なかなか浸透しないプライベートクラウド。原因はクラウドコンピューティングという技術への理解不足にあるという。プライベートクラウド導入に適した企業や実現方法について、ガートナー ジャパンの亦賀氏に聞いた。
ITベンダー側は積極的にプライベートクラウドで利用するための製品を発売しているものの、ユーザー側の反応はいまひとつ鈍い。
TechTargetジャパンが2013年3月に実施したクラウドコンピューティング全般に関する読者調査でも、「既に導入済み」が前年の17.0%に対し22.7%と増加しているものの、前年に続いて最も多いのが「計画はない」の44.0%。依然としてプライベートクラウドを導入する予定がない企業が多いことを示す結果となった(参考:クラウド導入に関する読者調査結果リポート(2013年3月))。
多くの企業が社内にあるサーバを統合して仮想化しているが、そこからプライベートクラウドへと進化させないままでいる要因はどこにあるのか。そして今後のプライベートクラウド普及の鍵はどこにあるのか。
ガートナー ジャパンのリサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ バイスプレジデント兼最上級アナリスト 亦賀忠明氏にプライベートクラウドを取り巻く現状を聞いた。
「プライベートクラウドの普及が進まない最大の要因は、ずばりクラウドというものを正確に理解しているIT部門の担当者、経営者が少ないことにあるのではないか」。亦賀氏はこう指摘する。「プライベートクラウド以前にクラウドが何かをきちんと議論し、理解する行程が抜けている。それをしない限り、プライベートクラウドを導入してもうまくいくわけがない」
クラウドとはITシステムを完全にサービス型モデルへと移行させたものだ。単純にサーバを統合し、仮想化しただけではサービス型モデルに移行したとはいえない。しかし、現実にはサーバを統合し、仮想化を実現しただけで、「プライベートクラウドを実現した」と誤解しているケースもあるという(関連記事:単なる“全社仮想化”とは違うプライベートクラウドの本質的価値)。
「サービスとは何かについて、あまりにも一般的なことすぎて突き詰めて考えたことがある人は少ないかもしれない。そのため漠然と理解したような気になって正確に理解していない人が多いのではないか。ベンダー側もクラウドとは何か、プライベートクラウドを導入することでどんなメリットがあるのか、提供している製品に合わせ、もっと具体的に分かりやすくアナウンスしていくべきだ。サービスを実現するためのテクノロジーに関する議論を飛ばしてクラウド製品を導入させようとするので、クラウドの本質が見えにくくなっている」
亦賀氏は「サービスを実現するテクノロジーの仕組みやアーキテクチャを理解することがクラウドコンピューティング導入の第一歩となる」と指摘する。
「プライベートクラウドは、以前から構想はあったもののテクノロジーが十分こなれていなかったために実現が難しかった。テクノロジーがこなれた現在、ようやく実現できる段階に達した」
プライベートクラウドはサーバ仮想化と異なり、サービスを実現するテクノロジーであるとのことだが、どのような企業が導入に適しているのか。
「コスト削減を目的にプライベートクラウドを導入するという声があるが、コストを下げることが主な目的であればプライベートクラウドを導入する必要はない。コストを下げるだけならばサーバ仮想化で十分だ。プライベートクラウドを導入する最大のメリットはコスト削減よりもアジリティにある」
一般的に、「変化が激しい時代は、ビジネスの変化に対応できるようITシステムにもアジリティが必要」といわれる。ビジネスの現場のニーズに応えられる、激しい変化に対応できるITシステムの構築こそ、プライベートクラウド導入の目的となる。
実際にプライベートクラウドを実現するためには、どのようなステップを踏んでいくべきなのか。
「最初に取り組まなければならないのは社内業務の棚卸しと仕分けを行うこと」だという。
最近ではプライベートクラウド構築を想定し、ハードウェアなどをセットにした垂直統合型製品が各ベンダーから提供されている。稼働までの時間を短くすることなどがメリットとされる製品だが、「コストだけを見れば決して安くない。だが、1つの業務を行う基盤としては高コストとなるものの、業務を棚卸しして複数の業務で利用するためのものと換算すると割安になるケースもある。やはり業務の棚卸しを行った上で導入するからこそ意味があるものになる」という。
具体的な作業は次のように行う。
「業務を必要なサービスレベルに応じて松、竹、梅の3段階に分類する。梅は年に数回利用する頻度の低いものや、システムがストップしても問題が少ないもの。逆に松は稼働率99.99%の勘定系のような信頼性の高さが求められるもの。分類を進めるとクラウド化には適さない、『特上』と分類すべきものが出てくることもあるだろう。それも踏まえ、将来も含めクラウド化できるものを3ランクに分類する」
こうした棚卸しの後は、試行的な実践を行っていく。
「最初に手を付けるのは年間で数回利用するものや、サービスが止まることがあっても影響が少ない梅レベルのもの。まずは梅レベルのサービスを構築し、プライベートクラウドを実践してみることではないか」
その際、どの程度リソースを用意すればいいのか分からないのであれば、試行段階ではパブリッククラウドを利用することも1つの手段だという。試行しながら実践を続ける。その上で、プライベートクラウドとはどんなものかを実感し、運用もこなれてきたら、今後10年程度でどのような移行過程を経て社内のITシステムをプライベートクラウドへ移行するのか、ロードマップを描く。このようにして「計画と実践を着実に進めていくことが必要となる」という。
ロードマップを描くことは、「ITインフラを成長のための武器として活用する戦略を見極める」ことにつながる。しかし、業務分析を行った段階で膨大な資料が積み上がり、先に進めなくなってしまうケースもある。
「そこで止まってしまうことが一番悪いケース。お金が掛かりすぎていないか、手間はどうか、ベンダーとの関係はどうなっているのか、現場からのニーズと食い違いはないかといったことを冷静に考える必要がある。そのまま放置し、業務分析をしただけで終了してしまうのでは意味がない。確かに、業務分析を行って社内システムの見直しを行うのは容易なことではないが、社内のITインフラを見直す良い機会が来たと前向きに捉えるべき」
社内業務の棚卸し、ITインフラの見直しはIT部門にとっては負荷の大きな作業となる。しかもクラウド化によって一部の作業は自動化され、情報システム部門にとっては自分の仕事がなくなるとの見方もある。
だが、「プライベートクラウド導入のメリットをコストダウンではなく、アジリティと捉えれば、クラウド化によって情報システム部門は新しい局面に入る。仕事がなくなるどころか、現場のニーズに合ったシステム構築を行う、企業にとっては欠かせない戦略部門という位置付けとなるかもしれない」。
亦賀氏は、「仕事の中身を変えることでむしろ役割は重くなる」と指摘する。特にプライベートクラウドの構築はパブリッククラウドと比べ、他社と差別化するITインフラを構築するための企業戦略になるという。
「最近は、プライベートクラウドと同等の高セキュリティなクラウドサービスを提供するというベンダーも登場しているが、内容を見ると、クラウドというよりもアウトソーシングというべきものも多い。ベンダー依存度が高くなるスタイルが適切なのかも含め、社内インフラを冷静に見直すべきだ」というのが亦賀氏の見方だ。
従来、ITインフラは業務を維持するためのものと考えられてきたが、「業務を維持するためのインフラ」「将来成長していくためのインフラ」、さらに「大きく成長していくための革新的インフラ」の3つに分類できるという。
「これまでの日本企業にとってインフラは業務を維持するためのものだった。しかし、もはやITは企業を成長させるための武器。ワールドワイドに存在する競合企業と戦っていくためには、業務を維持するだけのインフラで十分なのだろうか。今後、同じ業種でもITインフラを業務維持のためのものと位置付ける企業と、戦略的な武器として利用する企業の両極に分かれていくのではないか」
プライベートクラウドを武器として活用していくためには、一度導入して終わりではなく、導入後もどう活用していくのか、社内のエンドユーザーの意向を反映しているのかといった見直しも必須だという。
「難解なメッセージに思えるかもしれないが、要はテクノロジーを最大限に生かし、コストを下げ、エンドユーザーに適切なサービスを提供するという実はシンプルなこと。ITインフラの切り替えでそれが実現できるチャンスと考えるべきではないか」と亦賀氏は話している。
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