英国医療機関の外傷・整形外科が、学生向け「ライブ手術」の指導システムの一環としてRealWearのヘッドマウントディスプレイ(HMD)を導入した。外科医が語る、ライブ手術に適したHMDの要件とは。
英国の医療機関North Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustの外傷・整形外科は、学生の指導を補助する目的でRealWearのヘッドマウントディスプレイ(HMD)「RealWear Navigator 500」を導入した。同製品は主要なWeb会議ツールのWebカメラとして利用できる。同機関の場合は、MicrosoftのWeb会議ツール「Microsoft Teams」とRealWear Navigator 500を組み合わせ、学生向けに外科手術のライブ配信(以下、ライブ手術)を実施している。
North Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustは「医療従事者の育成」においてどのような課題を抱え、RealWear Navigator 500の導入に至ったのか。
North Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustは、英国ハートリプールとストックトンオンティーズ、ダラム州などの地域住民に医療を提供する基幹病院だ。同機関は学生の育成にITを活用することを目的として、Health Education England(現NHS England。注)の助成金を受け、ライブ手術時に外科医が装着するHMDの選定を開始した。同機関が最初に試したのはMicrosoftのHMD「Microsoft HoloLens」だったが、幾つかの課題があったためにRealWear Navigator 500に乗り換えたという。
※注:Health Education Englandは、英国の国民保健サービス(NHS:National Health Service)の医療機関に勤める医療従事者の教育と訓練を担当する組織。2023年4月に、NHSでイングランド地域を管轄するNHS Englandと合併した。
North Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustの整形外科医長のニック・クーキー氏は、Microsoft HoloLensを利用した際の感想として「デバイスのサイズが大きく、視野角が狭いことから、手術室にはあまり適さなかった」と話す。「頭をしっかりと下に傾けられないため、外傷部位の上半分しか見えなかった。非常に大きなデバイスを頭部に乗せたまま顔を45度傾けなければならないのは快適性に欠ける」とクーキー氏は振り返る。
クーキー氏と、North Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustで看護師教育担当を務めるジーン・アンガス氏は、その後別のデバイスを探す中でRealWearの製品に注目した。導入を計画していたRealWearの指導システムが、同機関の情報ガバナンス要件を満たせることを確認し、実運用に至った。
RealWear製HMDの標準システム構成は、通信に無線LANを使用する。しかし「実用性を考えると、無線LANは手術室には適さない」とクーキー氏は説明する。一般的に手術室の壁は非常に厚く、エックス線を通さないよう壁の中に鉛を埋め込んでいることもあるためだ。実際に手術室で無線LAN通信を何度か試したものの、通信は頻繁に切断されたという。そのため、ライブ手術に利用するRealWear Navigator 500はSIMカードを利用して通信している。「この方がずっとうまく機能した」と同氏は語る。
アンガス氏は、NHSが抱える最大の課題は「看護師と若手医師の不足」だと考えている。そのため同機関は、看護師や学生が手術の立ち会いや見学をすることを推奨している。「病室や集中治療室での看護指導は経験していても、手術室での経験がない学生は珍しくない」と同氏は説明する。
執刀医はRealWear Navigator 500を装着し、手術の映像を教室にライブ配信する。それによって、執刀医が手術室で目にする光景を学生に共有できるという。「学生が執刀医と一緒に手術着を着て手術室に入り、部屋の隅で執刀医の手術を見学する」という従来の指導方法について、アンガス氏は「学生には皮膚の表面は見えても、切開口の内側や執刀医の手元までは見えない」と課題を指摘する。
North Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustの周辺地域には医学教育機関が数校あり、毎年の入学者数は150人から200人だ。クーキー氏は「われわれのライブ手術を視聴することで、成長の機会を得られる学生は膨大な数になる」と期待を寄せる。同氏は外科医として「自分が外科医として得た経験や知識を、学生にも同じように分け与えることは難しい。手術に携わる中で、常々そう感じている」と語る。
日々の業務においてクーキー氏は、人工膝関節置換術を1日当たり約2回執刀するという。手術を通じて、同氏はさまざまな分野の医療に携わる学生に「手術室体験」を提供している。手術前の指導は、教室でエックス線写真や人工関節の実物を観察することから始まる。「これらを事前に見ることで、学生は何が起きるかを理解しやすくなる」とクーキー氏は話す。その説明をした後に、同氏は手術室に入り、学生に見られながら人工膝関節置換術を開始する。
クーキー氏が手術室にいる間、アンガス氏は教室で学生のグループを指導している。大画面にライブ配信される手術を見ながら、学生はクーキー氏と質疑応答を交わすことが可能だ。「クーキー氏が何かを指し示して説明したことに対して、学生は質問できる。全ての体験がリアルタイムで進行し、何が起こるかは分からない」とアンガス氏は語る。
アンガス氏によると、この指導システムでは20〜30人の学生が同時にライブ手術を視聴できる。「人体模型で骨格組織を学習したり、図を見たり、インターネットを利用したりすることも有用な手段ではある。だが、実際に現場を見学する方がはるかにリアルだ」と同氏は主張する。学生は手術中に、自分がいま見ているものと、それまでに学んできた基礎知識を結び付けることができる。「病室で患者をケアするときに、学生はクーキー氏の手術を見た経験を思い出す。座学で覚えた解剖学や生理学が目の前の現実と結び付き、ケアがより適切になる。クーキー氏が手術中に見ているものをそのまま同じように学生が見れば、それは学生にとっても現実になるのだ」(アンガス氏)
この指導システムは、専門医向けのトレーニングや情報共有にも有用だとNorth Tees and Hartlepool NHS Foundation Trustは見込む。例えば救急医療隊員がこの技術を使って、各診療科の専門医や救急診療部とつながり、患者の状態を視覚的に共有すれば、患者が病院に到着するまでの間の一次救命処置の内容をリアルタイムに説明できる可能性がある。将来的には、この技術によってさまざまな部門間の隔たりを埋め、ペイシェントジャーニー(患者が病気を自覚し、医療を受ける過程で経験するあらゆる接点やプロセス)を総合的に理解できるようになる、と同機関は期待を寄せる。
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