基準、運用の「簡素化・明確化」を目的に改訂された「財務報告に係る内部統制報告制度」。今回の改訂では特に中堅・中小の上場企業が意識されているようだ。実際に対応する企業は改訂でどのような影響を受けるのだろうか。
前回記事「『簡素化・明確化』内部統制制度はどう変わる?」では、内部統制の基準・実施基準においてどのような変更が予定されているのかについて解説した。この改訂の目的は、内部統制報告制度の簡素化・明確化にあることから、企業にとっては今後の制度対応に向けて検討可能な部分が多くあると考えられる。
本稿では、この改訂が企業にとってどのような影響を及ぼすのかについて、検討していくことにしたい。なお、意見に関する部分は筆者個人の見解であり、筆者の関係するあらゆる組織の見解ではないことをあらかじめお断りしておく。
内部統制とは、基本的に、業務の有効性および効率性、財務報告の信頼性、事業活動にかかわる法令等の順守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)およびIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される。
このような内部統制の仕組みを企業内で実現するためには、当然に各企業の置かれた環境や企業の持つ特性に応じて各社各様に考え、検討していかなければならない。しかし、財務報告の信頼性を確保するための内部統制として、比較的固定化した内部統制の仕組みの整備・運用が求められた側面があることは否めない。それが日本における企業にとって必要以上の負荷が発生しているという主張になるだろう。
今回の改訂は、内部統制の基準・実施基準等のさらなる簡素化・明確化が大きな目的の1つとなっている。特に、中堅・中小上場企業の実態に即した簡素化・明確化等を図ることが強調されている。
それでは、中堅・中小上場企業はどのような企業を指すのか、ということが問題になるが、各企業に整備されるべき内部統制のデザインは、その企業が置かれた環境等によって異なることを考慮すれば、あらかじめパッケージされた内部統制のデザインを企業組織に導入することはできないため、あらゆる企業が対象になり得ると考えられる。重要なのは、実際に機能する内部統制がデザインされ、それが継続的に運用されていなければならない点については、従前となんら変わらないということである。企業は財務報告に関する内部統制が実質的に有効であること、その評価結果を表明できる程度の根拠を得るために何をすればよいのか、あらためて考えるタイミングとなろう。
全社的な内部統制の評価範囲は、原則として全ての事業拠点について評価すべく定められているが、今回の改訂により「財務報告に対する影響の重要性が僅少である事業拠点」について、売上高で全体の95%に入らないような連結子会社については僅少なものとして、評価の対象から外すといった取り扱いが実施基準において明記された。経営者は特定の比率に捉われずに僅少と判断する範囲については監査人と協議して決めるものとされたため、評価範囲の決定については監査人との事前の協議が重要となる。
また、他の会社の子会社である持分法適用関連会社については、当該親会社の内部統制報告書または当該親会社が当該関連会社の財務報告に係る内部統制の有効性に関して確認を行っている旨の書面を利用することができる。このような関連会社を有する会社は、あらかじめ関連会社等と協議の上、当該書面を入手する方法を定める必要がある。
業務プロセスに係る内部統制の評価範囲については、企業環境が流動的で多様な業務を行っているような組織ではなく、継続して安定的に業務を行っている事業拠点については、その評価範囲を計画段階で合理的に削減できると考えられる。企業の評価対象となっている業務プロセスの大部分が、継続して安定的に行われている業務である場合には、評価範囲から除外することによって企業の評価工数を大幅に削減できる余地がある。
しかしながら一方で、評価範囲を削減した結果、売上高等のおおむね3分の2を相当程度下回った場合には、その旨を内部統制報告書に記載することが求められる。実際にどの程度の企業がこの記載を要するほど評価範囲を削減するかについて現段階では不明であるが、企業としてはメリットとデメリットを考慮して判断する必要がある。
なお評価範囲から除外できるのは、重要な事業拠点の中でもグループ内の「中核会社」でないなど、「特に重要な事業拠点」でない場合に限定されることに留意する必要がある。「中核会社」や「特に重要な事業拠点」は一律に示すことはできないとされているため、経営者が決定しなければならない。
全社的な内部統制の評価については、多くの企業において参考1として実施基準に表示されている42項目をベースに評価していると思われるが、必ずしもこれによらない場合があることが明記された。全社的な内部統制に関する評価項目を見直す過程で、実態を分析し、効果的な評価手続に基づいた有効性評価を行うことによって、実効性を高めることが一層可能になるだろう。
評価手続としては、年度の評価結果が有効であり、かつ整備評価を行った結果、その整備状況に重要な変更がない項目については、前年度の運用状況の評価結果を継続して利用できるものとしている。
全社的な内部統制において運用状況の評価を実施する必要がある項目はそれほど多くはないと考えられるが、例えば取締役会の議事録をサンプル抽出して運用状況を評価する必要がある項目などについては、運用状況の評価を2年に1回程度に簡略化することが可能になる。
前年度の評価結果が有効であり、整備状況に変更がない場合には、その旨を記録することで前年度の運用状況の評価結果の継続利用が可能であるとされた。
また、統制上の要点として識別された内部統制(財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼすものを除く)については、一定の場合に運用評価のみならず整備評価も前年度の評価結果を利用することが可能であるとされた。
従って統制上の要点として識別される財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼす内部統制を明確化するとともに、それ以外の評価項目については、前年度の評価結果を用いる方法が検討可能となった。このように、業務プロセスに係る内部統制の評価対象項目を2つに分けて、それぞれに対する評価方法を検討することによって、全体としての評価対象を限定し、評価工数を削減することが可能になろう。
なお、ITに係る業務処理統制については、改訂前の基準においても過年度の評価結果を利用できる旨明記されていたが、今回の改訂により一層強調された。
ITに係る全般統制の有効性評価は、情報システム部門の業務プロセスの評価という側面もあるため、業務プロセスに係る内部統制の有効性評価と考え方は基本的に同じである。しかしながら、特にITに係る全般統制については、ITに係る全般統制以外の評価体制と分離されている企業が多いという印象がある。制度改訂を機に、業務プロセスの評価の1つとして内部統制の評価体制の構築を検討する必要がある。ITに係る全般統制に不備が存在した場合に、その影響がどのように業務プロセスの内部統制に影響が及ぶのか、内部統制のデザイン全体を把握しながら判断することが求められるからである。
これまで述べてきたように、今回の内部統制の基準・実施基準の改訂により、企業における内部統制の有効性評価について簡素化の可能性が広がっている。一方で外部監査人が実施する内部統制監査については、財務諸表監査との一体的な監査を実施することにより簡略化を進めるべきである旨は明記されているものの、それ以外の監査手続についてはあまり変更されていない。
すなわち企業側で内部統制の評価の実施を省略した場合には、監査人は企業の内部統制の有効性の評価結果を利用することが難しくなるため、監査人自らが内部統制の評価を行うためのサンプルを抽出し監査手続を行うことが想定される。従って、企業の評価担当者の工数削減は可能であるものの、結局は現場担当者(被監査部門)に監査対応を求められる可能性が高く、企業グループ全体としてどのような体制を採ることが、最も有効かつ効率的な方法であるのかについても、あらかじめ十分に検討する必要があろう。
1つの見解としては、制度開始から4年目を迎え、被監査部門にとっても毎年の監査対応に多少は慣れてきた部分がある。ここで内部統制の評価を2年に1回へと削減するならば、定着してきた内部統制の有効性評価の実施水準が低下する可能性は否定できない。そのため、業務の変更の有無や状況の把握目的も含めて、企業においても内部統制の評価を毎期継続的に実施することが、管理レベルの向上に役立つものと考えられる。
中央大学大学院商学研究科博士前期課程修了。大手監査法人を経て、株式会社レキシコムを設立し、現在に至る。経営者や管理者をはじめとした情報利用者に価値のある情報をいかに提供するのかに焦点を当てながら、公認会計士としての専門的知識や経験を生かし、業務改善コンサルティングや内部統制報告制度対応支援、会計制度への対応を含めた情報システムのサポート業務などを中心に展開している。IFRS、内部統制、情報システムなどをキーワードに、講演・執筆活動の実績多数。
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