IEEE 802.11ac:最新のギガビット無線規格を徹底解剖いま移行すべきか否か?

IEEE 802.11acの導入に際しては、その特性を十分に理解しておく必要がある。仕様と物理環境から想定されるパフォーマンスは? 5GHz帯にすると何が変わる? そして、今導入すべきか否か?

2013年10月24日 08時00分 公開
[Rupert Goodwins,Computer Weekly]
Computer Weekly

 現在利用されているネットワークテクノロジーの中で、IEEE 802.11系(以下、「IEEE」は省略)の無線規格は非常に新しい。だが、Webの発明から5年後の1997年に誕生した初代の802.11規格は、高価で、設定が分かりづらく、通信速度は2Mbpsしかなかった。

 その後、アルファベットで表される数々のバリエーションを経て、802.11acにたどり着いた。1Gbpsを超える通信速度がウリのこの新しい規格は、2013年に普及必至の高性能モバイル端末、ギガビットブロードバンド、高解像度(HD)動画のストリーミングに適しているとされる。

 しかし、無線の常として、公称の数字が現実と一致することはまれだ。802.11acは、消費者にとっても企業にとっても大きな可能性を秘めているが、その真価を引き出すのは簡単ではない。

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 802.11acの中核部分は、依然として初代の802.11規格と共通する点が多く、802.11acでもアクセスポイントと端末間の接続の基本単位はストリーム(通信回線)だ。802.11は、その当時新たに利用可能になった2.4GHz無線帯域内で帯域幅20MHzの2Mbpsのストリームを1つだけ使用していた。802.11acでは、基本ストリームは20MHzで同じだが、5GHz帯を使用し、スループットは86.7Mbpsに向上している。802.11acは、このストリームを複数組み合わせてさらに大きなチャネルの束にし、スループットを向上している。また、同じチャネルを使って複数の方位にある複数の端末との同時接続が可能なため、複数のWi-Fi対応ポータブル端末が導入されているオフィス環境に適している。

802.11は理論上のデータスループット向上を実現できるか?

 前身の802.11nと同様に、802.11acはQAM(直行振幅変調)を使ってデータを無線信号に乗せる。QAMは、それぞれに位相と振幅を変調できる2つの搬送信号を合成し、これが搬送データの1単位になる。

 この変調の精度によって、変調ごとに送信できるデータ量が決まる。802.11nは64QAMを採用していた。64QAMでは2つの信号の組み合わせが64通りあり、組み合わせごとに6ビットの2進数を表現できる。802.11acでは、8ビットの表現が可能な256QAMになり、スループットが約30%向上する。

 しかし、物理の世界は生易しくはない。無線チャネルには必ずノイズがある。そして、ノイズのレベルが同じでも、構造が複雑な256QAMの方が、64QAMよりもノイズの干渉を受ける。理論上は802.11acの方が1チャネル当たりの最大スループットが高いが、環境の影響を受けて、前規格と同程度までスループットが下がる場合が多いと思われる。

 802.11acで実効値と理論値の違いを生むもう1つの主な原因は、5GHz帯を使用していることだ。2.4GHz Wi-Fiは壁越しでも、障害物がない空間ではある程度の距離があっても機能する。ただし、物陰や不感地帯、人や物の移動による速度変動に弱い。

 5GHzは壁などの障害物を透過しにくいため、基本的に2.4GHzと同じカバレッジは得られないだろう。一方、5GHzは跳ね返りに強く、基本的に周波数が高い方がトンネル内の伝搬はよくなる。従って、階段など、特定の状況では5GHzの方が通信状態はよくなる。

最適な送信パスを検知

 5GHzの他のメリットとしては、隣接するアクセスポイント間の独立性が向上することや、他の電波発信源からの干渉が格段に減ることが挙げられる。2.4GHzは、Bluetoothやベビーモニター、さまざまなコンシューマー機器も利用しているため干渉が多い。

 5GHz帯は、軍事レーダーなども利用しているし、利用可能なチャネル数も国際的に統一されていない。しかし、世界的に規制当局もその他の利用機器も干渉が起きないように調整している。また、真価を引き出すには多少の考慮が必要だとしても、802.11acは前規格と比べて、基本的に導入は容易なはずだ。

 802.11acは、メインの1チャネルで各端末と通信する。このチャネルはデータを渡すだけではなく、他に利用可能なチャネルの情報を端末に伝えるためにも使われる。802.11acでは20MHzのチャネルを1、2、4、または8本使用でき、20MHz、40MHz、80MHz、60MHzの帯域幅で1ストリーム当たり最大867Mbpsを実現する。アクセスポイントは、通信状態が良いチャネルの端末からの情報と他の干渉源の状態(電波到達範囲内に他のアクセスポイントがあるか、それらが802.11acかまたは旧式の非インテリジェント規格かなど)を踏まえて、これらのチャネルを割り当てる。

 また802.11acは、アクセスポイントと端末間の空間を探索して、複数の送信経路の中から最適な経路の組み合わせを選ぶ。802.11acアクセスポイントには複数の物理的に独立したアンテナがあり、各アンテナは特定の端末と物理的にわずかに異なる関係を確立する。つまり、各アンテナからの無線波は、隣接するアンテナとはわずかに異なる経路を通り、特定の端末に到達する。電波の強さもタイミングもアンテナごとに異なり、周波数が良いものと悪いものが生まれる。

 802.11ac対応端末はこの違いを検知し、結果をアクセスポイントに送ることができる。アクセスポイントは、このフィードバックを踏まえて伝送経路を変更し、最も効率の良い物理経路を利用する。

 これは、信号を全方位に放射するのではなく、指向性アンテナを使って信号のビームを送るのと同じ効果が得られるため、「ビームフォーミング」と呼ばれる。ビームフォーミングには2つのメリットがある。干渉を少なくして電波到達距離を延ばせることと、同じ周波数で複数の端末に向けて複数のビーム(802.11acでは「空間ストリーム」と呼ばれる)を出せることだ。これこそが、802.11acが理論値で高速な通信速度をたたき出している秘密である。802.11acでは、帯域幅160MHzの空間ストリームを最大8本使えるので、理論上は7Gbps近くの通信速度が可能だ。

 しかしこの7Gbpsのシナリオで唯一確かなことは、現実にはあり得ないということだ。現在市販されている802.11acアクセスポイント製品は、アクセスポイントのアンテナ3本と80MHzチャネルで得られる1.3Gbpsが上限になっている。これは「Wave 1」と呼ばれ、完全な802.11acに至るまでの中間規格だ。完全な802.11acは「Wave 2」と呼ばれ、160MHzのチャネルの仕様が含まれる。実際にWave 2が導入されるのは、2014年末から2015年になる見込みだ。

いまだ少ない対応機器

 Wave 2ではMU-MIMO(multi-user, multi-input, multi-output)も定義されている。MU-MIMOにより、アクセスポイントと端末の両方の複数のアンテナの使い道が増える。これは、空間的にも時間的にも効率化を図るには必須だ。

 最大の帯域幅である160MHzのチャネルを使用できるかどうかは、干渉の有無と、帯域の使用状況に大きく左右される。また、新世代の端末が使われるようになるまでMU-MIMOの真価は発揮できないため、ほとんどの場合、802.11acに切り替えても使える帯域幅に大きく足を踏み入れた実感は得られないだろう。

 また、他の隠れた要素も多数あることから、特定の導入ケースで802.11acの実際の性能を予測することは非常に難しい。受信機と送信機(いずれも、高価な試験装置と適切なスキルのあるエンジニアなしで性能の計測は困難)の設計が、パフォーマンスに大きな影響を与える可能性がある。

 受信機は、例えば混雑している帯域ではパフォーマンスが落ちるなど、邪魔な強い電波の干渉を受ける可能性がある。送信機は、必要な搬送波と併せて高いレベルのノイズを放出する可能性があり、これは送信機の性能が優れていても近くにある送信機に干渉する可能性がある。802.11acの理論値に最も近い性能を実現するのがどのメーカーになるかは、経験を積み、時間を経なければ分からない。

802.11acを試す

続きはComputer Weekly日本語版 2013年10月23日号にて

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