臨床医学研究に「AWS」を使う【前編】
名古屋大学医学部附属病院も直面 なぜ診療科ごとにデータベースが乱立する?
臨床医学研究の現場では、診療科ごとに研究用のサブデータベースが乱立する「サイロ化」の問題がしばしば起きる。同様の問題に直面した名古屋大学医学部附属病院は、解決に向けてどのような取り組みをしたのか。
医療分野は一般的に情報管理が厳しく、考慮すべき制約事項が少なくない。患者情報に対して、原則として持ち出し禁止の院内規定を設ける施設もある。医学研究には患者情報を匿名加工した上で利用する必要があり、多くの医療現場では診療科ごとに研究用のサブデータベースを乱立させてしまう「サイロ化」の問題が起きている。
こうした問題を解決するために、匿名加工した医療情報をクラウドに蓄積し、複数施設と共有して研究や地域医療連携のために活用しようとするプロジェクトが目立ち始めた。名古屋大学医学部附属病院もプライベートクラウドで、研究利用を目的としてデータを一元管理するシステムを構築した。完成には約2年かかり、運用管理の負担やデータの利便性の面でさまざまな課題が浮上したという。
新たに浮上した課題の解決を目指して名古屋大学医学部附属病院は、システムインフラをクラウドサービス群「Amazon Web Services」(AWS)へ移行した。同院の杉下明隆氏は、2019年6月開催のイベント「AWS Summit Tokyo 2019」で、匿名加工医療情報をクラウドで適切に扱うために重視した要素について語った。前編となる本稿は、クラウドデータ基盤を構築するまでに起きていた「診療科別にデータベースが乱立」と「医療情報の匿名化」という2つの課題について解説する。
杉下氏は名古屋大学医学部附属病院の先端医療開発部先端医療・臨床研究支援センターに所属し、先端医療支援部門のシステム情報室長を務める。同氏は「現代医療を基準にして、数年以内の実現を目指して開発するのが『先進医療』。『先端医療』はさらにその先、十数年から数十年先を視野に入れて開発する領域だ」と説明する。
シーズ情報収集管理システムとプロジェクト共有システム
電子カルテに保管された膨大な医療情報の中には、臨床研究の有望なアイデア(シーズ)となる情報も大量に埋まっている。しかし電子カルテは基本的に自然言語で記述するために特定の内容だけを抽出しにくく、患者の実名とひも付けられているので研究に使いにくいという限界がある。そのため名古屋大学医学部附属病院は従来、各診療科が必要に応じて独自のサブデータベースを構築し、運用していた。こうした運用になるとデータの項目や形式、保管、処理方法はばらばらになりがちで、データの相互連携は難しくなる傾向がある。
医療情報の活用には個人情報保護の制約も付きまとう。情報の匿名化は欠かせないが、患者個人の経過を追うためには、匿名化しつつも患者固有の情報として扱えるようにしておく必要がある。その実現を目指して名古屋大学医学部附属病院が構築したのが「シーズ情報収集管理システム」だ。従来は診療科ごとにばらばらに管理されていたデータをシーズ情報収集管理システムに集約した。電子カルテシステムに内在する情報は、匿名化した基本情報を照合するための「個人情報連絡表」を通じて同一性を確認することで、匿名のままシーズ情報収集管理システムの研究用データベースと連携させた。
シーズ情報収集管理システムに関わるユーザーは「臨床の研究者」「統計・疫学研究者」「被験者」の3者だ。臨床の研究者が持つデータは、シーズ情報収集管理システムに預ける時点で匿名処理され、原本性(唯一性)の保証された統一形式のデータとなる。フォーマットやデータ構造が統一されたデータになることで、統計・疫学研究者が個別にデータをクレンジング(重複などを排除することでデータの品質を高めること)する必要もなくなり、研究に使いやすくなる。被験者は、自身のデータが医学研究に利用されることについて同意した後の利用状況がシステムで確認できる。研究に関連する質問表の提出や連絡もシステム経由でできるため、やりとりが簡便になるメリットも生まれた。
各診療科が必要に応じて独自のサブデータベースを構築していた従来の体制は、保管したデータが研究者の異動に伴って散逸するリスクがあった。名古屋大学医学部附属病院は臨床研究を担う「臨床研究中核病院」(注1)であり、基礎研究を担う「革新的医療技術創出拠点」でもあるだけに、施設内共同研究や多施設間研究をシームレスに展開できるだけの基盤整備は重要事項だった。
※注1 臨床研究中核病院は厚生労働省が定める、質の高い臨床研究を実施する病院。日本発の革新的医薬品や医療機器の開発などに必要となる質の高い臨床研究を推進するために、国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的役割を担う病院のこと。
名古屋大学医学部附属病院は「プロジェクト共有システム」を構築してシーズ情報収集管理システムと連携させ、研究者同士の情報共有基盤とした。これらのシステムを整備したことで、研究者は一元的なデータアクセスが可能になり、匿名化した基本情報だけを利用できるようになった。診療科の垣根を超えた施設内共同研究はもちろん、多施設共同研究もスムーズに実現しやすくなった(図1)。
こうして名古屋大学医学部附属病院は、オンプレミスのプライベートクラウドにシーズ情報収集管理システムとプロジェクト共有システムを構築した。ただし完成には約2年を要し、運用管理の面でも負荷は小さくなかったという。そこで杉下氏はシステムをパブリッククラウドに移行することを検討したが、医療情報システムに関わる法令やガイドラインの順守は大きなハードルだった。
後編は、名古屋大学医学部附属病院がクラウドにデータ基盤を構築する際に考慮した法規制やガイドラインについて触れ、AWSを選んだ理由を紹介する。杉下氏は、医療分野でAWSを実際に使ってみてどのような感想を抱いたのだろうか。
立ち遅れる日本の先端医療開発にはITの支援が必須
先端医療研究は、多様な角度からあらゆる可能性を探り、有望なシーズを拾い上げて実用段階を目指すことから、多くの時間を費やす。基礎研究に2~3年、前臨床試験に3~5年、臨床試験に5~10年といわれるほどだ。日本のプレゼンス維持は、この研究過程をいかに短縮できるかにかかっている。
「日本の医療機器開発は諸外国に後れを取っている」と杉下氏は警鐘を鳴らす。厚生労働省「平成29年薬事工業生産動態統計年報」によると、医薬品市場における国内出荷額は約10兆円、医療機器市場における国内出荷額は約2兆9000億円に上るが、貿易収支は右肩下がりの傾向にある。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の平成29年度成果報告書「日系企業のモノとサービス・ソフトウェアの国際競争ポジションに関する情報収集」を見ても、医療機器の中でも超音波画像診断装置や内視鏡装置をはじめとする診断機器分野は日系企業が一定の競争力を保っているものの、人工関節やインプラント材料のような医療用材料・デバイスの分野では外資系企業のシェアが圧倒的だ。
こうした課題に国家として取り組むためにAMED(日本医療研究開発機構)がある。AMEDは疾患だけを研究開発の軸にするのではなく、開発拠点同士の連携やIT活用などといった軸からも研究開発の体制を見直し、「疾患領域対応型統合プロジェクト」と「横断型統合プロジェクト」に分類して研究開発プロジェクトを推進する環境を整えつつある。AMEDの横断型統合プロジェクトの一つが「革新的医療技術創出拠点プロジェクト」だ。革新的医療技術創出拠点が基礎研究を担い、臨床研究中核病院がその研究を医療現場に定着させるための開発を進める。この2つの研究拠点を併せ持つ機関は国内に12カ所あり、名古屋大学医学部附属病院もその一つだ。杉下氏は現場にある医療情報をいかに医療開発に安全に、かつ迅速に活用できるかを研究、実践している。
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臨床医学研究に「AWS」を使う
臨床医学研究の現場では、診療科ごとに研究用のサブデータベースを乱立させてしまう「サイロ化」の問題が起きている。名古屋大学医学部附属病院はこの問題を解決するためにAmazon Web Services(AWS)を採用した。クラウドサービスで医療データを扱う際に配慮すべき法制度や規制を、同院はどのように解決したか。先進医学研究から地域医療まで、同院が取り組んでいるプロジェクトを紹介する。
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