医療ITコンサルタントのためのQ&A【第3回】
「電子カルテ」導入で病院とITベンダーが分かり合えない“残念な理由”
医療機関とITベンダーが協力して電子カルテ導入に取り組む際、しばしば両者の認識のギャップが生じます。その原因は何なのでしょうか。ギャップを埋める手段となり得る「通訳者」の必要性とともに解説します。
医療機関とITベンダーは「システムを導入、活用して業務を効率化する」という目的で協力して活動しています。「システムを導入して非効率化しよう」と考えている人はいないはずです。共通する目的の実現のために、医療機関とITベンダーは互いに知恵を出し合い、切磋琢磨(せっさたくま)して、ゴールに向かっています。
電子カルテの導入を例に取って考えてみましょう。電子カルテの導入は、紙カルテ時代の業務フローを見直し、デジタル化した新しい業務フローを構築して、効率化を実現することを目的にしています。その目的実現のために、アナログな業務フローとデジタル化した業務フローを比較して「ムダ、ムリ、ムラ」を省きながらシステム構築を進めることになります。しかし両者の目的がいつの間にかずれていき、時には医療機関とITベンダーが対立してしまうことがあるのです。なぜ、このようなことが起きるのでしょうか。
ITベンダーは「デジタル化した業務フローについて説明し、導く」
初めて電子カルテを導入する医療機関は、デジタル化した新しい業務フローの「知識」も「経験」も持ち合わせていません。医療行為については熟練していても、電子カルテ導入については素人であり、慣れ親しんだアナログの業務フローしか知らない状態です。そのためデジタル機器を活用した新しい業務フローについては、ITベンダーが自社の知識と経験に基づいてゴールのイメージを説明する必要があります。ITベンダーの役割は、システム導入後の新しい業務フローを医療機関が理解できるように導くことです。
医療機関は「現状の業務フローを説明する」
ITベンダーは、医療現場で情報がどのように流れ、その情報をどのような手続きで処理しているか、その際にどのような役割の人物が関わっているかを把握する必要があります。しかしITベンダーは、医療機関の業務フローについて必ずしも詳しくありません。電子カルテの導入実績を持つITベンダーならば業務フローの大筋は理解しているものの、詳細を確認してみれば医療機関ごとに違いがあるものです。このような「医療機関ごとの業務フローの違い」を明確にする目的で、ITベンダーはヒアリングを実施しています。
現状の業務フローを洗い出す作業において、医療機関がどれだけ詳細に説明できるか、そしてITベンダーがどれだけ聞き出せるかが重要です。
ITコンサルタントは「―『設計図』である要求仕様書を作成する専門家」
電子カルテの導入プロジェクトは、おおむね次のような流れで進みます。
- 医療機関のヒアリングを実施する
- ヒアリングした情報に基づいて現場の要望を「要求仕様書」にまとめる
- 要求仕様書に沿ってシステムを構築する
近年の電子カルテ導入プロジェクトでは、一からシステムを開発するよりも、既製品のシステムをカスタマイズする方が一般的です。既製品の活用で開発プロセスを短縮し、費用をそれほどかけずに電子カルテを導入することが可能になっています。
要求仕様書は、電子カルテ導入プロジェクトにおける「設計図」のようなものです。これを作るには、電子カルテをはじめとするデジタルツールを使った業務フローに、医療現場の業務フローを落とし込む知識と経験が必要です。そのためITコンサルタントがこの役割を担っています。
なぜ、相互理解が不十分のまま「電子カルテ」導入が進んでしまうのか
電子カルテ導入プロジェクトには、ITベンダーと医療機関、そしてITコンサルタントという3つの立場が関与します。当然ながらプロジェクトを円滑に進めるにはコミュニケーションが不可欠です。しかし筆者がITコンサルタントの立場で電子カルテ導入プロジェクトの会議に参加していると、医療機関とITベンダーの間で“理解のずれ”がしばしば発生しているように感じます。例えばITベンダーの説明を、医療機関が十分に理解できないまま、話が次に進んでしまっているケースをよく見かけるのです。このような現象はなぜ起きてしまうのでしょうか。
筆者はこの原因も、第2回「病院とITベンダーの考える『クラウド』は別物だった? 誤解の原因は」のように、用語の整理や論点の整理が十分にできていないためではないかと考えています。本連載は繰り返し「言葉の違い」をテーマに取り上げてきました。共通言語を持たず、論点の整理もできていない議論は、双方に大きな認識の溝を生み出してしまう可能性があります。だからこそ、医療機関とITベンダーの両方の立場を理解して橋渡しをする立場、いわゆる「通訳者」が必要になるのです。
立場によって異なる常識を理解し、調整する「通訳者」
通訳者は、ある時は医療機関の立場で、ある時はITベンダーの立場で、議論を整理できなければなりません。ITベンダーの説明が医療機関に十分に伝わっていない場合、説明をかみ砕いて医療機関が理解できる言葉に変換する役割を担います。ITベンダーにとっての基準や常識が医療機関にとっても同じとは限りません。その逆も同様です。この前提を認識しない限り、両者のギャップは埋まらず、議論は前に進みません。
言葉を知らない、言葉は知っていてもイメージが湧かない……議論がすれ違う理由はさまざまです。もし無限に時間があるならば、互いの言葉を学び合えばいいのですが、現実には不可能であり、効率的でもありません。システム導入のスケジュールは簡単に動かせません。だからこそ通訳者の働きが重要な意味を持ちます。
通訳者になるためには、会議のメンバーを観察し、異変に素早く気付く「感性」が求められます。参加者の理解が不十分な状態、頭に「はてな」が浮かんでいるような表情を読み取る力です。メンバーの表情を注意深く観察していると、こうしたシグナルには何らかの法則があることに気付くでしょう。シグナルをキャッチしたならば、勇気を持って会議を中断してでも分からない部分を明確にし、分かるまで話し合う必要があります。
相手に伝わるように話す「コミュニケーション能力」も求められます。時には具体例を挙げ、時には言い換え、メンバーが具体的なイメージを持てるように働き掛ける力です。日頃から「説明がうまい」と褒められる人は、意識せずに発揮している能力かもしれません。そうした人は常に相手の視点に立って、相手の言葉で話すことを心掛けているものです。相手に伝わるように説明するために語彙(ごい)を増やすことも必要です。
著者紹介
大西大輔(おおにし・だいすけ)MICTコンサルティング
一橋大学大学院経営学修士(MBA)コース修了。医療コンサルティング大手に入社。2002年に医療IT機器の常設展示場「MEDiPlaza」を立ち上げ、企画運営、スタッフ指導、拠点管理などを担当。2016年10月に医療ICT専門コンサルタントとして独立し、MICTコンサルティングを設立。医療機関向けシステムの開発アドバイス、導入アドバイス、医療IT人材の育成などを担う。過去2000件を超える医療機関へのシステム導入の実績から、公的団体を中心に講演を多数実施している。現在、医療事務・クラーク専門学校の非常勤講師も務めている。
このコラムについて
「医療業界の人にとっては周知の事実だがITコンサルタントには認知されていないこと」またはその逆の「ITコンサルタントにとっては周知の事実だが、医療業界の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
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医療ITコンサルタントのためのQ&A
「医療機関の人にとっては周知の事実だが、ITベンダーには認知されていないこと」またはその逆の「ITベンダーにとっては周知の事実だが、医療機関の人にとっては認知されていないこと」を取り上げます。両者の認識の違いが生じる理由を探るとともに、解決策を考えます。
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