ユーザーvs.ベンダー、クラウドトークバトル(後編)
クラウドコンピューティングの今後の行方 ~利用実態と将来展望を議論
JUASのセミナー「今あらためて探るクラウド活用」の後半では、パネリストとして参加したユーザー、ベンダー各社が、JUASやIPAの調査結果を踏まえ、クラウドの現時点での利用と今後の行方について議論を交わした。
国内企業はクラウドの可用性に懸念
セミナー前半では、JTBビジネスイノベーターズの北上真一氏、東京海上日動システムズの小林賢也氏、リコーの石野普之氏によるユーザー3社のクラウドサービス採用事例、NECの林雅弘氏、セールスフォース・ドットコムの宇陀栄次氏、NTTコミュニケーションズの館 隆志氏によるベンダー3社のクラウドビジネスの取り組みが紹介された(記事前編:「JTB、東京海上、リコー、先進ユーザーのクラウド活用事例」)。それに続いて発表したのが、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の細川泰秀氏だ。
JUASは毎年、経済産業省から委託を受けて「企業IT動向調査」をリポートとしてまとめている。2011年3月に発表された「企業IT動向調査2011」では、クラウドに関する調査も行われており、それらの調査結果を引用しながら、クラウドに関するJUASとしての見解を紹介した(参考:「基幹系クラウドの期待と現実、調査結果で赤裸々に」)。
細川氏は、過去10年間でネットワークが大幅な性能向上を果たした結果、データがどこにあっても高速な回線でアクセスできることになり、そのためにパブリッククラウドが発展したと言う。そして、同氏はクラウドによる共同利用、すなわち業界クラウドや業際クラウドが進むと見ている。
「これまでは、外部で処理をするにはネットワークの性能や信頼性が低く、全てを自前で所有して運用することが当たり前でした。しかし、ネットワークの性能と信頼性が向上したことで、これからはそれぞれ個別にシステム基盤を構築するのではなく、誰かが用意したものを利用するという共同開発・共同利用が進んでいくと考えています。例えば、保険業界の支払いシステムは、金融庁のガイドラインにのっとって作られていますが、各保険会社が連携してシステムを開発し、それをクラウドセンターに置いて各社がそれぞれ利用すればよいわけです。これにより、システムの社会的な柔軟性が向上し、非常に大きな効果が生まれてくると思います」(細川氏)
ただし、企業にはクラウドを基幹業務に採用することをためらう理由もあるという。
「例えば、クラウドサービスは稼働率が低いのではという懸念が日本の企業にはあります。米国では99.5%でも構わないというデータがあるようですが、国内では目標値は100%、基幹系では99.99(フォーナイン)~99.999%(ファイブナイン)が大勢を占めており、99.5%のサービスでは使えないという声があるわけです。シンプルな構成のシステムならば稼働率は向上しますが、逆に言えば基幹系に対応するクラウドサービスは、規模が大きくなればなるほど稼働率が低下し、障害が起きたときの復旧に時間がかかります。ここにクラウドサービスの大きな課題があります」(細川氏)
セキュリティの課題解決も急務
2つ目の課題としてJUASの細川氏が挙げるのが、セキュリティに関する課題だ。これについては、パネリストとは別に、IPA(独立行政法人情報処理推進機構)の渡辺貴仁氏がクラウドにおける脅威について解説した。
IPAでは2009年9月から2011年5月までクラウドセキュリティに関するインシデントを収集したという(参考:「クラウド・コンピューティング社会の基盤に関する研究会 報告書」)。渡辺氏によるとクラウドの脅威は5つの要因に分類できるという。
(1)外部からインターネット経由でクラウド環境に対する攻撃
(2)クラウド環境内部での他のクラウド利用者への攻撃
(3)クラウド環境を踏み台にした外部への攻撃
(4)クラウドのコンピューティングパワーの不正利用
(5)システム不具合によるサービス停止など攻撃以外
「このうち圧倒的に多いのは、(5)のクラウド環境の可用性の問題です。攻撃に関しては、(1)の外部からインターネット経由でクラウド環境に対するものが最も多く、失敗も含めて10件以上の報告例があります。ここには、クラウド事業者を狙ったDDoS攻撃の他、クラウド利用者を対象にしたもの、クラウド環境の脆弱性を突いたものなどが徐々に増加傾向にあります。(2)については、マルチテナント型のIaaSにおいて情報流出の危険性があるという大学の研究調査が発表されていますが、具体的なインシデントとしては発生していません。(3)のクラウド環境を踏み台とした攻撃は、クラウドサービスを発信元としてスパムメールを送信するような事例が発生しています。(4)のコンピューティングリソースの悪用については、クラウド環境を利用してパスワード解析が行われるという例が報告されています」(渡辺氏)
渡辺氏の発表を受けて、細川氏は「セキュリティに関しての懸念は、クラウド事業者が経験を積みながらレベルを上げていくことで次第に解決していくだろう」と期待を述べた。
細川氏が挙げた次の懸念点は、コストの問題だ。
「クラウドサービスを導入すれば、コスト削減につながるといわれています。しかし、実際にコストが削減できたかというと、むしろ増えている例も少なくありません。ある調査会社では、今後5年以内に30%ほどクラウドに掛かる費用は低下していくだろうと予測していますが、それが達成されるという保証はありません。コストが高くなれば、元に戻せば良いという考え方もありますが、急速に技術革新が進むシステム環境を簡単に戻すことは容易ではありません」(細川氏)
これらを考慮して、クラウドサービスを導入すべきかどうか見極めるべきだというのが、細川氏の意見だ。
コスト削減効果は難しいという現状
クラウドに関する懸念点に対し、パネリストの間でまず意見交換が行われたのが、コストについての課題だ。NECの林氏は、ベンダーの視点からコスト削減効果について、次のように話す。
「クラウドサービスのコストについては、競争原理が当然働きます。クラウド事業者は、フロントローディング型で投資を行い、それを何年間で回収するという形でビジネスを展開します。新技術や新サービスが登場すれば、それに対抗するサービスが当然出てくるわけですから、そうした中でコストの還元があると考えられます」(林氏)
また、林氏は別のアプローチからでも、コスト削減を実現できるという。
「既製のサービスだけを選んで利用するセレクティブソーシングだけでは難しいところはありますが、ベンダーと包括的に組んで、何年間で何割減らすというトータルコストを定義して一緒に取り組むという方法もあります」(林氏)
つまり、ベンダーと協業してシステムの一部をアウトソーシングし、その一部にクラウドサービスを活用するという考え方である。
NTTコミュニケーションズの館氏は、日本企業は欧米企業並みにITへの投資比率を上げてもよいのではないかという意見だ。
「日本企業のIT投資額は売り上げの1~2%に過ぎませんが、欧米企業は4~5%はITに投資しています。ITを利用してコストを削減するという後ろ向きの考え方ではなく、ITを積極的に活用して新しいビジネスで何ができるかというところに目を向けるべきではないでしょうか。もちろん、コスト削減は大事ですから、ベンダーはクラウドに限らず、ネットワークなどのさまざまな技術を含めてコスト削減に向けた努力を怠ってはいけません。しかし、ユーザー企業にも新しいビジネス分野への積極的な投資を期待したいところです」(館氏)
クラウド時代におけるIT部門の在り方
一方のユーザー企業側でも、コスト削減効果を狙っているわけではない。JTBビジネスイノベーターズの北上氏は、次のように話す。
「コア、ノンコアでシステムを分けていくだけでなく、コアについてももっと仕分ける必要があると考えています。当社はサービス業ですから、システムによって付加価値を生み出せるものはオンプレミス型システムとして自社で所有・運用すべきだと考えています。しかし、既に競合他社で稼働しているシステムであれば、逆にクラウドサービスに移行すべきだと考えています。このようにビジネスとシステムの仕分けは非常に重要で、これは今後のIT部門の責任になり、企業戦略に大きな影響を与えることになります」(北上氏)
東京海上日動システムズの小林氏は、クラウドサービスを活用する上でITサービスマネジメントを確立することが重要だと訴える。
「クラウドサービスを利用したからといって、全てをベンダーや利用部門任せにはできません。ベンダーや利用部門は何を管理しているのか、IT部門はどこまで管理して利用部門を支援できるのかといったことをITサービスマネジメントによって運用管理していくことが重要です。また、クラウドサービスを使ってもらうためには、利用部門をサポートして現場のリテラシーを向上させていくことも大切だと考えています」(小林氏)
今回のセミナーでは、ユーザー・ベンダー双方ともにクラウドに期待し、今後の有力なITインフラとして考えていることが明らかになった。解決すべき課題はあるものの、クラウドが新たなITの潮流であることをあらためて感じさせられた。
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