ロキ・ジョーゲンソンのネットワーク論
ネットワークは「盲人と象」のようなもの
ネットワークというものはとらえどころがなく、pingやtracerouteを使っても全体像をつかむのは難しい。
pingは、ネットワーク行動主義に基づく古典的ツールである。pingを使えば、ネットワーク機能の特定の状態を判定することができる。状態の判定は、日々のネットワークのトラブルシューティングに不可欠だ。特に、接続性に関する2値(つまり接続しているか否か)問題を解決してくれる。だがこれは、ネットワークで何が起きているかを把握するための広範な行動主義手法の中でも、最も単純な例にすぎない。
ネットワーク行動主義では、ネットワークは一種のブラックボックスであり、あなたはそれについて先験的知識を持っていないことが前提とされる。ネットワークに適切な刺激を与えてその反応を分析し、分析モデルを慎重に適用することにより、このブラックボックスの内部状態を判定することができる。これにより、ネットワークを構成するデバイス(インタフェース、スイッチ、ルータなど)にアクセスしなくても、特定のネットワークパス(経路)を見通すことが可能になる。
パケットは、ネットワークに刺激を与える手段を提供する。ネットワークの挙動の一般的パターン、そしてネットワーク標準に関する知識は、分析モデルを提供する。従って、特定の刺激を与え、起こり得るネットワーク応答を既知の状態と照らし合わせることにより、内部状態(接続性など)を識別することができる。
こんな説明は、単純なことを難しくするだけだ。つまりpingでは、ICMP Echoパケットを特定のIPアドレスに送信し、ICMP Echo Relayパケットを受信するだけで、ネットワークパスに接続性が存在すると断定することができる。pingは単純なツールだが、興味深い可能性を示している。
もちろん、実際のネットワークは理論上のものとは違い、刺激に対する反応は一定ではない。pingは通常、このプロセスを2回以上繰り返した後で、応答の統計的リミットを評価する。これにより、応答のラウンドトリップ時間(RTT)の統計的分散を損失(RTTが無限大の場合)も含めて大ざっぱに推定できる。この追加情報から、ネットワークパスへの見通しが少しだけ良くなる。
tracerouteは、このアプローチを採用したもう1つのツールである。パス中のレイヤー3デバイスに対する既知の挙動およびIPヘッダ内のTTL(Time-To-Live:生存可能時間)フィールドを利用することにより、tracerouteは自身のホストとターゲットホスト間のデバイスのシーケンスを特定する。tracerouteはこのとき、1個のパケットではなく、対象となるターゲットに到達するまで特定のTTL設定(1~255まで1ずつ増加)を与えた一連のパケットを送信する。これにより、TTL-expired ICMPメッセージで応答する個々のレイヤ3インタフェースのIPアドレスを特定することができる。
このようにtracerouteは、2つのホスト間のIPルートの状態を把握する機能を提供する。これらの状態は当然、接続性という単純な2値状態よりもはるかに種類が多く、複雑である。また、このビューを構築するには、ネットワークパスのサンプリング回数も相応に増やす必要がある。
もちろん、ネットワークパスの異なる側面を示すさまざまな種類のツールが多数出回っており、pingとtracerouteも機能の追加によって強化されてきた。待ち行列理論、非ランダム損失解析、欠陥相関などの手法を用いた非常に高度な数学的ネットワークモデルを利用するツールも存在する。
結局のところ、これは「群盲象をなでる」の寓話に少し似ている。象を触った盲人たちは、象についてそれぞれ異なる説明をする(ある人は「蛇のようだ」と言い、別の人は「いや、壁のようだ」と言い、さらに別の人は「いや、木の幹のようだ」と言う)――なぜなら、それぞれ象の異なる部分を触っているからである。そして誰ひとりとして、自分たちが触っているものについて、明確で対処可能な全体像を把握していないのである。
ネットワークはこれと同じようなものだ。いや、さらにとらえどころがないものであり、絶えず変化し、アプリケーションのパフォーマンスに影響を与え、診断も一筋縄ではいかない。しかしネットワーク行動主義は、より包括的に適用することができる。ネットワークの単純な状態の断片的な分析ではなく、高度なサンプリング・分析プロセスを行うことにより、エンド・ツー・エンドのパスの構造全体を詳細に、かつ一貫性のある形で把握することが可能になるのだ。
アバイアやパケットデザインといったベンダーによる最新のネットワーク技術の多くは、このアプローチを最大限に活用している。実際、これらの技術が提供する詳細なビューは、現代的なソナーに例えることができる。比喩的に言えば、精密に生成された音波が、温度、圧力、塩分濃度のあらゆる微妙な変化によって変形・反射することにより、海底の形状、海流、海洋生物の存在などを正確に把握するのである。第二次大戦における単純なソナー音(ping)による潜水艦探知とは違うのだ。
それだけでなく、これらのシステムはバックアップ/リカバリ、VoIP、ビデオ、協調環境などのトランザクション型システムといった特定のアプリケーションに対するネットワークの応答を選択的に分析することができる。パケットサイズ、負荷、プロトコル、転送速度のばらつきなどは、ネットワークの特性を変化させる可能性がある。
もしあなたがpingやtracerouteは少しも役に立たないと考えているのなら、利用可能なツールのごく一部しか利用していなのかもしれない。pingだけではネットワーク全体を見通すことはできない。1ピクセルの画像では絵全体が見えないのと同じである。
本稿筆者のロキ・ジョーゲンソン博士はアパレントネットワークスのチーフサイエンティストで、18年以上にわたり、コンピュータ、物理学、数学、科学の視覚化、シミュレーションなどの分野で活躍してきた。クイーンズ大学とマギル大学で計算物理学を専攻。哲学、グラフィックス、教育技術、統計力学、論理学、数論など広範な分野で著作がある。また同氏は、サイモンフレーザー大学で数学の非常勤教授を務めるとともに、同大学でCenter for Experimental and Constructive Mathematics(CECM)を共同設立した。民間部門のパートナーおよび政府機関との緊密な連携の下、ハイパフォーマンスコンピューティングやデジタルパブリッシングなどに関する多数の学術プロジェクトで研究を指導した経験もある。アパレントネットワークスでは、ジョーゲンソン氏はハイパフォーマンス、ワイヤレス、VoIP、アプリケーションパフォーマンスなどに関連したネットワーク研究の責任者を務める。これらの研究の多くは、学術機関やBCネット、テキサスA&M、CANARIE、Internet2などの最先端研究組織との共同で進められている。
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