J-SUMMITS 連載コラム「電気羊はユーザーメードがお好き!?」
電子カルテの家系図は「単なるお絵かき」では済まされない
電子カルテの家系図は、紙カルテと異なり技術的に可能なことが増えた半面、倫理的に考慮すべき事柄も増えている。真に有用な家系図システムの構築には、まだまだ検討すべき課題が多い。
「電子カルテの家系図問題」とは?
医療現場における電子カルテの導入や利用に関するエッセイ集『電子カルテは電気羊に食べられる夢を見るか』(加藤 五十六 著)を題材に、「日本ユーザーメード医療IT研究会」(J-SUMMITS)のメンバーが現場の抱える課題の解決策をリレー形式で提案する本連載。今回は「電子カルテの家系図問題」を取り上げる。
エッセイでは、電子カルテにおける家系図に関する機能の課題を指摘し、特に遺伝性疾患や家族内感染の際に用いる詳細家系図の取り扱い方法を紹介している。本稿では、医療法人葵鐘会 副理事長 吉田 茂氏が自身の経験を踏まえながら、家系図の作成やその管理に関する改善策を提案する(編集部)。
既存の電子カルテに付随する家系図作画ツールの限界
私が本連載のこの章を担当することになったのは、以前の勤務先(名古屋大学医学部附属病院)で、実際にデータベースアプリケ―ション開発ソフトのFileMakerを使って「家系図作成ツール」を作った経験があるからである。
加藤 五十六先生は、この章の冒頭で「電子カルテで家系図を図示するツールで、まともに使えそうなものにまだ出会っていない(2008年10月現在)」と述べられているが、私が2012年当時、上記の家系図作成ツールを開発しようと思い立ったときもまったく同感であった。この原稿執筆時点(2013年8月)で某トップベンダーの電子カルテでも、お絵かきソフトの域を出ていないと考える。
確かに描画機能としては、自分から見た続柄で、男性を表す四角や女性を表す丸が自動生成され、年齢を記載すると序列が変わるなどの小細工はできている。しかし、不思議なことに父を女性にしたり、母の年齢を自分より年下に設定したりすることもできてしまう。もっとも、年下の母は年の差婚の場合には起こり得るし、性同一性障害の問題と生殖技術の発展を考えると、父親が女性であっても不思議ではない世の中にはなりつつあるが……。
加藤先生も指摘されているが、家系図には単なる「家族構成図としての側面」と「遺伝性疾患などの血族内分布を把握する側面」が存在する。前者では内縁関係も表す必要があるし、後者では保因者(遺伝性疾患の原因遺伝子を保有するが、未発症の人)を表す記号も必要となる。
家族構成図としての家系図であれば、お絵かきツールでも事足りるのかもしれないが、遺伝性疾患や家族内感染などの診療に役立つ家系図は相当複雑な仕組みが必要となる。そこで重要になるのは、単なる描画の問題ではない。
FileMakerで家系図作成ツールを自作
私は家系図ツールを作成する際、最初に「世代(g)」と「構成番号(n)」という要素を定義した。この2つの要素により、家系図の構成員のいわゆる座標が決定され、構成員を示すシンボル間を結ぶ結線として「水平接続線」「垂直接続線」「配偶線」というものを用意することで、これらの接続の組み合わせと構成員の座標(g, n)により、論理的に血族関係(父、母、長男、孫など)を定義できるようにした。
さらに、各構成員の疾患名や備考情報を入力できるようにして、同じ病院に受診歴がある構成員は、その患者IDを入力可能にした。そして、別途、FileMakerシステムから患者IDを指定して電子カルテの当該患者カルテを開く仕組みを構築。その際、ある重大な問題に気付いた。
複雑な閲覧権限の問題
それは、加藤先生も指摘されている「情報の閲覧権限の問題」である。当該患者(家系図の発端者)の主治医であっても、家系図内の全ての構成員の主治医であるわけではなく、面識すらないケースも多いだろう。患者の診療に関わらない医療者は本来、カルテを開いてはならないのだが、自分の関わる患者の家系図内に記載されている構成員である患者のカルテは開いてもよいのだろうか?
仮に閲覧が許されるとしても、そこで得られた情報を家系図の疾患情報や備考情報として当該患者のカルテに記載することは許されるのだろうか?
本来、家系図の情報は「当該患者(家系図の発端者)」から得られる「問診情報(伝聞情報)」である。そこには、医学的な正確性や真実性は必ずしも求めていなかった。しかし、電子カルテでは、患者IDの記載やリンク機能によって各構成員のカルテが容易に閲覧できる。そこから疾患名などのデータを取得可能になると、当該患者が知り得ない情報も家系図に記載できる。もし、そのような家系図が含まれるカルテを当該患者が開示請求した場合、家系図の各構成員の詳細情報は開示してもよいものだろうか?
多重リンクの弊害
さらに、当該患者の家系図内のある構成員が同院の患者である場合、その患者を発端者とする家系図も存在することになる。電子カルテの患者IDでリンクさせることで、次々と家系図がつながる。この多重リンクによって、最初の当該患者は全く知らない、会ったこともない遠縁の構成員の情報にまでたどり着ける可能性も出てくる。血族内での同一疾患の検索などには威力を発揮しそうだが、これは果たして許される行為だろうか?
実際、血族内で遠縁の者まで含めて、同じ医療機関に受診歴があるというケースは多くないだろう。しかし、このような家系図システムがいわゆる地域連携システムや「EHR(Electronic Health Record)」に導入されるとしたら……。あながち空想上の出来事ともいえなくなる。
時系列の逆転現象
もう1つ私が気になる問題は「家系図の更新のタイミング」である。従来の紙カルテでは、家系図はカルテの最初の方のページに1枚だけ存在していた。一方、電子カルテの家系図システムが発展すると、家系図内の各構成員の情報の更新を反映することができる。その際、情報の更新履歴を残しておかないと時系列の逆転による問題を引き起こしかねない。
例えば、当該患者が珍しい遺伝性疾患であることが判明すると、血族内で疑いのある構成員を精査したり、保因者検索を行ったりすることで、同じ疾患の患者や保因者を見つけることができる。その結果を家系図内に追記してしまうと、家系内に患者や保因者がいることで、当該患者の遺伝性疾患を発見できたかのような錯覚を与えてしまう。時系列を意識して、その家系図の情報を知り得た時点がいつなのかを明記しておかないと、万一何らかのトラブルが発生して訴訟が起こった場合はややこしいことになるであろう。
家系図データベースと参照系データベース
加藤先生は「家系図内の各構成員の情報を更新する際には、それぞれの属するカルテ情報の更新と、家系図内の構成員として登場する他の複数の患者の家系図内の情報の更新も必要となり、大変な手間が掛かる」と述べられていたが、これは家系図内の各構成員の情報を正規化された情報として扱う場合である。
その点について、私は「家系図データベースは電子カルテ本体から切り離し、情報の転記は電子カルテから家系図への一方通行で、かつ家系図側から電子カルテのデータ更新をオンデマンドで行って最新の状態にすべき」と考える。さらに、電子カルテに直接リクエストするのではなく、参照系のFileMakerデータベースを用意して、そこに対していわゆるルックアップ(データのコピー)をすることで、情報更新の負荷を軽減できると考える。
そして、参照系データベースには、家系図データベースからのルックアップを許可するフラグを用意しておき、血族内で共有することが有益である情報については許可を促すことになるだろう。ただし、血族と言っても、自分の子や孫のためならば、喜んで許可するだろうが、顔も見たこともない血族に対してはどうだろうか? また一度は許可して取得済みの情報に対して、後から削除依頼が掛かった際にはどうすべきだろうか?
実は、この辺りのことも加藤先生は著書で述べられている。家系図にまつわるさまざまな問題点を加藤先生と熱く語り合うことができないのが非常に残念である。
次回は、櫃石秀信氏(加古川東市民病院 事務長)が、多くの自治体病院が抱えている問題を指摘した「ダチョウ倶楽部」の章を取り上げる。
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