量子コンピュータの常温稼働と量産可能性が一歩前進NISQ時代の量子コンピューティング【後編】

量子コンピュータ実用化を阻む課題は多い。絶対零度付近まで冷却する必要がなくなれば可能性が大きく広がる。大量の量子ビットの実装には量産性も欠かせない。その分野の研究動向を紹介する。

2022年04月12日 08時00分 公開
[Cliff SaranComputer Weekly]

 英サセックス大学のスピンアウト企業Universal Quantumが主導するコンソーシアムの目標は100万量子ビットシステムの実現だ。

 現在の量子コンピューティングシステムの多くは超低温に依存する。超電導量子ビットを構築するには、コンポーネントを絶対零度近くまで冷却する必要がある。回路は超冷却状態でのみ量子効果を発揮する。そうでない場合は通常の電子回路として動作する。

 重要なのは、イオントラップ型量子コンピュータの原理に基づく同社の量子技術が、ほぼ常温で動作することだ。

「常温量子コンピュータ」が可能な理由

iStock.com/ipopba

 同社のウィンフリード・ヘンシンガー氏(共同創設者、チーフサイエンティスト)は、超冷却を必要としない理由を次のように説明する。「量子ビットは量子効果を発揮する原子だ。イオンはチップの表面上を浮遊するため、量子ビットの効果を高めるために冷却する必要がない」

 マイクロプロセッサが室温で動作するのと同様に、Universal Quantumの量子コンピュータは既存のサーバルームのレベルを超える冷却機構を必要としない。

 この設計は量子コンピューティングにエラーをもたらすノイズにも耐性がある。「超電導量子ビットは回路がチップ内にある。そのため環境から分離するのが困難で、ノイズが非常に大きくなりがちだ。イオンはチップ上に浮かんでいるので、極めて適切に環境から分離される」(ヘンシンガー氏)

 イオントラップ型は、冷蔵庫程度の冷却力で量子コンピュータのスケーラビリティを向上させられる。超電導量子ビットに要求される冷却能力は、大量の量子ビットにスケールさせるのを極めて困難にする。

量産化

 スタートアップ企業Quantum Motionは、産業レベルで量産可能な量子コンピューティングの実現を目指している。同社はUniversity College London(UCL)からスピンアウトした企業で、「Altnaharra」プロジェクトを主導している。このプロジェクトは超電導回路、イオントラップ、シリコンスピンをベースとする量子ビットを組み合わせるものだ。

 同社はフォールトトレラントな量子コンピューティングアーキテクチャを開発している。Quantum Motionのジョン・モートン氏(共同創設者、UCLナノエレクトロニクス教授)は言う。「普遍的な量子コンピュータを構築するには、数百万量子ビットに拡張する必要がある」

 IBMが現在実現しているのは127量子ビットのシステムにすぎない。既存のプロセスで数百万量子ビットの普遍的な量子コンピュータを構築するなど夢のようなものだとする人もいる。

 2021年4月、Quantum MotionとUCLの研究者は、チップ製造と同様のCMOS(相補型金属酸化膜半導体)技術で製造したシリコントランジスタにおいて、単一電子(量子ビット)の量子状態を分離して測定することに成功した。

 Quantum Motionのジェームス・パレス=ディモック氏(COO:最高執行責任者)は言う。「当研究所のアプローチは、量子シリコンチップを大量に製造するための、最も安定し、信頼性が高く、スケーラブルな方法を実証することだ」

 本稿で取り上げたスタートアップ企業はアプローチが全て大きく異なっている。1940年代にジョン・フォン・ノイマン氏が考案したストアドプログラムアーキテクチャを採用する従来型コンピュータとは異なり、量子コンピューティングはデファクトスタンダードとなるアーキテクチャが一つになる可能性は低い。

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