クラウドは必要不可欠でも「オンプレミス回帰」が広がる“残念な現実”クラウドの潜在能力を解放すべし【前編】

多くの企業はクラウドを業務効率化の道具としか見ていない。調査会社Gartnerはこうした状況に潜むリスクを警告する。どのようなクラウド戦略が必要なのか。

2025年07月01日 07時15分 公開
[Stephen WithersTechTarget]

 「クラウドサービスは今やビジネスに不可欠な存在となっている。だが、多くの組織には、依然として大きな成長余地が残されている」――。調査会社Gartnerのアドバイザリーディレクターであるジョー・ローガス氏は、2025年5月にオーストラリアで開催された「Gartner IT Infrastructure, Operations and Cloud Strategies Conference 2025」での、クラウドサービスの将来に関する基調講演でそう語った。

 ローガス氏は、クラウドサービスのバリューチェーン(付加価値を生み出す各工程のつながり)を上昇させる確固たる戦略がなければ、組織はリスクにさらされると警告した。ほとんどの組織はクラウドを「最新ITを導入して業務を効率化する道具」として捉えている。だが、同氏は「全社でデジタル能力を高める土台」や「イノベーションの推進手段」としてクラウドを活用し、最終的には既存の業界構造や収益モデルを根本から変えるような「ディスラプター(既存の秩序やビジネスモデルを破壊する存在)」へ進化させるべきだと提言した。

 Gartnerの真意はどのようなものか。ユーザー組織がクラウドサービスを活用するためにはどのような取り組みが求められるのか。

クラウドサービス活用拡大の裏ではオンプレミス回帰も

 Gartnerの見解によれば、従来のクラウドサービス市場はIaaS(Infrastructure as a Service)、PaaS(Platform as a Service)、SaaS(Software as a Service)の3分野で構成されると考えられる傾向になったが、近年は「SaaS」と「エンジニアリング技術プラットフォーム」の2分野へ移行しつつあるという。エンジニアリング技術プラットフォームとは、エンジニアが開発するためのインフラやツールなどの集合だ。

 ローガス氏は「IaaSとPaaSの境界は一段と曖昧になっている」と述べる。一方、SaaSベンダーは単に完成品のソフトウェアを提供するだけでなく、ユーザー組織が機能のカスタマイズや独自のアプリケーションを構築するための基盤を提供する例が増えている、と指摘する。

 事業部門がSaaSを調達し、開発者がアプリケーション開発用の実行環境を利用し、インフラ担当チームがIaaSを運用している。これらが往々にして個別に進められることが、組織がクラウドサービスの価値を引き出すに当たっての障害の一つとなっている。

 ローガス氏は、事業部門が利用する技術と、開発部門が利用する技術を統合することで、クラウドサービスからビジネス価値をより引き出すことが可能になる、と提案する。同氏はベンダーやパートナー企業と連携して社内外のあらゆるソフトウェアを利用できる状態にすることを推奨している。あらゆるソフトウェアのマーケットプレース(オンラインの市場)を構築し、異なる利用者が適したソフトウェアを利用できるようパッケージ化することが望ましいという。

 ローガス氏は、クラウドサービス市場における以下の3つのトレンドとして以下を挙げる。

  • クラウドサービスに対する不満の広がり
  • 機械学習機能を含む人工知能(AI)技術関連サービスへの需要の高まり
  • 複数のクラウドを併用する「マルチクラウド」および同じワークロード(処理やタスク)を複数のクラウドで運用する「クロスクラウド」の広がり

 それぞれの内容を見ていこう。

クラウドサービスに対する不満

 クラウドサービスに対して不満を持つユーザー組織が出てきている。いったんクラウドサービスに移行したシステムや業務を、再びオンプレミス環境へ戻す「オンプレミス回帰」が起きているとローガス氏は述べる。

 オンプレミス回帰の理由としてはユーザー組織の想定よりコストがかかっているケースがあるが、基本的にはクラウドサービス導入時の計画不足や、運用の最適化が継続されなかったことがある。すなわち組織内部のガバナンス不備が原因だとローガス氏は分析している。

 「組織が初期段階で適切に活動できなかった場合、結果が芳しくないのは当然だ」と同氏は述べる。裏を返せば、計画や運用、ガバナンスが適切に機能すればクラウドサービスへの満足度は高くなる可能性がある。

 Gartnerは今後4年間で、オンプレミス回帰の約80%が、クラウドサービスからの完全撤退ではなく、特定の理由で一部のシステムだけを戻すケースになると予測する。ただし、この傾向は以下のような外的要因によって崩れる可能性もある。

  • 地政学的リスク
  • クラウド上のデータやサービスの管轄や統制(クラウド主権)に関する懸念
  • 仮想化ベンダーVMwareのライセンスやビジネスモデルの変更による商業的混乱

 「実際のオンプレミス回帰では、単に昔のオンプレミス環境に戻すだけでは済まないだろう」とローガス氏は指摘する。オンプレミスインフラのシステムをそのままクラウドサービスに移す「リフト&シフト」では、期待されたコスト削減が得られないことが分かっている。そのため、多くのアナリストが長年にわたり否定的な見方をしてきた。しかし、VMwareの買収によるライセンス体系の見直しを受けて、この見方が変わりつつある。Gartnerは2029年までに、20%を超える組織がリフト&シフトでのクラウド移行に対する考え方を見直すと予測している。


 次回はAIとマルチクラウドの動向について解説する。

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