ITを活用した「地域医療連携」が各地域で進んでいる。その最終的なゴールとは全国民を対象にした医療情報共通基盤「日本版EHR」の実現だ。そのために必要なこととは? 地域医療連携のキーパーソンに話を聞いた。
すべての国民を対象とした医療情報ネットワークである「日本版EHR(Electronic Health Record:生涯健康医療電子記録)」の共通基盤の構築に向けた動きが始まっている。日本政府が2010年3月に発表した「新たな情報通信技術戦略の骨子(案)」では、「過去の診療情報に基づいた医療をどこにいても受けられる」「国民が自らの健康・医療情報を電子的に管理・活用するための全国レベルの情報提供サービスを創出する」ことなどが掲げられている。
また、2008年4月に施行された「第5次医療法改正」では、「医療計画の見直しなどによる医療機能の分化・連携の推進」が盛り込まれ、地域医療連携での体制などが見直された。これにより、疾病または事業ごとに必要となる医療機能を明らかにした上で、各医療機能を担う医療機関などの名称や数値目標が記載された医療計画を作成することになった。
その中でも、特に「4疾病5事業」(※)を中心に、地域内のかかりつけ医(診療所)や病院、保健所、介護施設などが連携する「クリティカルパス(診療計画)」によって、患者に対して切れ目のない医療を提供し、早期に在宅生活へ復帰できるような体制の整備が進められている。その実現には、病院や診療所などの医療機関間におけるスムーズな医療情報の共有がカギとなり、そのためのネットワーク構築が必要である。
※ 「4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞(こうそく)、糖尿病)」「5事業(救急医療、災害時における医療、へき地の医療、周産期医療、小児救急医療を含む小児医療、そのほか」などのこと。
そうした地域医療連携は、一体どれくらい進んでいるのだろうか。本連載では関係者への取材を通して、その現状や課題などを探る。今回は、東京医科歯科大学 大学院生命情報科学教育部 教育部長 田中 博氏に話を聞いた。田中氏は、厚生労働省の科学研究事業「日本版EHRの実現に向けた研究」研究班の班長や、特定非営利活動法人 日本医療情報ネットワーク協会(以下、JAMINA)の理事長などを務める地域医療連携のキーパーソンである。
「はっきり言って、地域医療は崩壊している」。2003年ごろから日本版EHR構想を主張してきた田中氏は、当初は国家レベルでのEHR構想を考えていた。しかし、その前提となる地域医療自体をまず立て直す必要があると強く感じたという。
現在の地域医療について、田中氏は「慢性的な医師不足」や「過度な医療期待による医療過誤訴訟の増大」などが原因となり、地域の中核病院における医療レベルの低下が進んでいると指摘する。その背景には「新医師臨床研修制度の導入」や「長期にわたる医療費削減政策」などが少なからず影響しているとも分析する。また、ある人が身体の不具合を感じたら、さまざまな診療科目がある地域の総合病院に行くという「病院が第一の存在である“病院完結型”医療」が中心だったことも中核病院に負担を強いてきたと説明する。
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