2007年03月06日 21時21分 UPDATE
特集/連載

IT変革力【第40回】なぜ若手IT技術者はインターネットの人生論記事に魅力を感じるのか

若手IT技術者をはじめとして、「人生論」を題材にしたブログや記事が、IT技術者の間ではよく読まれているようです。その傾向は、いったい何を表しているのでしょうか。現代のビジネススタイルと併せて考察したところ、IT技術者の現状が見えてきました。

[TechTarget]

 最近、いろいろなセミナーや研究会などに参加して、20代の若手から30代の中堅IT技術者の皆さんと話していると、人生論や動機付け、生きがいや仕事のやりがいという課題に大きな興味を持っている方々が、かなり増えています。これは、伝統的な大手ベンダー企業やユーザー企業のIT部門担当者、ベンチャー企業で働くエンジニアなど、全てのIT技術者に共通の問題意識ではないかと思われます。同時に、インターネットへのブログや記事投稿の中では、いわゆる広い意味での人生論記事がIT技術者の皆さんに読まれています。その背景には一体、何があるのでしょうか。

 それには色々な理由があるようです。

技術革新の速さと激しさ

 確かに、国家資格が実務能力と直結する会計士や司法書士、電気通信技術者などと比較して、IT技術者のための資格は、ほとんど社内外から何の評価もされていません。せいぜい毎月の給与が数千円上がる程度です。資格保持者の数を競争入札の条件にする官公庁や自治体の場合は、多少IT技術者資格を持っている意味はありますが。

 これは、ICTと言われる領域での技術革新のスピードがあまりに速く、変化が激しいことが理由に挙げられます。

 先輩が苦労して取得し、自慢げに保持しているアプリケーションエンジニアの認定資格も、内容がすぐ陳腐化するとなれば、若手のIT技術者にとって取得のための強い動機付けが生まれません。それならば、ちょっと能力の高いIT技術者にとっては英語のTOEICの点数を引き上げた方が、よほど転職の時に評価してもらえます。

 資格の取得が自らの市場価値を評価し、一定程度の人生を担保する保証にならず、一方で技術の陳腐化のスピードが速いとなれば、IT技術者は毎日、漠然とした不安を抱えたまま働くことになります。水泳に例えれば「今は平泳ぎが全盛だけれども、いつ何時シンクロナイズドスイミング全盛の時代が始まるかもしれない。そうなれば平泳ぎの実績も資格も紙くずだ」と考えながら練習するようなものでしょう。

先輩のビジネススタイル、ライフスタイルが参考にならない時代

 伝統企業全体の傾向として、長期雇用制度は当てにならないという認識が、若い社員の間に広がっています。不況時のシニア社員を対象に導入された早期退職制度の後遺症と言うべきものでしょう。また、30代後半や40代の社員でさえ、自らの意思でポロポロ会社を去っていく現象を若手IT技術者は毎日横目で見ながら働いているのです。

 一方、ベンチャー企業で働く若手IT技術者には、十分なモデルとなる先輩社員すらいない場合が少なくありません。そういった場合、気の置けない仲間と仕事をしている間はよいのですが、ちょっとチームの雰囲気が悪くなったり、あまりプロジェクトマネジメントに慣れていない中堅技術者がリーダーとなった時には、若手IT技術者は悩んだり悔やんだりしながら、そっと会社を去っていく傾向があります。

読まれているのは広い意味での人生論ブログや記事

 面白いことに、筆者の見る限り、若手や中堅のIT技術者は方法論の記事よりも、人生論のブログや記事を好む傾向を持っています。会社の雇用制度が当てにならない、資格制度がビジネス人生を保証しない、先輩の背中は参考にならない時代には、顔の見えないインターネットに人生相談をしたいということなのでしょうか。インターネットの人生論記事を読んで自分一人で色々考え、感じるわけですね。例えば、「人が必死で考えなければならない問題を、人が必死で考えるようになるとき」とか「心理ハック〜心の凹んだとき、ポンッと元に戻すための3つのやり方〜」などのタイトルを持つブログが代表例です。

 90年初頭のバブルの崩壊前には、若手IT技術者の人生相談や生き方の学習は、確実に赤提灯や居酒屋文化、会社の運動クラブの中で行われていました。直属の上司やプロジェクトマネージャーと相性がよくない場合には、隣のチームの先輩が相談に乗ってくれました。

 これは、明らかに日本的経営の中に埋め込まれたコーチングやメンタリング制度であったと考えられます。それが、日本的な経営環境の中で比較的上手く働いていました。

 ところが、現在の若手IT技術者には社内に慣習的な相談相手がいない反面、ありあまる自由があります。会社を替わるのも自由、社内公募制度の活用も自由、結婚する、しないも自由、離婚も自由といった中で、彼らがたじろぎ迷っている姿が見えます。

 フランスの哲学者サルトルが言った、「人は自由に呪われた存在である」という状況が21世紀における日本の若手IT技術者の状況をよく表しています。

 若手IT技術者はインターネットの人生論記事を読みながら、「自分は何者なのか」と自問自答しています。インターネットによる人生論記事を読むのは大いに結構です。問題は、会社としてそれをどのように支援するかということではないでしょうか。

 こうした中で、彼らは自分たちにふさわしい社会環境を作り上げていくのでしょう。

(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)

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