Microsoftの量子コンピューティング環境「Azure Quantum」登場Azure Quantumの活用事例も公開

Azure Quantumは、Microsoftが提供する量子コンピューティング環境だ。開発キット(QDK)と開発言語(Q#)も提供されている。

2020年08月28日 08時00分 公開
[Cliff SaranComputer Weekly]

 Microsoftは、年次ソフトウェアデベロッパーカンファレンス「Build 2020」で、「Microsoft Azure」に量子コンピューティングを適合させる方法を明らかにした。同社がリリースした「Azure Quantum」は、早期導入者に量子コンピュータへのスケーラブルな道筋を提供する。

 いわゆる「量子インスパイアド」アルゴリズム(量子計算に着想を得た古典アルゴリズム)の構築に着手し、量子コンピュータを直接利用しなくてもそのメリットの活用を始められるようにするというのが同社の考えだ。

 Microsoftの量子コンピューティングポートフォリオに加わった「Quantum Development Kit」(QDK)と新言語Q#は「GitHub」で入手できる。

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 量子コンピューティングとは、古典的バイナリコンピュータで実行される従来のアルゴリズムではプログラミングできない問題を確実に解決する技術だ。

 これまでの古典的コンピュータアーキテクチャは二者択一の決定に優れていて、「はい」か「いいえ」のいずれかに決まる問題は解決できる。だが、問題によっては指数関数的に複雑さが増すものもある。そうした問題は、これまでのやり方では事実上解決できないことになる。

 Microsoftのビジネス開発部門ディレクター、ベン・ポーター氏は同社の戦略を刷新し、次のように語る。「あらゆる業界の顧客と話し合ったところ、複雑な問題を解決するアルゴリズムを研究するというニーズがあった」

 これまでにない量子アルゴリズムを開発することは、Microsoftの戦略の中でも最初の一部にすぎない。同社の目標は、古典的コンピュータでは実行できない問題を解決するためのオープンエコシステムを築くことにある。業界規模で実行できる事前構築済みの問題解決策とアルゴリズムを提供することを目指している。

交通信号機の同期

 豊田通商向けにJijが開発した交通最適化問題について、ポーター氏は次のように話す。「信号機が切り替わるタイミングを最適化できれば車両の待ち時間を減らせるだけでなく、運転の操作性を高め、排ガスを減らすことができる」

 同氏によると、Jijは待ち時間と待機コストを対応付け、プログラマーがこの問題をPUBO(Polynomial Unconstrained Binary Optimization)という種類の最適化問題として表現できるようにしたという。

 「これは、各変数が2値のいずれかを取る種類の問題だ。最適化の目標は、コストが最小になる変数の組み合わせを見つけることだ。交通シミュレーションでは、各変数が他の多くの変数と相互作用する可能性があるため、複雑性が増す」と同氏は補足する。

 「これは最も難易度の高い問題だ。MicrosoftはPUBOに取り組むために特別に設計したAzure Quantumインスパイアドオプティマイザーを用意している。Jijはこれを最大限に生かした」(ポーター氏)

 Microsoftによると、Jijは従来の最適化技術と比べて待ち時間を20%削減したという。

有機ELディスプレイの改善

 もう一つは、OTI Lumionicsの例だ。

同社は機械学習、計算化学シミュレーション、最適化、閉ループ合成、迅速なフィードバックに基づいて、有機ELの製造向けに調整した高速素材設計手法を開発した。同社は、研究所で何千もの素材を合成してテストする代わりに、素材の特性をシミュレーションするソフトウェアを開発した。

 ポーター氏によると、その意味は素材の組み合わせが偶然見つかるのではなく、素材の組み合わせを設計することにあるという。このワークフローの中で最も時間がかかり、最もコストが高くつくのは計算パイプラインの部分だ。非常に大規模なシミュレーションを行うとこのパイプラインで利用可能なハードウェアにボトルネックが生じ、そのボトルネックは規模の拡大につれて指数関数的に大きくなっていく。シミュレーションによっては計算負荷が高過ぎて、今日の古典的コンピュータでは文字通り解決できないものもある。

 商用規模の問題に計算アプローチを利用する上では、シミュレーションの精度と計算負荷のトレードオフが大きなボトルネックになる。OTI Lumionicsはこのボトルネックを解消するため、新しい素材の計算化学シミュレーションを高速化する有力な候補として量子コンピューティングを調査している。素材の構造特性関係の多くには量子物理学を応用できる。量子力学的効果を利用して計算する量子コンピューティングは、こうしたシステムのシミュレーションをより正確に行うための自然な候補になる。

 とはいえ、1つの分子モデルのシミュレーションには42量子ビットが必要になる。OTI Lumionicsによると、これはシミュレーションに必要な精度では製造できない量子ビット数だという。

 OTI Lumionicsで素材開発部門の責任者を務めるスコット・ゲニン氏は、次のように話す。「量子コンピューティングは、古典的ハードウェアでは解決できなかった高精度のシミュレーションを可能にし、素材設計に革命をもたらす可能性を秘めている。現在のゲートベースの量子コンピューティングは、残念ながら商用規模の問題をシミュレーションするにはかなり力不足だ」

 「当社は、計算化学シミュレーション向けの量子コンピューティングアルゴリズムをバイナリ最適化問題として表現できる新しい手法を開発している。Azure Quantumの最適化ソリューションを利用する当社の量子コンピューティング手法を実行することで、他のアルゴリズムよりも精度の高い結果を得ている」

 同社は、古典的Azureハードウェアで実行される量子インスパイアドアルゴリズムを利用している。

 OTI Lumionicsは、現在Azure Quantumで運用しているアルゴリズムにより、商用規模の問題に有意義な結果を得ているという。

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