新しいナレッジマネジメントが実現する「ネット職縁社会」IT変革力【第1回】

特に若い世代にはすっかり浸透してきたブログやSNSだが、これらを企業内でナレッジマネジメントに利用するという新しい動きが出始めている。この動きから、グループウェアに取って替わるソーシャルメディアの実力が垣間見られる。

2006年05月15日 14時00分 公開
[TechTarget]

 自己を変え、企業を変革するための「ITマネージャーのための変革力養成」講座。第1回のテーマは、日本でなかなか定着しないと言われてきたナレッジマネジメントに関する新しい動きを紹介する。その特徴は、グループウェアの仕組みによる「知識・情報の共有」から、ブログやSNSブログなどソーシャルメディアの仕組みによる「感情と人脈の共有」へのパラダイムシフトという点にある。そしてこの動きは企業に新しい集団主義とでもいうべき「ネット職縁社会」をもたらそうとしている。

企業に新しい集団主義とでもいうべき「ネット職縁社会」をもたらそうとしている傾向は米国で始まったものであり、文化の差もあって、日本ではネット中心に展開されようとしています。まずここで、これまでのナレッジマネジメントの歴史を簡単に振り返ってみましょう。

ナレッジマネジメントの歴史

第ゼロ世代のナレッジマネジメント「以心伝心、阿吽(あうん)の呼吸」

 1995年、一橋大学大学院教授である野中郁次郎氏が『知識創造企業』という名著を出版され、世界的にナレッジマネジメントが始まりました。このころ注目されたのは「暗黙知」といわれる人間力でした。この『暗黙知』は個人によって創造された後、以心伝心、阿吽の呼吸、察しによって組織共有されます。組織論としては、千利休のお茶や武道の柳生新陰流などの徒弟制度が理想とされていました。

 80年代の日本メーカーの高品質、低価格の製品がその成果物と喧伝されましたが、これが日本企業をモデルとした第ゼロ世代のナレッジマネジメントの内容でした。

第1世代のナレッジマネジメント「知識データベースの活用」

 野中氏の『知識創造企業』に触発されて米国が始めたのが、当時台頭していたグループウェアやイントラネットのホームページを活用した知識データベース作りでした。「暗黙知を形式知にして在庫管理して共有しよう!」ということで大流行になり、この時代は比較的長く続き、現在に至っています。

 しかしこのアプローチには限界があることが明確になりました。知識を汎用的な知識であるFAQとして溜め込んでも、現場の状況によって必要な知識は微妙に異なるという問題が発生した訳ですね。

第2世代のナレッジマネジメント「実践コミュニティーに注目」

 そこで現場の状況に応じた微妙な差異を持つ知識や情報への対処が必要だということになり、必要に応じて人に聞く「実践コミュニティー」やQ&Aコミュニティ(質疑応答のコミュニティー)と呼ばれるアプローチが盛んになりました。このような動きは20世紀末から21世紀にかけて欧米で盛んになります。

第2.5世代のナレッジマネジメント「ソーシャル・ネットワーキングと感情共有」

 さて、この1、2年ほどの間に非常に新しい動きが出てきています。それが「ソーシャル・ネットワーキングと感情共有」のアプローチです。KM(Knowledge Management)でいうソーシャル・ネットワーキングとは、社内外での人脈作りのことです。

ブログなど新しい仕組み(ソーシャルメディア)による
感情の共有と人脈作り

 それではなぜ、欧米のナレッジマネジメントにおいて感情の共有や人脈作りが盛んになっているのでしょうか。なぜ「知識や情報」の共有に感情などの厄介なものが必要なのでしょうか。

 これまでの知識・情報共有の試みの中で発見されたのは、経営者がいくら知識や情報などのメッセージを発信してもなかなか社員の行動を誘発しないという悩みでした。また大企業においてはお互いが知り合いでない限り、本音の知識・情報提供がなされないという悩みでした。結局、イントラネットで知識・情報を共有しようとしたところで、お互いをよく知っているといった信頼関係がないと、ナレッジマネジメントが上手くいかないという訳ですね。

 そこで最近の米国企業は、ソーシャルネットワーク分析と呼ばれる社内の人脈図調査を実施しています。例えば研究部門と営業部門の人脈が薄いとなれば、両部門の間でドリンクと呼ばれるパーティーを実施します。しかし、日本企業で人脈図を作るというアプローチは派閥的なものまで可視化されるため、まったく流行りません。

 一方、イントラネット上では日米共にブログやSNSブログ(mixiなどのソーシャルネットワーキングの仕組)を活用した自然な社交を促進する事例が登場し始めています。このような社交や感情の共有に適したソフトウエアの仕組みは「ソーシャルメディア」と呼ばれています。

 運動会をやめ、独身寮も保養所も売却し、社内旅行も食事会に変わってしまった日本企業、そして90年代に効率優先の施策ばかりを採用してきた日本企業には、柔らかい人間関係論的なアプローチが欠けていました。これが深刻化すれば品質事故が起こります。

 1930年代、米国フォードの大量生産システムが人間疎外の問題を生み、その解決策として人間関係論が生まれたように、これまでの効率化施策の果実を得るためには、今柔らかなアプローチが求められている訳ですね。90年代のリストラの中で、人間関係の希薄化や社員の孤立孤独に直面した日本企業は、「個の自律」を促進すると同時に女性や中途採用者、退職者に対しても「開かれた集団主義」を求める傾向が出てきています。

 そこで、ブログやSNSブログがネット職縁社会を目指すものとして導入され始めています。これには景気が回復して、多くの日本企業にも少しゆとりが出始めたことが背景にあります。ここで第ゼロ世代の日本企業のナレッジマネジメントを想起して下さい。社員は運動部や社員旅行を通してお互いに知り合いとなり、社内結婚率が昔は五割を越えていたころ、手作業の技などの知識も情報もあっという間に社内で共有されていました。

特に日本企業は社員が群れる文化を持っている

 あるメーカーのアンテナショップでは、社員が交代で店舗日記をブログに投稿しました。それを見た本社の社員達が感動しコメントを入れました。すると店舗の社員がまた感動しお礼を入れてきます。こうしてお互いの『気持ちの通い合い』の上に知識・情報が乗っかる訳ですね。そして店舗と本社の社員の間に信頼関係が醸成されます。ブログの持つ物語風の書き方がこのようなことを可能としています。感情を伴った知識・情報が伝達されると社員の腑に落ち、感動が伝わり行動に結びつく訳ですね。

次回からは、ブログなど新しい仕組み(ソーシャルメディア)による新しい動きを、具体的な事例を交えながら詳しく見ていくことにします。

(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部
 上席研究員 山崎秀夫)

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