英国では、NHSの医療アプリケーション「NHS App」を利用して、患者に医療記録を提供しているかかりつけ医は8割以上に及ぶ。NHSがNHS Appの普及目標を掲げる背景にある課題と、患者のニーズとは。
英国の国民保健サービス(NHS:National Health Service)でイングランド地域を管轄するNHS Englandによると、イングランド地域のかかりつけ医(GP:General Practitioner)による患者への医療記録提供が進んでいる。2023年12月時点では、イングランド地域のGPのうち81.1%が、NHS公式アプリケーション「NHS App」を利用して、患者が自身の医療記録を閲覧できるように情報提供しているという。
NHS Appは患者が医療機関の受診予約をしたり、自身の医療記録を確認したり、医者とオンラインでやりとりしたりといった、さまざまな場面で活用できる機能を持つアプリケーションだ。2019年1月の提供開始以来、NHSが提供するデジタルヘルスケアサービスのポータルとして役割を広げている。NHSが2021年5月に公開した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種証明サービス「NHS COVID Pass」の利用申請にも使うことが可能だ。NHS COVID Passの登場をきっかけに、NHS Appはユーザー登録数を急激に伸ばし、オンライン診療やワクチン接種証明など幅広い用途で活躍している。
英国政府はプライマリーケア(初期診療)の利便性を改善する計画を推進している。この計画は、GPへの診療予約の殺到を避け、患者がより迅速かつ容易に健康を管理できる状態を目指すものだ。その一環として患者による自己診断を支援するために、NHS Appを普及させ、2024年3月までに国内の90%のGPが患者にNHS App経由で医療記録を提供できるようにするという目標を掲げている。
NHS Englandで変革担当ナショナルディレクターを務めるビン・ディワカール氏によると、2023年10月には900万人以上がNHS Appを使用して自身の医療記録を閲覧していた。「医療記録へのアクセス数を増やすことは、間違いなく患者と医療従事者に恩恵をもたらす」とディワカール氏は強調する。
ディワカール氏によると、イングランド地域で4500件以上の診療所がデジタルの医療記録を患者に提供中だ。「デジタルの医療記録を患者に提供するのが難しい診療所に対しては、可能な限りの支援策を通じて、積極的に普及を促す方針だ」と同氏は語る。
英国政府は、欧州連合(EU)の「一般データ保護規則」(GDPR)と、2018年に改正した個人情報保護に関する英国法「Data Protection Act」に基づいて、個人が自身の医療記録にアクセスする権利を認めている。患者がアクセスを希望しない場合を除いて、GPは16歳以上の全患者が医療記録のデジタルデータにアクセスできるようにしなければならない。
英国の慈善団体Patients Associationの代表を務めるレイチェル・パワー氏は、「患者は自分の医療記録に簡単にアクセスできることを切望している」と語る。NHS Appで自分の医療記録を閲覧できる人が増えていることは「患者にとって朗報だ」とパワー氏は評価する。さまざまな患者が、自身のケアに検査結果や今後の診療予約状況を役立てているという。「デジタルの医療記録に自発的にアクセスできる患者が増えるほど、患者がGPに電話して診療予約をしたり、診断書を要求したりする機会は減少するはずだ」(同氏)
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