問題を分かりやすくするため、第二次大戦を日本の失敗プロジェクトと想定して、ちょっと今年の終戦記念日に話題となった総理大臣の靖国参拝問題を例に取り上げて論じてみましょう。
我が国では戦争という過去の失敗プロジェクトの総括が、国としても国民の立場からも、概して十分できていないと言われています。そして、その現在的な象徴が首相の靖国神社参拝問題であると考えられます。
さて小泉首相は、靖国参拝は「心の問題だ!」と常々おっしゃっていました。
また90年代にアジア諸国に対し「心からのお詫び」を行った時の自社さきがけ連立政権の「村山首相談話」も、戦争という失敗プロジェクトを「心の問題」と捕らえていると考えられます。
小泉首相も村山元首相も「一国の首相が誠心誠意心から反省しているので、それでよいではないか」という基本姿勢な訳ですね。
一方、一部の与野党議員からは「靖国神社を非宗教法人化し国営にすべきだ」とか「A級戦犯を分祀せよ」という議論が出ています。これは明らかに靖国参拝問題を「仕組みの問題」として捉えています。「靖国神社という組織や参拝の仕組みに問題があるのだから、それを構造改革すれば良いではないか」という立場な訳ですね。
それでは戦争中、我が国と同盟関係にあり、同じような敗戦を味わった西欧のドイツの事例はこの問題にどのように取り組んでいるのでしょうか。西洋諸国もドイツも欧州での戦争を避けるためには「ナチスの台頭を二度と許してはならない」と「お互いの心の中」で考えています。
しかし、戦後処理の模範生といわれるドイツのアプローチは、完全に「仕組みの問題」としてナチスの問題(戦後処理の問題)を捉えています。
そのため、彼らは数十年の月日を擁してEU(欧州連合)を作り上げたと言われています。
ドイツとフランスにベネルクス3国を加えた欧州石炭鉄鋼共同体からEU(欧州連合)へと、それは長い間の仕組み作りに費やした歳月でした。
これはEU(欧州連合)という組織やプロセスを戦争再発防止、ナチス再発の防止策とするという仕組み発想です。共通の財政政策の採用、共通税制、共通の金融政策や学校教育レベルの統一などEU(欧州連合)の共通の仕組みがEU(欧州連合)諸国全体を制御し、しっかりした内部統制を作っています。その結果、たとえドイツで極右が台頭してもEU(欧州連合)を脱退でもしない限りは、ナチスの再来はなく、欧州諸国間では戦争は起こらないというアプローチです。
これを内部統制の基本であるコソフレームワークの視点で、ちょっと考えてみましょう。
「心の問題」というのは倫理観や規範に通じます。これはコソフレームワークの構成要素である「統制環境」上重要な点です。これをプロジェクトマネジメントに例えれば、プロジェクトメンバーの倫理観、誠意や高いモラルがあってこそプロジェクトは成功します。
一方、「統制活動」など他の要素の視点からは、組織やプロセスの統制の「仕組みの問題」が非常に重要なわけです。
この両者においてドイツ政府は日本政府より歴史的に先行しているという世界の評価がある訳ですね。

さてITシステムの話に戻りましょう。
内部統制議論はどうしてもこのテーマは硬い話になりがちです。
そこで筆者はいつも内部統制を考える場合、できるだけ柔らかい発想を心がけています。
「心の問題」という視点は硬い「仕組みの問題」という視点に比べて、ある種の柔らかさを持っています。
これまでITだけでなく欧米流のプロジェクトマネジメントは、組織やプロセスなど100%「仕組みの問題」として硬く捉えられる傾向がありました。
しかし最近変化が起こり始めているプロジェクトマネジメント上の変化点に気がついているでしょうか?
外資系のコンサルティング企業の手法を見れば明らかですが、欧米のプロジェクトマネジメントは柔らかい「心の問題」を重視し始めています。
最近のプロジェクトマネジメント手法の代表例とされるPMBOKと呼ばれる手法は建設業で発達しました。この手法がIT開発にも応用され始めた経緯があります。このPMBOKの基本はプロジェクトマネジメントのプロセスを幾つかの視点でパターン化し、繰り返し実行するものです。いわゆる、PDCAのサイクルを重視している訳ですね。その点ではプロジェクトマネジメントの基本を硬い「仕組みの問題」として捉えています。
しかし筆者も最近、気がついて驚いたのですが、PMBOKの中にはプロジェクトマネジメントを柔らかい「心の問題」として捉える視点が幾つかあります。
たとえばPMBOKでは、プロジェクトマネジメントを立ち上げるに際し、プロジェクト憲章というものを作成します。このプロジェクト憲章には約束事という縛りの意味もあるのですが、同時にステークホルダー(プロジェクトの広い意味での参加者)が守るべき規範や倫理観という意味があります。これは明らかにプロジェクトメンバーの動機付けや使命感など柔らかい「心の問題」を問うたものです。
また経済産業省がバックアップし、多くのCIO補佐官がその資格を持つとされるITコーディネーター協会は、色々な欧米流の手法を導入しています。その中で特徴的なのは「コミュニケーション計画」です。これはステークホルダー(プロジェクト参加、利害関係者)の信頼感を維持する手段と考えられています。このために交流分析などの心理学的手法が用いられています。議論の中でお互いが対立しても基本は柔らかい「プラスのストローク(接触)の交換を重視せよ」という訳ですね。
「コミュニケーション計画」はPMBOKの中にも同様の考え方があります。
「コミュニケーション計画」は中々理解されにくいのですが、一時的な対立があってもお互いの信頼感を醸成し、プロジェクトの規範を醸成していくものとして働きます。
これは明らかに「心の問題」解決に有効です。
また、仕組みとして適切な時期に適切な情報開示、質疑応答などを保証しているため、たとえ深刻な対立が発生したとしても、お互いに感情的になりすぎたり、深刻な誤解が生じる事を避けることができます。そういう点からは「仕組みの問題」として優れている訳ですね。
「プロジェクト憲章」の視点からも「コミュニケーション計画」の視点からも、靖国問題とITシステムのプロジェクトマネジメントは共に当事者間の間にしっかりした心の対話が欠如している点が最大の懸案事項だという訳ですね。
お互いがしっかり合意して倫理観や使命感を持って仕事をし、何かあった時「腹を割って話し合える友人関係」を築きあげる必要があるという点は、何事につけ古今東西で通じる話しのようです。
(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)