英国で、小売業者が万引き防止策として顔認識技術を活用する動きがある。一方で、同国議会からはその動きに対する反発と法整備を求める声が上がっている。それはなぜか。
小売業者が、万引きをはじめとする犯罪対策にリアルタイムの顔認識技術「LFR」(Live Facial Recognition)を使う――。英国貴族院(上院:House of Lords)はこの取り組みに懸念を示し、政府に対して、民間企業における顔認識技術の利用に際する新たな法律の制定を求めている。議会はどのような点を懸念しているのか。
2024年5月、英上院司法・内務委員会(JHAC:Justice and Home Affairs Committee)は万引き対策に関する調査を開始した。調査テーマの一つとなったのが、警察や小売業者による顔認識技術の活用だ。具体的には、LFRと「RFR」(Retroactive Face Recognition:過去の画像や映像を使った顔認識)の活用方法が調査対象に上がった。
調査結果を受けて、JHACは内務省に対し、小売業界における顔認識技術の懸念点を指摘する書簡を送付した。この書簡は、安全かつ倫理的な顔認識技術の使用、特に民間の小売業者が犯罪防止を目的として使用する場合の一般原則や最低基準を定める法律の策定を促すものだ。
JHACによると、一部の小売業者は万引き犯のデータベースや監視リストを共同で作成している。ただしどのような犯罪行為や犯罪歴であればデータベースやリストに掲載するのかといった基準が定められていない可能性があり、さまざまな問題の温床になる可能性があるという。
「警察への通報や当事者に対する通知がないまま、店舗警備員の裁量で個人が顔認識用の監視リストに登録されたり、地域内の小売店から閉め出されたりする可能性がある」。JHACは英内務省にこう報告した。
JHACは以下の懸念も指摘している。
JHACは2024年9月、万引き対策としてLFRの効果は、安全性や倫理的な懸念から限定的になるという指摘を小売業者から受け取った。ただしこの懸念は、法整備によって解消できる可能性があるという。一方で、犯人を特定するために警察が小売業者と協力してRFRを利用することは、標準的な犯人特定手順として確立させるべきだとの意見もあった。
英国の消費者協同組合Co-operative Group(以下、Co-op)で公共政策担当ディレクターを務めるポール・ジェラード氏は、JHACに対して同組織の取り組みをこう説明する。「われわれはリアルタイムでの万引き検出にLFRを使っていない。警察へ通報する際に、『CCTV』(閉回路テレビシステム)やスタッフが体に装着するカメラの映像を証拠として提出し、そのデータをRFRに使う」
ジェラード氏によると、警察の中には小売業者が提供した映像を警察国家データベース(PND)の写真と照合するところもある。PNDには、警察が身柄拘束時に撮影した写真が数百万枚存在し、その大部分を内務省が違法な状態で保持している。「小売業者から提供された画像をPNDと自動的に照合することは、現時点では警察の標準的な手続きとして確立されていない」と同氏は指摘する。
2023年10月、英政府は小売業者と警察が連携して万引きを防止するプロジェクト「Project Pegasus」を始動した。同プロジェクトは、Co-opをはじめとする英国の小売業者14団体と警察がCCTVの映像を共有し、RFR用のソフトウェアを使って処理したデータをPNDと照合できるようにしている。
Project Pegasusの取り組みについて、JHACは「組織的な犯罪対策を進展させるもの」だと評価する。同プロジェクトが地域規模の小規模な窃盗や常習的な万引き犯ではなく、組織的な犯罪に特化していることから、今後のプロジェクトの継続と、内務省による1年間の資金援助を受けるべきだとの意見も示す。
JHACは小売業者が迅速に通報できるようにするための効率的な通報システムの開発も推奨している。具体的には、小売業者で窃盗が発生した際、PNDをはじめとする犯罪の管理システムに識別用のフラグを立てられるようにする。
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