GPUベンダーから“AIの会社”に変貌 NVIDIAの歴史とこれからAI時代を支えるNVIDIA【前編】

GPU市場を深耕してきたNVIDIAは、AI技術分野で勢力を拡大しようとしている。同社がGPUの用途を開拓してきた歴史を振り返るとともに、今後の方向性を考える。

2021年07月06日 05時00分 公開
[渡邉利和]

 ビッグデータ処理やAI(人工知能)技術が企業のIT分野において広く活用されるようになってきた。DX(デジタルトランスフォーメーション)推進という文脈においても、まずはデータの活用が必須になり、AI技術が重要な役割を担う。そしてAI技術の活用と発展を支えるのがプロセッサの進化だ。

 NVIDIAは、今や「AIの会社」と呼んで過言ではないほどにAI技術分野への注力が目立つ。GPU(グラフィックス処理ユニット)ベンダーとしての確固たる地位を築き、Arm買収まで発表した同社はこれから何を目指すのだろうか。

“GPU一筋”だったNVIDIA

 NVIDIAはグラフィックスチップ、より一般化した言葉で言えばGPUの“最古のベンダー”というわけではない。過去を知るPCユーザーは、「S3」(S3 Graphics)や「Matrox」(Matrox Graphics)、「ATI」(ATI Technologies)といった名前を記憶しているだろう。NVIDIAの歴史について同社のWebサイトには次の説明がある。

(NIVIDA創業の)当時、24を超えるグラフィックスチップの会社がありましたが、3年後に、その数は70まで急増しました。2006年までに、NVIDIAは当時から操業を続けている唯一の独立系企業となりました

 2021年現在、GPUベンダーはATIを買収したAMD(Advanced Micro Devices)と、NVIDIAの2社にほぼ集約された状況だ。NVIDIAは1993年に、ジェンスン・フアン氏、クリス・マラコウスキー氏、カーティス・プリエム氏の3人の創業者が設立した。2021年現在、フアン氏はNVIDIAのプレジデント兼CEO(最高経営責任者)を務め、マラコウスキー氏はフェローとしてNVIDIAに籍を置いている。

 NVIDIAが「GPU」という用語を始めて使用したのは、1999年に「GeForce 256」を発売したときだった。2006年にはGPUで汎用(はんよう)の並列計算をするための開発環境およびプログラミングモデル「CUDA」(Compute Unified Device Architecture)を発表した。これがGPUを汎用計算に用いる「GPGPU」(General-Purpose Computing on GPU)への取り組みの土台となった。同年に競合のAMDはATIを買収している。

GPUとAI技術が“主従”逆転

 AMDのATI買収によって、事実上AMDのプロセッサと組み合わせることができるのは旧ATIのGPUに決まってしまった。Intelも自社製GPUの開発に注力し始めたことから、「NVIDIAの将来展望に暗雲が垂れ込めている」と見る向きが強まった。実際、さほど高度なグラフィックス処理を必要としないビジネス向けPCの場合、ユーザーは「CPUベンダー標準のグラフィックス処理機能で十分」と判断するようになった。サードパーティ製のグラフィックスボード(ビデオカード)を購入するのは、ゲームプレイヤーなどハイエンドのユーザーに限られると業界関係者は予測した。その予測の通り、GPU市場に占める割合の大きかったビジネス向けPC向けのグラフィックスボードを追加で購入する例はほとんどなくなった。

 NVIDIAがGPGPUというコンセプトを打ち出したのは、こうしたタイミングだった。業界関係者は総じて「グラフィックス処理専用だったGPUの用途を拡大し、市場を確保するための取り組み」だと捉えた。同社は創業当初からあくまでもGPU専業のベンダーであり、GPUを軸として事業拡大を目指すことは必然だったため、この見方は実態に即していたものと考えられる。

 CUDAによるGPGPUの初期の成功例として国内でよく知られているのは、東京工業大学のスーパーコンピュータ「TSUBAME」だろう。2008年11月に同大学が発表した「TSUBAME 1.2」は、680基のGPU「NVIDIA Tesla」を搭載し、スーパーコンピュータおよびHPC(高性能コンピューティング)の分野でGPUの有用性を鮮烈にアピールする形になった。その後、GPGPUは機械学習などのAI技術やブロックチェーン、暗号通貨のマイニング処理などの分野で段階的に利用が拡大してきた。昨今は「GPU」の名称に違和感を抱くほど、AI技術などグラフィックス処理ではない用途に必須のアクセラレーターとしての地位を確立している。

 NVIDIAがグラフィックス処理以外でもGPUの能力を生かせる用途を探していたとき、ちょうどAI技術の発展のタイミングが来た――。これが、AI技術の活用にGPUが使われ始めた当初の現実に近いのではないかと考えられる。その後AI技術の活用が広がり、同社のAI技術分野への取り組みは戦略的な重要度を高めてきた。今では、NVIDIAは「AI技術に必要なハードウェアとしてGPUを開発している」という逆転が起こっていると言っても過言ではない。もはや同社は“GPUベンダー”ではなく、“AIの会社”と呼んでいいほどだ。

AI技術市場を視野に入れた製品展開

 2021年4月にNVIDIAがオンラインで開催したプライベートイベント「NVIDIA GTC21」で、CEOのフアン氏はさまざまな新たな取り組みを発表した。特に注目すべき点は、下記2点だ。

  • Armアーキテクチャ(Armによるプロセッサ設計)のCPU「NVIDIA Grace」(以下、Grace)の発表
  • Mellanox Technologies買収で獲得したSmartNIC(NIC:ネットワークインタフェースカード)を発展させた「NVIDIA BlueField DPU」(以下、BlueField)のロードマップ公開

 NVIDIAは従来のGPU事業の枠組みから大きく踏み出し、「GPUを活用して大量のデータ処理を担う次世代のコンピューティングに必要なプロセッシングユニットを広範にそろえるベンダー」になったと言える。同社が「DPU」(Data Processing Unit)と呼ぶBlueFieldシリーズは、もともとは高速なネットワーク通信を実現するNICのコントローラーに、Armアーキテクチャのプロセッサを追加してさまざまなデータ処理を実行する“スマートなNIC”(SmartNIC)のコアとして設計されたものだ。

 GRACEとBlueFieldは、いずれもArmアーキテクチャのコアを持つことになった。こうした取り組みに照らして考えると、NVIDIAがArm買収を発表したことはごく自然な成り行きだと考えられる。同社のArm買収に対しては反対の声も聞かれ、英国政府が国家安全保障の観点からこの買収計画に介入すると発表するなど、原稿執筆時点では成立するかどうかは不透明な面もある。しかしこれらの動きの進展によっては、汎用的なデータ処理向けコンピューティングプラットフォームのベンダーとして、NVIDIAが圧倒的な地位を確立する可能性もある。


 中編では、NVIDIAの新たな取り組みの鍵となるプロセッサの一つ、BlueFieldについて詳細に見る。

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