SAPがAI事業に注力するため、大規模な人員体制の再編を進めている。これに対してアナリストは「SAPの優先事項は、ユーザー企業に対してERPのクラウド移行を促すことだ」と指摘する。移行を妨げている要因は何か。
ERP(統合基幹業務システム)ベンダーのSAPは、人工知能(AI)技術関連の事業を“成長分野”に位置付け、注力することを明言した。これに対して、SAPにとっての優先事項はオンプレミスからクラウドサービス型ERP「SAP S/4HANA Cloud」に移行するようにユーザー企業を説得することだ、という見方もある。
調査会社Forrester Researchのバイスプレジデント兼主席アナリストであるリズ・ハーバート氏は、「SAPは競合するERPベンダーと比べて、クラウドサービスへの移行が遅れている」と指摘する。背景にある問題の一つは、SAPがユーザー企業の要望に必ずしも応えられていないことだ。具体的にはどういうことなのか。
ソフトウェアベンダーは、既存のユーザー企業をクラウドサービスに移行させることに熱心だ。全てのユーザー企業が同じソースコードの製品を使用した方が、新機能を追加しやすいためだ。コスト上昇を防ぎやすい利点もある。
しかし、顧客をクラウドサービスに移行させることは容易ではない。顧客は既存のERPシステムに満足しているか、他に優先事項があるため、移行を急いでいない可能性がある。「グローバル企業にとってSAP S/4HANAへの移行は、数億ドルあるいは数十億ドル規模のプロジェクトになる」とハーバート氏は指摘する。同氏は「SAPが中核製品をクラウドサービスに移行し、顧客体験を向上できるかどうかは依然として不明だ」とも語る。
SAPがAI関連事業に注力することは、同社のクラウドサービスの戦略にも関わる。同社は2023年、一部のAI技術関連の機能は将来、ERPのクラウドサービス移行を支援するサービス群「RISE with SAP」か、クラウドサービス製品のみで利用可能になると発表した。この決定に不満を抱いているユーザー企業もある。
ハーバート氏によれば、AI技術関連の機能以前に、一部のユーザー企業はクラウドサービスの追加機能を待っている。そうしたユーザー企業は、「パッケージ製品と比べて、クラウドサービスはまだ十全ではない」と感じている。ユーザー企業が特に不十分だと評価しているのは、業界特化の機能だ。「SAPにとって業界別機能は差異化の要因だったが、クラウドサービスへの移行ではそれが従来ほどには前面に押し出されていない」(同氏)
調査会社Gartnerのシニアディレクター兼アナリストであるクリスチャン・ヘスターマン氏は、「特に財務や人事、間接購買など、企業内で水平的な役割を担う管理部門向けのERPでは、クラウドサービスへの移行は理にかなっている」と語る。しかし、SAPの顧客基盤はそれより多様だ。しばしばクラウドサービスの特徴とされる、汎用(はんよう)的なアプローチが全ての顧客に適しているわけではない。
「SAPは業界に特化した機能を有するERPを用意している。製造業を思い浮かべてほしい」とヘスターマン氏は述べる。「SAPは企業のプロセスをエンドツーエンドで支援する機能群を提供できており、それが顧客基盤の多様性につながっている」というのが同氏の見方だ。
製造業、小売業、流通業といった分野の顧客は、競合他社と差異化できる手法で事業を運営している。差異化こそが競争優位性につながるため、これらの業種の企業は差異化を支えるシステムを必要としている。
ヘスターマン氏は、SAPのユーザー企業がSAP S4/HANAへの移行を開始しない理由は、コストと価値にあるとみる。一部のユーザー企業は投資対効果を見いだすことが難しいと感じている。標準化やクラウドサービスの利用が自社の方針には合わないと考えているユーザー企業もあると同氏は指摘する。
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