アメフトリーグのNFLでデータ活用が進んでいる。攻撃側のトリックプレーを守備側が予測し、幾度も阻止する事例も見られた。一方、専門家はある懸念も示している。
米国のプロ野球リーグMLB(Major League Baseball)と比べると発展途上ではあるものの、米国のプロアメリカンフットボールリーグNFL(National Football League)でもデータ分析の結果を意思決定に活用する動きが広がっている。
2024〜2025年シーズン、アメリカンフットボールカンファレンス(NFLの地域リーグ、AFC)の優勝決定戦「AFCチャンピオンシップゲーム」(AFC Championship Game)で、カンザスシティチーフス(Kansas City Chiefs)とバッファロービルズ(Buffalo Bills)が対戦した。カンザスシティチーフスはバッファロービルズのプレーの傾向を事前に分析していたため、バッファロービルズの攻撃を阻止できた。
NFLのチームはデータ分析をどのように活用しているのか。ニューハンプシャー大学(University of New Hampshire)の講師で、スポーツに関するデータ活用を研究する「Sports Analytics Lab」の創設者でもあるピーター・ザイムズ氏に話を聞いた。
――MLBでは1990年代後半〜2000年代初頭、データ分析について耳にするようになりました。NFLではいつ頃からデータ分析が活用され始めたのでしょうか。
ザイムス氏 NFLでも2000年代初頭に始まっていましたが、規模は小さいものでした。
NFLのファングループ「Football Outsiders」が「DVOA」(Defense-adjusted Value Over Average)という独自の指標を開発していました。各プレーで実施した攻撃(ダウン)の回数や次のダウンを実施するために必要なヤード数を検証し、リーグ平均と比較して各チームがどの程度成功しているかを計算するものです。選手をリーグ平均と比較する指標「DYAR」(Defense-adjusted Yards Above Replacement)も開発しました。しかし当時はどのチームもこれらを活用していませんでした。いわゆる“データオタク”は熱心でしたが、主流ではありませんでした。
──NFLのチームはいつ頃からデータ分析に取り組み始めたのでしょうか。
ザイムス氏 2010年代後半から本格的に導入し始めました。
2018年のニューイングランドペイトリオッツ(New England Patriots)とフィラデルフィアイーグルス(Philadelphia Eagles)によるNFL優勝決定戦「スーパーボウル」を覚えているでしょうか。イーグルスは「フィリースペシャル」と呼ばれる相手の意表を突くプレーを仕掛け、クォーターバック(攻撃の司令塔のポジション)のニック・フォールズ選手がボールをキャッチし、タッチダウン(敵陣の端までボールを持ち込むことで得点する方法)を決めました。マサチューセッツ工科大学(MIT:Massachusetts Institute of Technology)の専門家によると、データ分析がスーパーボウルの勝敗を左右した初の事例でした。
このプレーは、コーチ陣からサイドライン(フィールドの両サイドに引かれたライン)の選手に指示が出されました。イングランドペイトリオッツの守備陣形に対してこのプレーが有効だとデータが示していたのです。
──野球ではオークランドアスレチックス(Oakland Athletics)を筆頭に、特定のチームがデータ分析に取り組んでいました。NFLでも早期にデータ活用に取り組んだチームはありましたか。
ザイムス氏 早期に導入したチームは幾つかありました。ボルチモアレイブンズ(Baltimore Ravens)が一例です。ビルズも同様です。クリーブランドブラウンズ(Cleveland Browns)、フィラデルフィアイーグルスもそうです。これらのチームは充実したスタッフを抱えています。
フットボールは元選手がチームを率いる傾向があるスポーツです。元選手の一部はこだわりが強く、ゲームを知り尽くしているという自負があります。そのため、データの活用には抵抗がありました。一部のチームは出遅れ、データ分析に関わりたくないと考えていました。現在、データ分析の部門を持たないチームはありませんが、投資規模は異なります。
──データ分析に基づき、あるチームが重要な判断をしたり、成果を出したりした事例を挙げていただけますか。
ザイムス氏 AFCチャンピオンシップに話を戻しましょう。ビルズは4回目の攻撃を仕掛けましたが、失敗に終わりました。バッファロービルズは「タッシュプッシュ」(クォーターバックがボールを持ち、味方選手が前方に出てファーストダウンを狙うプレー)を試みましたが、守備側のカンザスシティチーフスは、バッファロービルズのクォーターバック、ジョシュ・アレン選手が1ヤードや0.5ヤードを稼ぐ際、どちらの方向に進むのを好むかを把握していました。カンザスシティチーフスはアレン選手の好む方向の守備を固め、阻止することに成功しました。
バッファロービルズはタッシュプッシュという戦術を取るためにデータ分析を活用し、カンザスシティチーフスはバッファロービルズの傾向を分析するためにデータを活用して対抗しました。単に防御を固めただけではなく、アレン選手が左側を好むことを知っていたため、左側に多くの選手を配置し、アレン選手の攻撃を阻止しました。興味深い展開でした。
──データ分析を活用するチームと活用しないチームの間にある差を、定量的に示すことは可能でしょうか。
ザイムス氏 そのような視点で考えたことはありません。データ分析に投資しているチームの勝率を見ると状況はさまざまです。ボルチモアレイブンズやバッファロービルズと比べると、クリーブランドブラウンズは“常勝”のチームではありません。しかし、クリーブランドブラウンズも以前ほど成績は悪くありません。データ分析への投資と成績には統計的に有意な関係があるものの、クォーターバックの能力や選手のけがなど運の要素も影響しています。
データ分析の効果は、1試合当たりフィールドゴール(キックを使った得点方法)1本分程度の差をもたらす可能性があります。タッチダウン1本分とまではいきませんが、NFLでは1試合当たりフィールドゴール1本分のアドバンテージがあれば、シーズン全体で5勝の差につながる場合があります。NFLでは1得点差の試合もあり、プレーオフ進出の可否が1勝差で決まることも珍しくありません。
──チームの人材育成にデータ分析は影響していますか。
ザイムス氏 チームの人材育成には間違いなく役立っています。特に、ウェアラブル技術の活用、選手のトレーディングの負荷軽減への投資が進んでいます。トレーニング中の過度な負荷を検出し、選手のけがを予防できます。
──今後、データ分析はフットボールをどのように変えていきますか。
ザイムス氏 AI(人工知能)技術の導入が考えられます。予測精度の向上によって、対戦相手ごとに弱点を突く戦略を構築できます。ただし、全チームが同じことを始めれば、戦略は標準化されてしまいます。全チームがデータを共有し、各チームのデータ分析部門が同様の分析をすれば、プレースタイルの多様性は失われ、試合の面白さが損なわれる可能性があります。技術開発が進むと、最終的にそうした方向に向かう可能性があります。
──野球の場合、どのチームも同じことを重視するようになっていますか。
ザイムス氏 野球は、既にそうした段階に達していると考えます。私は野球ファンで、子どもたちのコーチも務めましたが、現在の野球の方向性には懸念があります。投球の回転数が重視され過ぎた結果、選手の肘のけがが増加しています。打率は低かったものの幾度も盗塁王に輝いたビンス・コールマン選手のような選手はもういません。野球は均質化したスポーツになりました。
野球の場合、ピッチクロック(投球間隔の制限)の導入や守備シフトの制限(特定の打者に対して守備の配置を変えること)など、ルール改正によってこうした問題に対処しようとしています。フットボールでも同様に、攻撃側と守備側の傾向が画一化する可能性があります。ただし、ボールを「投げる」「打つ」「捕る」野球と比べ、フットボールはより多くの要素が存在します。選手同士が直接的に接触する場合もあります。
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