既存のAIは特定のタスクに特化しており、他のタスクに応用できない。IIIMが目指すのは自律的に学習して異なる複数のタスクに対応できる「強いAI」の実現だ。その研究・開発動向を紹介する。
2020年、Cisco SystemsはIcelandic Institute for Intelligent Machines(IIIM)に2年間の研究助成金を提供した。レイキャビク大学のクリスティン・トリッソン教授(IIIMのディレクター)が主導するAI開発のアプローチは、既存のそれとは幾つかの点で異なる。IIIMのアプローチは自己教師あり学習(訳注)を採用し、時間経過とともにシステムが自身を改善する。学習は、システムが自律的に生成した仮説を検証する「推論」に基づく。
訳注:自己教師あり学習(Self-supervised learning)は、学習データのラベルを自身で生成する。「教師あり学習」という名称だが、人間によるラベル付けが不要という点で「教師なし学習」に分類される。
IIIMのアプローチは単に相関関係を見つけるだけでなく、因果関係も認識する。
トリッソン教授は、さまざまな状況で経験から学び、それをあるコンテキストから別のコンテキストにスムーズに移せるAIを開発したいと考えている。このAIは、やったことの理由さえ説明できる予定だ。
トリッソン教授が率いるチームの研究の重要性を理解するには、「強いAI」と「弱いAI」の違いを理解するとよいだろう。
強いAIは、汎用(はんよう)AI(AGI:Artificial General Intelligence)や汎用機械知能(general machine intelligence)ともいわれ、複数の領域の問題を解決できるシステムを指す。強いAIは時間とともに経験を通じて学習する。
強いAIは理論上の存在だ。既存のシステムは全て弱いAIに分類される。チェスをプレイしたり特定製品の質問に答えたりするといった、単一領域の具体的なタスクだけ実行できる。弱いAIは教師あり学習を通じて学習する(訳注)ため、学習データを人間が用意する必要がある。
訳注:GAN(Generative Adversarial Networks:敵対的生成ネットワーク)や強化学習など、教師なし学習(Unsupervised Learning)を利用する弱いAIは多数ある。
弱いAIが学習プロセスを経た後、システムが行うことを予測するのは不可能だ。学習に使うデータセットは人間が分析するには大きく、複雑過ぎる。そのため、AIの推論結果を人間が完全に理解できないことが多い。
弱いAIはデータ内で相関関係を探し、入力の特定パターンが出力の特定パターンにつながるだろうと推測する。トリッソン教授は、相関関係だけでは不十分であり、必要なのはロジックを理解して因果関係を解明できるシステムだと言う。
トリッソン教授のアプローチは、Autocatalytic Endogenous Reflective Architecture(AERA:自己触媒内因性反射アーキテクチャ)で、実行中に自分の動作を変えることができる。AERAは、データを受け取ると既知の情報と新たなデータが示すことを「考え」る。
目標がAERAの重要な要素の一つになる。明確な目標が与えられると、その目標を行動や結果と比較する。一連の行動によって目標に到達すると、どの行動が別の目標につながるかを判断しようと試みる。これを繰り返し、変化する目標に適応するためには「どのように考えればよいかを考えている」と言える。
「当システムは、仮説的推論、演繹(えんえき)法、帰納法を使って論理的に考える。ちょっとした類推さえ行う。仮説的推論はシャーロック・ホームズが得意とするところだ。シナリオがあり、何かが起きる。状態があり、そこで何が起き、どのようにしてそうなったかの推測を試みる」
「IIIMのアプローチによって、新しい概念を一から思い付くシステムを生み出そうとしている。未知の変数セットを処理できるシステムにする予定でもある。航空管制システムが想定よりも1機多く航空機を検出しても、処理不能になることはない。今回の研究が重視するのは、システムの基本原則を利用して未知の状態を処理できるシステムを構築することだ」(トリッソン教授)
強いAIを研究しているのはトリッソン教授のチームだけではない。Non-Axiomatic Reasoning System(NARS:非公理的推論システム)という、AERAに似たアプローチもある。このアプローチは米テンプル大学のペイ・ワン教授によって20年以上開発が続けられており、最近はこのアプローチを支援するチームもある。AERAと同様、NARSプロジェクトも人間の心と同じ原理で「考え」てそれに従う強いAIの開発を目指している。
両プロジェクトが目指すのは、多くの領域の問題を解決するシステムの開発だ。ただし、AERAが他のアプローチとは異なる点は新しい領域から学習できることだ。
トリッソン教授はAERAのアプローチを実証するコードを開発し、大学と企業の研究グループが相互に学習できるようにする予定だ。だがAERAのデモンストレーションは今回が初めてではない。約10年前、トリッソン教授が率いるチームは材料のリサイクルについて話し合う2人の人物を観察して、テレビの模擬インタビューをリアルタイムに行う方法を学習するモデルを開発した。
「これは、私たちが真剣に取り組み、独自の方法論を体系化して成文化した初めての研究だ。当時作成したシステムは期待を大きく上回り、実行中に学習を続け、不特定のタスクを実行して、新しい目標を達成できた。このシステムは、あるタスクの非常に高度な説明を観察することによって学習できる」
「このシステムは当時の夢をはるかに超えて機能した。システムの背後にある原則の凝縮を試みてきたことを、多くの時間をかけて解体した。このことは主流となっていることとは全く異なっているため、主流の用語だけを使って説明するのは非常に難しい」(トリッソン教授)
トリッソン教授は、オープンソースにリリースするコードの開発をさらに進め、多くのデモンストレーションを行うことでチームを拡大し、研究者のコミュニティーが形成されることを願っている。
「ワン教授がNARSに取り組む非常に優秀な研究者の小さなチームを作るのに数年かかった。ワン教授が真に優れたオープンソースコードを公開した後でさえそうだった」
「NARSとAERAには概念レベルや方法論に非常に高い互換性がある。両システムから学び、AIを新たなレベルに引き上げるチャンスがある」
「アイデアの50%だけでも実装できれば、素晴らしいことだ。それだけでも現在のAIが実行できることをはるかに超えるだろう」(トリッソン教授)
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