの数字は、既にAI技術を巡る格差が生じており、大企業が新興のAI技術市場で強大な勢力を築きつつあることを示している。調査会社Gartnerのジョン・デビッド・ラブロック氏は、AI技術がソフトウェア企業を淘汰(とうた)すると考えている。AI技術を活用した機能を自社のソフトウェアに追加しなければ、ソフトウェア企業は倒産に追い込まれるとラブロック氏は指摘する。
既に大手IT企業は、AI技術市場で支配を広げるための資金を確保し、不公正な優位性を獲得しつつある。小規模IT企業の事業は、大手IT企業が提供する既存のAI技術活用ツールに価値を加えることができなければ、長続きしない。独自のデータセットを利用できる企業だけが、大手IT企業にも成し得ない価値を提供できる。政策立案者は、AI技術の倫理や安全性に取り組むだけでなく、ニッチ企業が活躍できるようにする必要もある。
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