使えるSaaSが充実していた2012年クラウドEXPO企業向けシステムを構築するパブリッククラウド【イベントリポート】

最大の特徴は「すぐに使える業務アプリのSaaS」が増えていたことだ。ただ、グループウェアやワークフローなど既存業務をクラウドに置き換えたサービスは依然として多い。

2012年05月22日 09時00分 公開
[加藤 章,電通国際情報サービス]

 クラウド業界の一大イベント、「第3回 クラウド・コンピューティングEXPO【春】」(以下 クラウドEXPO)が盛況の内に閉幕した。2012年5月9日〜11日の3日間、筆者も東京ビッグサイトに缶詰となり、クラウドに関する関心の高まりを肌で感じたところだ。これで3年連続、出展者と来場者の両方の立場でフルに参加したことになる。過去を振り替えつつ、今回、感じたことを書き下してみたい。

 本連載はこれまでに、パブリッククラウドを使った企業向けシステム構築について解説してきた。この記事も「パブリッククラウド」「企業向けシステム」に重点を置いて筆を進める。

出展社数、来場者数ともに微減

 複数のイベントが同時開催されているので厳密ではないが、2011年と比較して出展者数と来場者数は微減していたようだ(出展者数175社、来訪者数9万4000人。主催者のWebサイトから筆者集計)。「通路を歩けないほどの人だかり」は随所で見られたが、頻度や密度は2011年をやや下回っていたのではないか。2日目の悪天候の影響もあったかもしれないが、過去にあった「クラウドへの過剰な期待」が、やや落ち着いてきているのと、日経BP Cloud Daysなど、他のクラウド関連の展示会も定着しつつあり、情報収集の方法が多様化していることも一因と思われる。

 とはいえ、2011年との差は「言われてみれば、そうかな」というレベルのかすかなもので、イベント自体が持つ「熱量」は依然として高い。筆者も、会期中、半分の時間は弊社の商談コーナーで、お客さまの対応に追われていた次第だ。

世界3大クラウドが大激突

 会場の一番奥に、アマゾン データ サービス ジャパン(以下、AWS)、セールスフォース・ドットコム(以下、Salesforce)、日本マイクロソフト(以下、Microsoft)が隣接していた。いずれも会場内で最大サイズのブースを構え、他を圧倒する集客力を誇る。それぞれのブースでは、下記のセミナーの人気が目立った。

AWS:クラウド・デザイン・パタン(CDP)

 AWS上でシステム構築をする際のベストプラクティスをまとめたもの。

Salesforce:Radian6

 ソーシャルメディアをモニタリングするツール。

Microsoft:Dynamics CRM

 オンプレミスでもクラウドでも利用できるCRMアプリ。

 セミナーの間は、例年のごとく周囲の通路が通行困難になるほどの人だかりができる。この3社に対する来訪者の関心の高さがうかがえる。

Salesforceのセミナーに群がる人々。隣のAmazonブースも混み合っていた

 ちなみに3社とも、パートナー企業の展示を充実させている点が共通している。ブース内にサードパーティーごとの小ブースを立て、それぞれのソリューションを紹介させている。大手クラウド基盤ベンダーとしてほぼ完成された、一種の様式美といってよいだろう。

 なお、2011年はWindows Azureを出展していなかったMicrosoftだが、2012年は展示を充実させ、パートナー各社が関連製品を紹介していた。

その他の基盤系クラウド

 2011年はデータセンターの持ち込みで話題になったインターネットイニシアティブ(IIJ)は、2012年は意外にも出展していなかった。2011年以上の出し物を考えようとすると難しいのかもしれない、1回休みといったところだろうか。

 ニフティクラウドはブースサイズを拡大させ、装飾や演出も一段派手になった。特にセミナースペースを大幅に拡張し、内容も基盤からアプリケーション、サービスまで多岐にわたっていたようだ。

 NECも2011年同様の巨大ブースを構えていた。2011年はパブリッククラウドの扱いが小さかったが、2012年は前面に押し出したようだ。ただ「クラホス」(※)というという言葉を随所に用いて定着させようとしているのは、いささか懸念を抱かざるを得ない。

※ 同社のIaaS型パブリッククラウド「BIGLOBE クラウドホスティング」の通称とのこと。

 さて、少しレイヤーを上げて、業務アプリケーションの観点から出展状況を眺めてみよう。

依然として多いオンプレミス向けアプリケーション

 どのクラウド系のイベントでも同様だが、出展されているソリューションの中で明らかにオンプレミスを志向しているものが若干ある。2010年はかなり目立ったが、2011年にかけて数は確実に減ってきており、2012年はさらに影を潜めた感もある。だが、うっかり油断して商品説明などを聞いていると、結局オンプレミス専用のものだったりするので、残念な気持になることがある。筆者などは、会期の後半には、興味のあるブースでアプリケーションの話を聞く際には、まず「これはクラウドで提供されるのですか?」と真っ先に尋ねるようになってしまった(クラウドEXPOなのに!)。説明員の少ないブースなどでは(気を利かせて)資料だけいただいて失礼したことも多いのだが、商品パンフレットの裏側に動作環境が書いてあると(つまりオンプレミス前提なのだ)、ガッカリ感もひとしおである。

 一方で、本気でクラウドへ打って出たアプリケーション系のプレーヤーも目立った。

業務アプリケーションSaaS

 「すぐに使える業務アプリのSaaS」は確実に増えていた。特にグループウェアやワークフロー系のソリューションが目につく。例えば、以下のようなものがある。

サイボウズ

 サイボウズのクラウド型基盤「cybozu.com」および少人数でモバイルでも使える「サイボウズLive」を出展していた。前者はオンプレミス型の「サイボウズ Office/Garoon」やアプリケーション開発基盤「Kintone」を中心にサイボウズ製品をクラウドで提供するもの。サイボウズ Officeなら1ユーザー当たり月額500円からという料金体系だ。後者は小グループ用のコミュニケーションツールで、PCのみならずモバイルからも使えるのが特徴とされている。20人までなら「無料」という思い切った価格設定も衝撃的といえる。

ネオジャパン

desknet's on Cloudのブース

 「desknet's」が有名だが、これをクラウド型で提供する「desknet's on Cloud」がイベント直前にリリースされ、大掛かりなプロモーションがなされていた。1ユーザー当たり月額380円という低価格。基盤にはAWSを利用しており、AWSのロゴをブースに大きくあしらっていた。出展場所もちょうどAWSの真向かいであり、良いシナジーを生み出していたようだ。

NTTデータイントラマート

intra-martブース

 グループウェア/ワークフローツールとして幅広い汎用性と高いカスタマイズ性を持つ「intra-mart」だが、これをSaaSあるいはPaaSに仕立てた「Cloud-Base」がアナウンスされていた。正式リリースまで後少しという段階だそうだが、2000社以上の導入実績を持つ同アプリケーションが、低い初期費用かつ利用者数課金で提供されるのは魅力的だ。

 業務アプリケーションのSaaSで、グループウェア/ワークフローツールが台頭してきたのは偶然ではないだろう。ここでは以下のような要因があったと考えられる。

・業務アプリケーションとして参入しやすい

 いずれもオンプレミスで実績豊富なソリューションばかりである。カスタマイズがほとんどない状態でも業態、企業規模問わず、カバレッジが広い。また、アプリとしての完成度も高いので、クラウドへの転用が平易だったと考えられる。

・BCPの観点から、SaaS型の(オンプレミス型でない)アプリの要請が高い

 この種のアプリをオンプレミスで保持していると、保持している拠点に災害があった場合に、ユーザー企業の全社の機能が立ちゆかなくなる可能性がある。SaaSで運用していれば、例えば本社機能を支社に移すとか、あるいは出社困難な社員でも自宅から業務連携ができるなどのメリットがある。

 ここではグループウェア/ワークフローに話題を限定したが、他の業務分野においても同様のチャレンジをしている出展者が少なからずあったことは特筆しておきたい。筆者にとって、「2012年は使えるSaaSが増えた」というのが最大の印象だった。

もっと「クラウドらしさ」を

 前項で紹介したソリューションは、初期費用ゼロ(あるいは小額)で利用者数課金だ。ユーザーはサーバを保持する必要がなく、Webブラウザさえあれば使える。確かにSaaSとしての条件は満たしており、クラウドらしさは備えている。今後も同様のソリューションが増えていくことを期待しているが、いまひとつ「食べたりない」感もあるので、最後にその点を記してみたい。

 厳しい言い方をすると、実はこれらのアプリケーションでできることはオンプレミスのころとほとんど変わっていない。実際、クラウド版のパンフレットは課金体系などの紹介にとどめ、詳細な機能についてはオンプレミス版のパンフレットで補足している形態のサービスが幾つか見受けられた。アプリケーション全体の機能はクラウドとオンプレミスで全く同じか、あるいはクラウド側の機能がオンプレミスのサブセットとなっている。クラウド版がオンプレミスよりも革新的である点や、あるいは「いかにもクラウドらしい機能」はあまり見ることができなかった。このままではクラウドはオンプレミスのハードウェアの代替技術にすぎない。

 多くの業務システムは、利用者数が限られておりトラフィックも安定しているので無理に「クラウドらしさ」を求める必要はない。インフラにパブリッククラウドを上手に使うと、オンプレミスよりも可用性やセキュリティレベルが高まるので、既存業務を支えるには適している。しかし言葉は悪いが、既存業務を“しっかり”支えるだけでは『クラホス』止まりなのだ。

 クラウドは「不可能を可能にする」技術である。この観点から、「今までシステム化されていなかった業務をシステム化する」ことが可能になるはずだ。筆者はそのようなソリューションを(“しっかり”との対比で)“かっ飛び”と呼ぶことにしている。

 思い返せば、2012年、展示が増えたクラウド型業務アプリケーションは、“しっかり系”が大半であった。“かっ飛び系”は、某SIerブースのクラウド型構造解析や、マーケティング系SaaSなど、幾つかしか見当たらなかったように思われる。

 今後“しっかり系”はシステム調達の選択肢として、ごく当たり前の存在になっていくだろう。その裏で、クラウドらしさを武器にした“かっ飛び系”は、新しい発想を伴い、意外な分野で誰も味わったことのない価値を提供していくことになるだろう。当面はこの二軸でクラウド業務アプリケーションの動向をウオッチしていくこととしたい。


 以上、2012年のクラウドEXPOの総合的なインプレッションをまとめた。なお本稿で記したことは筆者の主観と取材に基づいており、事実と異なる点があれば筆者の責によるものであることを念のためにお断りしておく。

加藤 章(かとう あきら)

電通国際情報サービス ビジネス統括本部 クラウドビジネス開発部 ストラテジスト

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システム開発のPMやビジネスコンサルタントなどを経て、現在は自社内のビジネス企画に従事。クラウドに軸足を置いて調査、企画、情報発信、営業支援および社外とのアライアンスを担当する。


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