IT変革力【第19回】
アングラ研究が消えたIT部門の行く末
かつて技術変化に対する危機感と信念に燃えた若手システム・エンジニアたちが、人知れずに研究を続ける「アングラ研究」は、IT部門の経営者たちから絶対的な技術の仕組みと思われていました。しかし現代の企業から、そのアングラ研究が消え始めています。ITにおけるアングラ研究、かつて見られた迫力はどこに消え去ったのでしょうか?
始めに
昨今のSOX法対応の影響もあって企業のIT部門から、若手社員による遊び心豊かな「アングラ研究」が消え始めています。アングラ研究というのは元来、製造メーカーの研究開発部門の用語です。会社の方針に合致しない研究(R&D)は、予算も付かず、ABC分析や目標管理などにおける時間管理にも現れません。
そこで製薬業や電機会社など伝統的な製造メーカーでは、優れた若手研究者が会社の方針に沿わない研究・開発を提案してきた場合、マネジャーは表面では駄目と判断する半面、これを非公式な研究、夜なべ仕事的な研究として黙って許容する雰囲気や環境がありました。ある意味、上司の裁量で若手社員を意図的に遊ばせていた訳ですね。これがテーブルの下や地下で行われる「アングラ研究」です。昨今では米国グーグル社が得意な領域として、再度注目されています。
確かに会社の景気がよい時には、主流の製品が予定通り売れます。だから会社が安泰な時には、アングラ研究など必要ありません。しかし大きく技術が変化したり、突然、他の業界から強力な参入者が新製品を持って登場した場合など、これまでの主力商品の売り上げが止まったり、伸びなくなることがあります。
そういう時には人知れず続けていたアングラ研究が突然、日の目を見て、会社の危機を救うということがあります。NHKの看板番組となった「プロジェクトX」を見ると、ビデオ・テープレコーダーのVHS規格競争など感動を誘う成功事例の中には、明らかにアングラ研究の成果と思われるものが多数あります。それにしても、あの番組の幾つかには、すさまじい迫力がありましたね。
ITにおけるアングラ研究
それではITの世界はどうでしょうか。
ITの世界では90年代におけるオープン・システムへの移行初期など、会社の「大型汎用機に注力せよ!」という大方針に対して、技術変化に対する危機感と信念に燃えた一部の若手システム・エンジニアたちが、人知れずオープン・システムの研究を続けたものでした。こういう状況が人知れず多数の会社で自然に起こっていました。当時は今で言うレガシー・システムが、IT部門の経営者たちからは、絶対的な技術の仕組みと思われていた訳ですね。
90年代後半IT部門においては、社内の情報共有のためのイントラネットなどの立ち上げも若手による一種のアングラ研究から始まった例が多かったように記憶しています。
当時、基幹系システム開発のプロジェクト・マネジメントで疲れ果て、レガシー・システムの運用上の障害で顧客に謝り、関係方面に手を打つなど走り回った体に鞭打って若手のシステム・エンジニアたちは、場合によっては休日すらつぶして、新技術の研究会を自主的に運営していました。
筆者が危惧しているのは、現在、IT部門の若手システム・エンジニアたちに、このような迫力があまり見られない点です。一体、ITにおけるアングラ研究、いわばIT版プロジェクトXの熱気、かつて見られた迫力はどこに消え去ったのでしょうか?
内部統制の強化や方法論のオンパレードがITアングラ研究をつぶした!
現在、IT部門の最大ミッションに挙げられているのは、SOX法対応の内部統制強化です。そして、それは標準的なさまざまな方法論を伴って登場しています。
決まり切ったようなビジネス・プロセスの可視化技法、計画の標準化であるEA技法、プロジェクト・マネジメントの標準化であるPMBOK、運用の標準化はITILが挙げられています。そして「手法や方法論がすべてを解決する」というハメルーンの笛吹き神話が支配的です。
現在のIT部門は標準的な方法論をマスターし、それを内部統制のために使いこなすので手一杯であり、その他の作業はすべて「無駄、無理、むら」として消えいく運命にあります。目標管理や内部統制、標準化の掛け声の下、非常にスマートな業務プロセス、業務システムが開発される一方で、若手システム・エンジニアの創造性、アングラ研究への意欲は確実に衰え始めているような気がしてなりません。これは学校教育における一種の偏差値教育の成果の半面、創造性欠如という副作用が論じられているのと同じ関係と考えられます。
現在の内部統制や方法論重視のアプローチは、懸命に品質管理的な要素ばかりを追いかけているように見えます。確かに「真剣で、深刻で、真面目な顔」をして面白くない仕事を確実にこなすのは、技術屋にとって「品質管理のいろは」です。しかしこれでは、若手システム・エンジニアの視野が狭くなる、柔軟な発想が消えるという副作用があります。
ITアングラ研究の復活を心がけよう
昨今、内部統制の掛け声の下、IT部門の長の方々は、方法論やビジネスプロセスばかりを重視しており、その結果、長期的な人づくりが見えなくなっています。長期的な人づくりが「IT標準スキルセット」による単純なコンピテンシー・モデルなどで本当にできるのでしょうか?
プロジェクト・マネジャーとしての経験を積ませる一方で、絶対に好きな技術を遊びで追っかける、自主性の訓練をさせないと、将来ビジネスの種を蒔いたり、変化対応ができる大きな人物は育たないと思います。
創造性や柔軟性、環境変化に対する問題解決力など、遊びの自主的な要素の中からプロフェッショナルは伸びて行きます。これがベンチャー企業で働くシステム技術者が元気な理由です。
方法論が重視されればされるほど、内部統制など管理が強化されるほど、若手システム・エンジニアが自由に遊べるITアングラ研究の復活を心掛けましょう。
(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)
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