J-SUMMITS 連載コラム「電気羊はユーザーメードがお好き!?」
病院内に存在する「超芸術トマソン」との正しい付き合い方
単に電子化しただけでは結局、誰のためにもならない。あまりに非実用的なシステムに遭遇したことはないだろうか。そうしたシステムとどう向き合い、改善していくべきかを探る。
医療現場における電子カルテの導入や利用に関するエッセイ集『電子カルテは電気羊に食べられる夢を見るか』(加藤 五十六 著)を題材に、「日本ユーザーメード医療IT研究会」(J-SUMMITS)のメンバーが、現場が抱える課題の解決策をリレー形式で提案する本連載。今回は「トマソン」の章を取り上げる。
先日、亡くなられた作家、随筆家、美術家である赤瀬川 原平氏らが名付けた「超芸術トマソン」。あまりに非実用的な物を表す芸術上の概念だが、加藤氏は、エッセイの中で病院内にもトマソンが多く存在すると述べている。本稿では、山陰労災病院の太田原 顕氏が自身の経験を踏まえながら、院内にあるトマソンとの付き合い方を指南する(編集部)。
そもそも“トマソン”って何? という方へ
著者の加藤先生は、この章で「デジカメを持って『超芸術トマソン』を探しに行ってみよう」と提言している。私も“トマソン”が大好きで書籍を読み買いそろえ、自宅や職場や街並みでトマソンを探して悦に入っている。だからこの回の執筆を担当する理由でもあるが、もう1つの大きな理由は、必要悪としてのトマソンを創製してしまった自らの過去を自省したいという念が強いからである。
超芸術トマソン(ちょうげいじゅつトマソン)とは、赤瀬川原平氏らの発見による芸術上の概念。不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。
トマソンの語源は、プロ野球・読売ジャイアンツ元選手であるゲーリー・トマソン氏に由来する。トマソンは、元大リーガーとして移籍後1年目はそこそこの活躍を見せたものの、2年目は全くの不発でありながら四番打者の位置に据えられ続けた。その、空振りを見せるために四番に据えられ続けているかのような姿が、ちょうど「不動産に付着して(あたかも芸術のように)美しく保存された無用の長物」という概念を指し示すのにぴったりだったため、名称として採用された。――「トマソン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2014年11月12日15時(日本時間)現在での最新版を取得。
このように「かつては必要性や必然性があったが、その機能を失ったままで保存されている遺跡や遺物を芸術として取り上げる」という運動が1972年に始まったわけだが、加藤先生はその概念を認められていたのだろう。
その後、この運動は1977年の産業考古学会創設、1986年の路上観察学会創設、1995年に発刊された故・宮脇俊三氏の著作『鉄道廃線跡を歩く』や、最近では森田一義(タモリ)氏のテレビ番組「ブラタモリ」などで、確実に精神は受け継がれている。学問的な分類という観点からすれば、いわゆる民俗学や考現学に相当するだろう。
そして、トマソンは増殖していく
エッセイでは、加藤先生はトマソンの例として「紙伝票のレイアウト」を挙げている。紙でやっていた内容をそのまま電算化することに対して、「電算化で何ができるようになるか、何が必要でなくなるかを考える努力を放棄している」「紙の伝票と電子システムの短所を兼ね備えた代物にしかならない」と看破している。
手早く電子カルテを導入するために、私が選んだ方法は、まさにトマソンを創出したことに他ならなかった。言い訳にしかならないが、低予算、短時間という現実的にむちゃな要求に対して応えた結果がその姿であった。当時は考える力や時間を放棄したことで初期導入の危機をうまく乗り切れたのであるが、その代償として大量のトマソンを院内に残していたのである。
導入後もさらにトマソンは増殖した。なぜなら、システムを使用するスタッフも考えることなく「日々の業務はこんなものだ」と流されてしまい、新たな業務が増えたときにも現行システムの改良よりも安易に紙ベースを重用する風土が院内にまん延。その結果、不必要な紙がますます増えてしまった。システムという言葉の定義を「機構のみならず提供者や使用者やその意識までも包括する全ての資産」と考えるならば、まさに「思棄て無(しすてむ)」という雰囲気が育ってトマソン病は流行していく。
トマソン好きな私がこのような状況で臍(ほぞ)をかむ中、院内で極上のトマソンが偶然発見された。それは「入院・退院票」と称されるA5サイズの用紙であった。紙運用の時代、入院・退院票は、表面の入院票部分に関する医師の指示を医事課で転記した上で病棟看護師に渡され、退院時にはその裏面に医師の退院時処方や紹介状の有無、食事終了オーダーの指示を看護師が記入して医事課に伝達するという業務プロセスで使用されていた。当然オーダリングシステムにその機能は包括されていたのだが、導入時に現場では「紙がなければチェックが難しい」という判断が医事課と看護管理部門の双方で合意されたらしい。私は当時、そうした業務プロセスについては不勉強もあり、さほど介入していなかった。そのため、紙運用が継続していることを見過ごしていたのだ。
運用開始から数年がたち、ある看護師が「この退院票ってまだ必要なのだろうか」と尋ねてきた。その時までこの用紙がやりとりされているとは夢にも思っていなかった私は、医事職員や看護職員にオーダリングシステムでは対応できない理由を尋ねた。すると、以下のような“もっともらしい”理由が返ってきた。
- 「仮締めがシステムではできない」
- 「医師が計算終了後にオーダーを出すため」
- 「電子システムだけの運用では不安なので」
最初の理由は既にサブシステムでデータを抜き出すことによって対応済みであったのだが、なぜか亡霊のように医事課で継承されていた。また、2つ目の理由は、紙であろうと電子システムであろうと起こり得るモラルの問題を含むのだが、医師以外の職員からはシステム側で制御してほしいと主張された。現実には、計算終了後のオーダーを禁止してしまうと、退院予定の患者の急変や患者から突然の要望が生じた際、「医事課職員がロック解除設定をするまでオーダーが出せない」「担当職員が休んでいて対応が遅れる」などという笑えない状況が生まれてくることが想像される。それでいいのだろうか?
3つ目の理由はもはや精神論でしかないが、多くの業種の管理部門で観察されるといえる。主に管理側の業務変更に対する不安が原因であり、二重三重に現場での業務を重複させてしまっている。こんなシステムでは、入力データに食い違いが生じた場合、現場職員はどちらを信じればよいのだろうか? 結果として、医師に確認を取るという追加業務を自分だけでなく医師にももたらす羽目に陥ってしまう。しかし、管理者にとっては、別帳簿管理という無駄な業務があろうと、一見すると確実だと思える方法であるため、都合が良いのだろう。
トマソンよ、永遠に
院内でこのトマソンを発見してから約3年経過した今でも、まだ入院・退院票は大切に使用されている。発見以降、何度も医事課と看護部の間に立ち入りながら廃止の方向で議論を積み上げてはいる。しかし、担当責任者の交代人事や双方の駆け引きのために途絶することが続き、結局、廃止への道筋は合意されたまま店晒し(たなざらし)の状況である。嗚呼、まさにトマソンは保存され、継続される運命にあるのかと、悶々とした思いで天を仰ぎ己を嘆く日々を過ごすのであった。
そんな中、超一流といわれる企業にもトマソンが存在していたことにある日気付いたことで、私の気持ちは少し楽になった。それは、2007年に航空券投入方式から電子情報読み取り方式へ変更した某航空会社の搭乗システムに存在していた。当時、私はQRコードを使用する割には、航空引換証や搭乗案内書、搭乗口案内書、搭乗券など出力される紙が多いと感じていた。
その後、2013年12月に刷新した新システムでは航空引換証と搭乗券だけに改められていた。恐らく、社内での検討がされていたに違いなく、その改革担当者はこれらの廃止された紙たちにトマソンらしきものを垣間見たのではなかろうか(私が入院・退院票で感じたのと同様に)。もとより各ゲートで紙を発券する以前のシステムは、確実さという点で制御・確認しやすく、2007年時点では最善な方法であると管理者に判断されたのであろう。
上記のように、業務改革の第一歩は、既存の“常とう化”されたシステムにひっそりとたたずむトマソンを探すことから始まるのだと思う。そして、システムが存在する限りトマソンは重要な鍵を握っていて探索すべき存在なのだ。なぜならシステム自身は変革でき、また変革されるべき一種の生き物であり、成長するためにはユーザー自身によるトマソンの発見が必須なのだ――。加藤先生のメッセージは、きっとそこへつながっているにちがいない。
最後に提言したい。
「みんなでトマソンを探そうよ!」
「院内(社内)でトマソンを鑑賞しようよ!」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
J-SUMMITS 連載コラム「電気羊はユーザーメードがお好き!?」
関連記事
新着ホワイトペーパー PR
-
製品資料
[NTTインテグレーション株式会社] 取引先のセキュリティをどう管理する? 「SCS評価制度」対応の勘所を解説 -
製品資料
[NTTインテグレーション株式会社] SCS評価制度「★4」取得のカギ 最大の壁を突破する方法とは? -
製品資料
[NTTインテグレーション株式会社] 2026年度末から運用開始 「SCS評価制度」に備えて製造業がやるべきことは? -
事例
[ネットワンパートナーズ株式会社, アイビーシー株式会社] ハイブリッド環境の一元管理と快適な無線LAN環境、三井ホームはどう実現した? -
市場調査・トレンド
[TD SYNNEX株式会社] 調査で学ぶセキュリティ運用の実態 人を増やさず品質を維持する方法とは?
こんなメディアも見られています
TechTargetジャパンに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
ベンダーコンテンツ PR
From Informa TechTarget
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
なぜ「全社配布Copilot」は使われないのか? 失敗に学ぶAI定着
-
2
損保ジャパンはなぜ「COBOL」を捨てなかったのか? 脱メインフレームの真相
-
3
「ノートPC派」は損をしている? Dellと考える“自作PC”のメリット
-
4
「業務改善とツール活用」に関するアンケート
-
5
「GitHub Copilot」3000人に配布も基本機能しか使われない 保険大手が得た教訓
-
6
「データストレージの活用方法」に関するアンケート
-
7
年収700万超エンジニアに共通するスキルと「もっと勉強すべきだった分野」
-
8
業務用プリンターの老舗が挑むAI活用に向けた開発基盤変革を伴走支援
-
9
IT製品の導入に関するアンケート「PC&デバイス」編
-
10
“Intel CPU”搭載PCを危険にさらす「UEFIファームウェア」の脆弱性とは
ホワイトペーパーランキング PR
-
1
DX/AI投資の壁を突破、現代の最高財務責任者が直面する課題と克服のヒント
-
2
不審メールの経路や見せ方に変化? 2026年夏の3事例から見えた動向と対処方法
-
3
「オンプレミス回帰」せざるを得ない“合理的な理由”
-
4
バックアップは“取っているから大丈夫”なのか? ランサムウェア時代の備え方
-
5
システムの保守がモダン化を阻む? 「変えない判断」から脱却する方法とは
-
6
生成AIを開発に導入しても効果が見えない? 実証実験で分かった成果と課題
-
7
経産省DX指針から読み解く、受発注業務デジタル化ロードマップ
-
8
5分で分かる Microsoft 365のデータ損失に備えるためのバックアップの仕組み
-
9
ネットワーク遅延の原因、「パケットロス」の基礎知識と効果的な解決策
-
10
Microsoft 365を安全に運用 うっかりミスやサイバー攻撃に備えるデータ保護術
TechTargetジャパン SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
TechTargetジャパンをフォロー