EHRの音声認識機能は使い物になるか【前編】
電子カルテの音声アシスタントの可能性と限界 多機能でも「理想には遠い」のはなぜか
米国の医療機関では電子カルテ(EHR:電子健康記録)の音声認識技術が注目を集めている。医師のルーティン業務を自動化する便利な機能が次々と登場しているが、「理想には遠い」と見る専門家もいる。
ヤー・クマー・クリスタル氏はVanderbilt University Medical Centerで生物医学情報学と小児内分泌学の准教授を務めている。同氏は診察室の扉を開く前にいつも決まってモバイル端末を取り出し、電子カルテ(EHR:電子健康記録)ベンダーEpic Systems(以下、Epic)の「Haiku」を起動させる。これはEpic製電子カルテのモバイル端末向けアプリケーションだ。端末のスクロール操作の代わりに「ヘイ、エピック。直近の記録を見せて」と音声コマンドで話しかけると、クマー・クリスタル氏自身がその患者を最後に診察した時の情報が画面に表示される。
手間は省けるが、理想には遠い――医療の音声認識技術が未熟な理由
クマー・クリスタル氏はこの音声認識機能「Hey Epic」について「音声コマンドで自分の最後の記録をすぐに閲覧できる点が素晴らしい」と話す。同氏によると普段、医師が見たいのは自分の直近の記録だ。医師は詳細をよく読めば、診察の経緯や、最後にどのような診断を下したかといったことを理解できる。ただし最後の診察から数カ月がたち、その間に他の医師による診察が何回も入っていれば、自分が残した最新記録にたどり着くまでに電子カルテを長々とスクロールしなければならない。Hey Epicはこうした作業を効率化できる。
EpicやCernerなど米国のEHR大手ベンダーは、定型業務の自動化を目的として自社製品に音声認識の仮想アシスタント機能を搭載している。これにより医師の負荷を減らし「燃え尽き」防止につなげるのが狙いだ。
しかしふたを開けてみると、EHRに搭載された音声認識機能は未熟で、命令に応答するという単純なことしかできない。例えば患者と医師の会話を把握したり、処方箋発行を促したり、診療記録を自動作成したりするなどの高度な“スキル”はまだ持っていない。公立医療機関UCHealth(University of Colorado Health)でCIO(最高情報責任者)を務めるスティーブ・へス氏は、音声認識機能の高度化について「早期に実現できることを願う」と語る。
その実現はまだ遠い。話者の周辺雑音が音声認識の精度を下げるといった、開発上のハードルがある。EpicやCernerは主にNuance Communicationsの音声認識技術を取り入れており、単一ベンダーの技術に依存しているという課題もある。調査会社CB Insightsでプリンシパルアナリストを務めるジェフリー・ベッカー氏は「このように特定1社に依存していることで、音声認識技術の改善は遅れる可能性がある」と指摘する。
2018年の誕生から100個以上のコマンドを追加
EpicがHaikuの新機能として、Hey Epicの音声コマンドを利用可能にしたのは2018年だ。同社で研究開発担当のバイスプレジデントを務めるセス・ハワード氏によると、初代バージョン以降100個以上のコマンドを追加しているという。例えば診察後に他科の医師にメッセージを送り、検査や紹介依頼をするといったものだ。EpicはNuance Communications以外にも3Mの音声認識技術を活用し、Hey Epicの精度向上に取り組んでいる。今後はHey Epicをもっと幅広い場面で活用することを目指し、まずは診察室のデスクトップPCでの利用を想定して医療機関での実証実験を進めている。
中編は、CernerのEHRにおける音声認識機能の開発方針に焦点を当てる。
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