減損会計、税効果会計、金融商品会計など、現在の会計と将来予測は切っても切れない関係。しかし、説得力不足の将来予測は投資者に信用されないだけでなく、監査人に認められないリスクがある。今回は未使用の税務上の繰越欠損金を相殺できるだけの十分な課税所得の発生について、執行者である当局を説得できなかったという事例を取り上げ、説得力ある将来予測にするために必要なポイントを解説する。
A部長
「この子会社は2期連続の営業赤字ですが、来期は黒字の事業計画ですし、子会社の社長からも『頑張ります!』と宣誓書が提出されてますから、きっと達成してくれますよ!」
「それと、こちらの子会社で発生している大きな金額の繰越欠損金ですけれど、事故のような発生理由なので、その影響を除外すれば、課税所得を毎期計上している良い会社なんですよ」
B課長
「滞留している貸付金ですけど、先方と仕切り直しでリスケもしましたから、これぐらいはさすがに回収できると思います。誓約書も入れさせてますし、きっちり債権管理しますから大丈夫ですよ」
C監査人
「そう説明されると、『明らかに不合理』だから監査上ダメとまでは言えないなあ……」
『最近の貸借対照表には夢が詰まっている』と言われます。「夢」と呼べるなら聞こえはいいですが、「夢物語」というと皮肉過ぎでしょうか。なぜこのように言われるかというと、減損会計、税効果会計、金融商品会計など、現在の会計と将来予測は切っても切れない関係になってしまったからです。
貸借対照表にどれだけ計上するのかを決めるために、将来予測に基づいた見積もりを行い、評価額や引当金額を計算することが増えています。
しかし、「10年後はもうかってるの?」「5年後は円高に?」「1年後の日経平均は?」など、未来を当てることができるなら、大金持ちになれます。
会計上の将来予測で会社側の立場から重要なことは、「その将来を、可能性として説明できること」です。
「この予測があり得ないって、どうして言えるんですか!」などと監査人に逆ギレするのは論外で、監査人を納得させられるような説明ができるかどうかが重要です。
一方の監査人の立場からは、「あり得る将来には期待を、あり得ない将来には文句を」というのが基本姿勢でしょうか。
費用節減や営業人員増員などを踏まえたうえでの黒字計画と、魔法のようになぜか売上高が倍増することになっている黒字計画では、当然ながら監査人の心証が違います。
さて、本連載の第4回目ですが、日本公認会計士協会の「CESR執行決定データベース」より「EECS/1207-04 繰延税金資産」を取り上げます。【執行決定データベース抜粋(?)(2007年12月)参照】。
今回は、発行者である会社側が、未使用の税務上の繰越欠損金を相殺できるだけの十分な課税所得の発生について、執行者である当局を説得できなかったという事例です。
冒頭申し上げた「可能性として説明できること」に失敗したわけですが、IFRS特有の話としてではなく、現在の日本の会計でも通用するようなテーマです。
ただ、IFRSにおける繰延税金資産の考え方に加え、税務上の繰越欠損金にかかる繰延税金資産の論点もありますので、今回取り上げました。
事例に入る前に、関連するIAS第12号に触れておきます。
IAS第12号は、法人所得税がテーマであり、当期税金と繰延税金がその主な内容です。
このうち、繰延税金の個所のボリュームが多く、一時差異やタックス・プランニングなど、税効果会計らしい項目が並んでいます。
今回の事例に関係するのは、税務上の繰越欠損金にかかる繰延税金資産ですが、まずは基本的な将来減算一時差異にかかる繰延税金資産の個所から見ていきましょう。
「第24項 繰延税金資産は、将来減算一時差異を利用できる課税所得が生ずる可能性が高い範囲内で、すべての将来減算一時差異について繰延税金資産を認識しなければならない。ただし、繰延税金資産が、以下のような取引における資産又は負債の当初認識から生じる場合を除く。
(a) 企業結合ではなく、かつ
(b) 取引日に会計上の利益にも課税所得(欠損金)にも影響しない取引
しかし、将来減算一時差異が、子会社、支店及び関連会社に対する投資並びにジョイント・ベンチャーに対する持分に関連している場合には、繰延税金資産は第44項に従って認識しなければならない」
「第27項 将来減算一時差異の解消によって将来の期の課税所得計算上の損金算入が生じる。しかし、支払税金の減少という形での経済的便益は、企業が損金算入額と相殺するに十分な課税所得を稼得する場合にのみ企業に流入する。従って企業は、将来減算一時差異を使用するだけの課税所得が得られる可能性が高い場合にのみ繰延税金資産を計上する」
続く項では、「将来加算一時差異」や「タックス・プランニング」の話が続きます。
繰延税金資産を計上できるか否かについて、日本の会計では「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い(監査委員会報告第66号 日本公認会計士協会)」が存在し、回収可能性の判断指針としての会社区分を定めていますが、原則主義のIFRSではこのような詳細規定はありません。
従って、従来の日本基準の考えをそのまま利用できるのかに加え、そもそも課税所得が発生することについての合理的な説明も必要になりますので、経理担当の方を悩ますことになるでしょう。
安定的な業績が見込める業界であればいざ知らず、業績のブレが大きい業界や、ギリギリの課税所得しかないところへ、大きな将来減算一時差異が発生してしまったりすると、なかなかシビアな話になってきます。
さて、今回の事例ですが、税務上の繰越欠損金にかかる繰延税金資産がテーマです。基本を踏まえたうえで、応用を考えてみましょう。
「第34項 税務上の繰越欠損金及び繰延税額控除に対しては、将来その使用対象となる課税所得が稼得される可能性が高い範囲内で、繰延税金資産を認識しなければならない」
と、第24項の将来減算一次差異と似た記載のうえで、第35項・第36項が続くわけですが、要は、計上に当たっての条件が厳しくなっているということです。
今回の事例は、繰越欠損金にかかる繰延税金資産ですので、計上に当たっての条件が厳しかったということも、ポイントであります。
問題となったのは、会社が、相殺できるような十分な将来加算一時差異がほとんどなく、過去もほとんど、もうかっていない(利益計上できた時期も税効果のおかげ)にもかかわらず、繰越欠損金にかかる繰延税金資産を計上したことでした。
事例の原文に当たると、
などと記載されており、なかなか素敵な夢を語ってくれる会社なんだろうなあと推測できます。もっとも、投資者側としては、たまったものではないのですが。
IAS第12号の個所でも見ましたように、繰越欠損金にかかる繰延税金資産については、計上の条件が厳しくなっています。
そんな中で、この会社は繰越欠損金にかかる繰延税金資産を計上したわけですが、当局は、
を踏まえて、検討を行いました。
その検討の結果、当局は、計上した繰延税金資産を使用できるだけの十分な課税所得を将来発生させることができる、と立証するような説得的な証拠をこの会社が提供できていないと認定しました。そして、この会社による繰越欠損金にかかる繰延税金資産の認識は、IAS第12号34項に準拠していないと、結論付けたのでした。
当局が判断するに当たって重視した点として、
が挙げられており、将来予測が当たらないことが続いたため、今回の将来予測の精度も信じてもらえなかったことが読み取れます。
会計上の将来予測には、十分な説得力が求められます。ではどのような将来予測が説得力を持つのか? という話ですが、私は3つポイントがあると考えています。
1.しっかりした前提条件
将来予測は、いくつかの前提条件を設けて行いますが、その前提条件がしっかりした内容であることが必須です。
権利取得を前提としているならば、それに向けての取り組みをすでに着手していることや、外部からの資料に依拠するのであれば、社内的にその資料へ検討を加え証拠力を確認するなど、前提条件を固くすることは無駄にはなりません。
監査上も一番ツッコミを入れやすいのが前提条件の部分ですし、会計判断に関係するような過年度遡及修正が行われている事例を見ても、実はその前提が誤っていたことを原因とするものが、最近はよく見かけるところです。
2.積み上げられた数値
スプレッドシートに並んでいる数値について、いわゆる「えいやぁ」ではなく、積み上げによって説明できる数値を作ることも重要です。
原価率が毎年違う、従業員数と人件費の対応がおかしいなど不合理な数値を作らないことが重要です。前期比という考え方はありますが、その中身は説明できることが望ましいです。
3.普段からの精度
常日ごろからの将来予測の結果が、的を射ていないと、前2つのポイントをクリアしていたとしても話半分で受け止められてしまうおそれがあります。
イソップ寓話の『オオカミ少年』の例のように、本当に信じてほしいときに信じてもらえないことがないように、精度の高い将来予測の実績を積んでおくことが重要です。
当たらない(当てるつもりがない?)業績予測は投資者保護にならないのみならず、大事なときに自社に跳ね返ってくるリスクになるということは、認識しておいて損はないでしょう。
新日本監査法人(現新日本有限責任監査法人)において会計監査およびIPOコンサルティングに従事。
2008年に会計/ITコンサルティング会社の株式会社フューチャーワークスを設立。事業再生、決算早期化、企業組織再編、内部統制構築等のコンサルティングを行い、現在、上場企業ごとにアレンジしたIFRS導入支援サービスを手掛ける。
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