ネットコミュニケーション中心企業の創造性が弱い理由IT変革力【第16回】

ネットコミュニケーションを中心に活動を行う企業は「あちら側の企業」と呼ばれています。しかし、経営者からは「社員から同じようなアイデアばかりが出てくる」といった声が聞こえてきます。創造性豊かなはずの「あちら側の企業」において、なぜこのような問題が発生しているのでしょうか。

2006年09月13日 09時49分 公開
[TechTarget]

ネットコミュニケーションは何を生んだのか?

 梅田望夫さんの著書『Web進化論』の中では、Web2.0の時代には、将来型企業の理想像としてネットコミュニケーションを中心に展開する「あちら側の企業」が挙げられています。対面中心の「こちら側の企業」が足元にも及ばない、素晴らしい創造性を持った企業が描かれている訳ですね。例えば米国のグーグルや日本のはてなが「あちら側の企業」の代表と言われています。

 でも、なかなか教科書どおりうまくは事が進まないようです。

 日本でも多くの企業が「あちら側の企業」たらんとして、対面ではなくネットコミュニケーション中心の仕事文化を作り上げようと努力しています。例えばインスタントメッセージング中心の仕事文化を持つ企業が増えている訳ですね。

 でも最近、先進的と言われるITベンチャー企業など情報化の進んだ「あちら側の企業」で色々な面白い現象が起こっています。例えばオフィスがしんと静まりかえっている割には「社員から同じようなアイデアばかり出てくる、そして全体として革新的なよいアイデアがあまり出てこない」と経営者が嘆くケースも増えています。ネットコミュニケーションの進む創造性豊かなはずの「あちら側の企業」では、どのような問題が発生しているのでしょうか。

「あちら側の企業」の特徴と問題点

 IT活用の先進企業では、ネットコミュニケーションが主体となるため、部屋全体が静まり返っています。静かで誰も仕事に割り込まないオフィス環境の下ならば、さぞ創造性に優れた社員が多数育つと思います。

 昔、京都のコンサルティング会社が日本中で流行させたオフィスの生産性向上手法にDIPSがあります。外からの割り込みを遮断して一種の引きこもりのように仕事を集中して行う集中時間や、対外的な対話を含む雑用を行う雑用時間など、コミュニケーションの切り替えによって生産性を上げようという試みでした。DIPSによれば、仕事の割り込みは、突然他の社員から電話や体面で話しかけられることにより発生します。

 DIPSに影響されたためか、アイデアを考えている最中の外部的な割り込みは、折角わきあがったイメージを消し去るという理由から、一時IT活用の先進企業では忌み嫌われました。

 その結果「あちら側の企業」では、決められた時間でのプロジェクト・チームの打ち合わせ以外、インスタントメッセージングなど、ネットコミュニケーションを中心とした、隣の社員とも会話をする「あちら側の世界」が誕生しました。

 その結果、例外的に素晴らしいアイデアを出す一部の社員を除いては、「仕様から文言までそっくりな案が5つも6つも出てくる」ような状況が生まれました。でもオリジナリティが豊かな案はなかなか出てきません。

 ネットコミュニケーション環境を理想的に充実させているのに、これはどういう事でしょうか。

 また同時に「人間関係が希薄になり、議論から物事を生み出す力が失われる」という指摘もあります。これは社会に適応したり、人々に影響を与える社会化力が社員から失われたというような解釈もできます。

 最近、IT活用の先進企業の周辺では、こんな話が増えています。

 朝会社に出社してもほとんど挨拶もしないでパソコンに向かう社員、夕方にはそっと引き上げる社員が増え、会社の飲み会も数が少なくなっている状況が出現しています。そして会話はインスタントメッセージングだけという訳です。

 これはまるで米国映画「マトリックス」の世界です。 

 これは物理的な世界が滅んだ後、人類はネットの中で繁栄するという物語です。

 もっと昔の話をすれば、グリム童話の中に『ラプンチェル』という物語があります。ラプンチェルはグリム童話に出てくる金髪のお姫様の名前です。彼女の母親が妊娠中に隣の魔女の庭にたっぷり生えているラプンツェルという野菜を食べたため、魔女に捕まり、産まれてくる赤ん坊=ラプンツェルを引き渡しました。ラプンチェルは魔女によりずっと塔の先端に閉じ込められ「物理的な世界から隔離されて」育てられました。

 そして年頃になった頃、王子様が塔に登ってきて、ラプンチェルを救い出し、めでたしとなっている物語です。しかしこの物語を読んだ社会心理学者は、「塔の中で育てられたお姫様は、デートという社会的スキルを身につけていないためイメージもわかず、王子様との関係がうまくいかないはずだ!」と指摘しています。

 ネットコミュニケーション中心のIT活用の先進企業に欠落している点もこれと同じです。

対面の体験とネットコミュニケーションを組み合わせる

 さてナレッジマネジメントに於ける名著『アイデアの作り方』の著者、ジェームス・ウエッブ・ヤングは「新しいアイデアとは既存アイデアの組み合わせ以外の何者でもない!」と主張しています。そして「豊かな経験がアイデアの発酵を助長する!」とも言っています。

 既存のアイデアや情報はネットの中から集められます。しかし、対面での研究会、飲み会での上司や先輩との語らい、素晴らしい料理やワインの味わい、トレッキングと呼ばれる山歩き、物理的な相手との恋愛など物理的に豊かな対面の体験を背景としなければ、折角、集めた情報もアイデアとして発酵しません。そのためには挨拶をしっかりするなどの常識的な社会的スキルも必要な訳ですね。

 昔、米国大手小売店、ウォルマートのバイヤーは、データウェアハウス上の売り上げ数字を見て顧客のイメージを思い浮かべます。その際、暇があればいつも物理的店舗を訪問して買い物の雰囲気や顧客の様子を実体験していました。だから、売れる商品に実際に店舗で見た何人かの顧客の像を重ねて、次の一手というアイデアを考えることができた訳ですね。

 ネットコミュニケーションと対面での豊かな経験をうまく組み合わせれば「あっち側の会社の社員」にも優れたアイデアが生まれ出てくるでしょう。

 よく考えれば、これは当たり前のことだと思うのですが。

(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)

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