電子処方箋の仕組みが開始し、調剤薬局のビジネスは大きく変わる可能性があります。処方薬のオンライン販売が現実になるとともに、Amazon.comが日本での処方薬販売に参入するとの見方も。何が起きるのでしょうか。
日本経済新聞は2022年9月に、Amazon.comが日本で処方薬のオンライン販売への参入を検討していると報じました。記事によると、Amazon.comは中小規模の調剤薬局と連携し、患者がオンライン服薬指導を受ける新たな仕組み(プラットフォーム)を作る構想を持っているようです。この試みが開始することで「リアル店舗を重視する日本において、調剤薬局ビジネスの転換点が来るのではないか」と同記事は考察しています。
「たとえAmazon.comでも日本で処方薬事業に参入するのは難しい」と考えるのか。それとも「Amazon.comが医療業界を席巻し、業界再編が起こる」と考えるのか。この報道を期に、Amazon.comが日本の医療業界にもたらす影響についての評価が揺れています。
近年、Amazon.comはヘルスケア分野で活発な動きを見せています。米国では下記のような動向がありました。
Amazon.comは米国全土で、オンライン医療相談や診療、薬局(処方配送)などのサービスを手掛けようと準備を進めていることが分かります。今後はAmazon CareとAmazon Pharmacyのサービスを一本化し、トータルサービスとしての提供を目指す方針を示しています。
厚生労働省資料「令和3年度衛生行政報告例」によれば、2021年度の時点で、日本には6万軒以上の薬局が存在します。2020年度から2021年度までの期間、調剤薬局は毎年増加しています。政府の医薬分業政策によって医薬分業率は7割を超えており、日本薬剤師会が発表する医薬分業進捗状況(保険調剤の動向)によれば、2022年度(2022年3月〜2023年2月)の処方箋受け取り率(医薬分業率)の推計は76.6%です。しかし調剤薬局の増加は、2021年の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の改正や、2022年度の調剤報酬改定による影響で、今後は減少に転じる可能性があります。
2020年9月に施行した改正薬機法は調剤薬局の役割について、従来の調剤業務に加えて「服薬指導」を義務化し、オンラインでの服薬指導も正式に認めました。2022年度の調剤報酬改定では、調剤業務に関する点数を引き下げ、服薬指導業務を引き上げる形で点数の再編がありました。この改定によって調剤薬局は、調剤ロボットの導入やタスクシフティング(薬剤師の調剤業務の一部を薬局事務員に移管すること)などで調剤業務を徹底的に効率化し、薬剤師が服薬指導に掛ける時間を増やす必要に迫られています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大した影響で、2020年4月に「初診からのオンライン診療」が解禁となりました。合わせて「オンライン服薬指導」も実施可能になりました。その結果、オンライン診療、服薬指導、そして処方薬の発送が一気通貫で提供できる状況が整いました。この流れは2022年度の診療報酬・調剤報酬改定でも継続し、オンライン診療を巡る大幅な規制緩和が進みつつあります。
COVID-19のまん延を期にデジタル化の遅れが露呈したことから、日本政府は医療業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた基盤整備に関して積極的に取り組んでいます。2021年10月には「オンライン資格確認」の制度が開始しました。これは医療機関などの窓口で、マイナンバー(個人番号)カードのICチップか、健康保険証の記号番号などを用いて、オンラインで資格情報を確認できるようにする制度です。医療機関や薬局がオンライン資格確認をできるようにするには、規制当局への利用申請と、機材(顔認証付きカードリーダーやPC、レセプトコンピュータなど)の用意が必要です。顔認証付きカードリーダーは制度の利用申請をすると当局から無償で提供され、電子カルテやレセプトコンピュータの改修に掛かる費用は「オンライン資格確認関係補助金」を利用できます。
政府はオンライン資格確認制度の普及を目指し、2022年10月の診療報酬改定で、マイナンバーカードを健康保険証として利用すること(以下、マイナ保険証)を優遇する形で点数を再編しました。具体的には、従来の保険証を利用する場合よりもマイナ保険証を利用した方が、点数が低くなる(患者が負担する医療費が安くなる)ように点数を再編しています。2023年4月以降は全ての医療機関・薬局にオンライン資格確認を義務化し、将来的には従来の保険証を廃止してマイナ保険証に一本化する方針を打ち出しています。
オンライン資格確認は、政府が掲げる「全国医療情報プラットフォーム」の基盤となる仕組みです。医療機関・薬局は資格情報だけではなく、薬剤情報および特定健診情報をオンラインで取得することが可能です。2023年1月の「電子処方箋」運用開始を皮切りに、検査、病名、手術歴と情報取得の範囲を広げ、最終的にはカルテそのものを共有できる仕組みを構築しようとしています。
薬機法の改正、診療報酬の改定、電子処方箋の開始など、政府はオンライン診療とオンライン薬局を普及させるための環境整備を着々と進めています。この流れは、Amazon.comをはじめとする新興勢力にとっては追い風となると考えられます。一方で既存の調剤薬局にとっては「服薬指導や処方薬配送のオンラインサービスを立ち上げるかどうか」の選択を迫られている格好です。オンラインサービスを提供するなら準備を早急に進める必要があり、店舗の合併・買収(M&A)などを含めて新しい仕組みを構築しなければならない状況です。
Amazon.comが日本でビジネスを開始したのは2000年11月のことです。当初は日本の法規制や商習慣、交通網の整備状況、国土面積などの理由から「日本ではAmazon.comのサービスは定着しないのではないか」と否定的な意見もありました。それから20年以上がたった今、同社は日本のネットコマース大手として定着しています。取り扱い商材は、今や書籍だけではなくファッション、家電、食品まで範囲を広げています。多様な品物を購入でき、翌日には商品が手元に届く利便性を、エンドユーザーに提供し続けています。Amazon.comの強みは「全国の配送網」や「決済の簡単さ」、そして「エンドユーザー数」にあると言えます。膨大な数のエンドユーザーが「Amazon.comのサービスで注文すれば、すぐに届くことを知っている」のです。
忘れてはならないのが、Amazon.comはプラットフォーマーであり、単なる小売業ではないということです。これはあくまでも仮定ですが、Amazon.comが国内の調剤薬局に広くプラットフォームを提供するとしたら、市場に大きなインパクトを与えます。Amazon.comは既存サービスのプラットフォームを生かし、調剤薬局のシステム整備や配送網をサポートすることも可能なはずです。20年以上のビジネスを通じて、日本の商習慣を理解したAmazon.comは「郷に入っては郷に従え」の精神で、日本の調剤薬局業界に沿ったやり方をしっかり準備して実行するとしても不思議はありません。
スマートフォンにAmazon.comのアプリケーションをインストールして、そのアプリケーションが「マイナポータル」(マイナンバーを使った行政手続きをするための、政府が運営するWebサービス)と連携すれば、処方薬を一元管理する「電子お薬手帳」の役割を担うこともあり得ます。調剤薬局は近い将来、「Amazon.comに対抗して独自システムを使うか」のか、「Amazon.comが提供するプラットフォームを借りるのか」という選択に迫られるかもしれません。
一橋大学大学院経営学修士(MBA)コース修了。医療コンサルティング大手に入社。2002年に医療IT機器の常設展示場「MEDiPlaza」を立ち上げ、企画運営、スタッフ指導、拠点管理などを担当。2016年10月に医療ICT専門コンサルタントとして独立し、MICTコンサルティングを設立。医療機関向けシステムの開発アドバイス、導入アドバイス、医療IT人材の育成などを担う。過去2000件を超える医療機関へのシステム導入の実績から、公的団体を中心に講演を多数実施している。現在、医療事務・クラーク専門学校の非常勤講師も務めている。
「医療業界の人にとっては周知の事実だがITコンサルタントには認知されていないこと」またはその逆の「ITコンサルタントにとっては周知の事実だが、医療業界の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
AIの進化が加速する「プラットフォームビジネス」とは?
マーケットプレイス構築を支援するMiraklが日本で初のイベントを開催し、新たな成長戦略...
「マーケティングオートメーション」 国内売れ筋TOP10(2024年12月)
今週は、マーケティングオートメーション(MA)ツールの売れ筋TOP10を紹介します。
2024年の消費者購買行動変化 「日本酒」に注目してみると……
2023年と比較して2024年の消費者の購買行動にはどのような変化があったのか。カタリナマ...