小売業者Ocadoは複数のクラウドサービスを駆使することで、“オンプレミスだけ”ではできなかった、自社の要望に沿ったシステム運用ができるようになった。オンプレミスとクラウドサービスを併用する仕組みとは。
英国を本拠とする小売業者Ocado Group(以下、Ocado)は、食料品のオンライン販売でその知名度を高めてきた。クラウドコンピューティングやIoT(モノのインターネット)に加えて、データを発生源の近くで処理するエッジコンピューティング、ロボット工学などさまざまな技術を駆使している。昨今は、オンライン注文による商品を店舗脇で受け渡す「カーブサイドピックアップ」という仕組みにも積極的に投資している。
Ocado Technologyのジェームス・ドンキン氏は、CTO(最高技術責任者)として1000人のソフトウェアおよびハードウェア技術者を統括する。もともと、Ocadoはクラウドサービスをほとんど利用していなかったが、ドンキン氏の統率の下で、同社にはオンプレミスのデータセンターとクラウドサービスをうまく併用する仕組みが出来上がった。その仕組みは「Amazon Web Services」(AWS)や「Microsoft Azure」(以下、Azure)、「Google Cloud」といった複数のクラウドサービス群にまたがる。
ドンキン氏がOcadoのCTOに着任した当初、社内にはさまざまなパッケージソフトウェア(既成のソフトウェア製品)があった。それは「われわれの業務に適したものではなかった」と同氏は振り返る。各ソフトウェアがうまく連携して1つのシステムとして動作することを望んでも、既成品でそうした統合的な仕組みを実現することは困難だった。
Ocadoは自社の業務に適さない従来のシステムから脱却するために、AWSやAzure、Google Cloudを使いつつ、ソフトウェアとハードウェアの自社開発を実施し、事業運営に必要なシステムを構築してきた。「それぞれのクラウドサービスを、そのクラウドサービスが得意とする分野で使用している」とドンキン氏は言う。同社がIT戦略の軸としているのは、要するにマルチクラウドだ。
同社には、以前からGoogleのオフィスアプリケーションを利用するなど、もともとGoogleと協力してきた歴史がある。データ分析などGoogle Cloudのサービスが充実する中で、同サービス群はOcadoに“変革的”な手段をもたらすようになった。
Ocadoは小規模のサービスを組み合わせて1つのアプリケーションを構築する「マイクロサービス」やWebアプリケーションの構築にはAWSを利用し、データ分析にはGoogle Cloudを利用して双方を連携させている。具体的には、ストリーミングデータサービス「Amazon Kinesis Data Streams」を介してデータがGoogle Cloudに送られる。データ解析と予測には、クラウドデータウェアハウス「Google BigQuery」を使う。
「データの保管場所や移動経路を考えると、データは最終的にクラウドサービスで保管するのが望ましい」とドンキン氏は語る。Ocadoの事業では、データはロボットアームなど現場の装置から生まれる。そうした現場のシステムはそもそもメンテナンスに手間が掛かるので、「データのための機器を交換する必要がないようにしたい」と同氏は言う。
現場にあるのはロボットアームだけではない。自律走行する配送車両も、フルフィルメントセンターのロボットピッカー(商材をピッキングする装置)も、専門スキルを必要とせずに運用できるものであるべきだとドンキン氏は考えている。「遅延や帯域幅(通信路容量)の制限がない限り、クラウドサービスにデータを保存するのがデフォルトだ」(同氏)
Ocadoは、クラウドサービスには何のシステムもない状態からスタートし、フルフィルメントセンターの制御システムをクラウドサービスで動かすところまでこぎ着けた。フルフィルメントセンターの制御システムは、もともとは現場で稼働していたものだ。「これだけの大掛かりな制御システムをオンプレミスからクラウドサービスに移せるとは想像できなかったが、結果的に成功を収めることができた」(ドンキン氏)
ドンキン氏は過去にモバイル通信の携帯電話イベント「Mobile World Congress」を訪れた際、2本のロボットアームがボールをジャグリングしている光景に感銘を受けた。そのロボットアームは、「5G」(第5世代移動通信システム)のネットワークを介して、制御システムのあるクラウドサービスに接続していた。このデモは、5Gとクラウドサービスを使って、機械のリアルタイム制御が可能であることをドンキン氏に示したのだ。
クラウドサービスとエッジ(データの発生源)における技術的進歩は、“データの置き場”に関してさまざまな興味深い問題を提起している。エッジではデータの処理を可能にするために、通信やコンピューティングに関する技術開発が進んでいる。例えばOcadoのロボットはビデオ解析を活用しており、ドンキン氏は「映像データの保存量を減らせるデータパイプライン(分析用のデータを準備するための一連の工程)が必要だ」と指摘する。
ビデオ解析では、全ロボットの動きを全て確認する必要はないとドンキン氏は考えている。必要なのは「何が有用なのかを見極めること」だ。通常時のオペレーションをモデル化できれば、その動きから逸脱しない限りは映像を検査する必要はない。通常とは異なる動作があった場合だけ、該当するデータをクラウドサービスに送信すれば済む。
全ての映像データをクラウドサービスに送信すると、帯域幅を使い過ぎる。「ヒューリスティック(経験に基づいて正解に近い解を導き出すこと)な手法を使うことで、帯域幅の使用がより効率的になる」(ドンキン氏)。そうしたデータパイプラインの“最前線”の役割は、ビデオカメラに内蔵したGPU(グラフィックス処理装置)が担う。
異常な動作が検知された場合は、その映像データがLAN経由でエッジデバイスからフルフィルメントセンターに送信され、クラウドサービスにアップロードされる。クラウドサービスのシステムでは、機械学習によって検知用のAI(人工知能)モデルが改善される。そのデータがエッジに送り返されて、ヒューリスティックの仕組みもアップデートされる。
Ocadoでは、クラウドサービスの活用を広げることでオンプレミスのデータセンターの役割が変わった。クラウドサービスで分析や機械学習をして、エッジデバイスにはヒューリスティックに基づく解析システムを導入することで、オンプレミスで保存したり処理したりするデータ量の削減が可能になる。ドンキン氏は「クラウドサービスとエッジの間の“中間的な存在”がオンプレミスのデータセンターだ」と語る。
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