2005年11月にマイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏が第2の聖戦(ジハード)を唱えて以来、マイクロソフトは大きく変わり始めています。筆者も先日、あるセミナーでマイクロソフトの執行役員から直接、戦略的な話を伺いました。どうやらグーグルと本気でぶつかるつもりのようです。すでに今年の夏のマイクロソフト恒例社内セミナーには、ゲイツ氏の姿はなく、引退への準備と戦略転換とともにマイクロソフトの世代交代が確実に進んでいるという話でした。昨年秋から、マイクロソフトはWeb2.0に対して本気で取り組み始めているようです。一方、グーグルも準備を始めていると言われています。
今年の秋ごろからマイクロソフトとグーグルの間でソフトウェア産業のリーダーの座を巡る戦いが実際に始まろうとしています。
本件に関する参照記事は以下の通りです。
さてWeb2.0というコンセプトにおいては、グーグルが花形企業として扱われており、古いWeb1.0企業の代表がマイクロソフトということで敵役になっています。
ではまずマイクロソフトの側は、Web2.0及び直接の相手であるグーグルからの脅威をどのように捕らえているのでしょうか。
グーグルの強みでありマイクロソフトの弱点と言われていたのは、広告費などで稼ぐインターネット事業でした。これはMSNと呼ばれている事業です。その性格は消費者中心の事業であり、マイクロソフトが相対的に得意とするビジネス分野ではない訳ですね。無論、Windowsは家庭にも多数入っており、Xboxなどのホームエンターテイメント部門にも力を入れていますが。
さてここに来て、マスメディアからインターネットへの広告費のシフトが本格的に始まりました。マイクロソフトの試算では、2005年の世界中の広告費総額は約50兆円であり、2010年までにその10%がインターネットにシフトすると考えられています。
これはマイクロソフトの世界規模での全体売り上げにかなり近い額という話です。
インターネットにシフトする広告費の大部分をグーグルに持っていかれるというのがマイクロソフトの第一の危機感でした。
さらにマイクロソフトの危機感を強めているのは、OSS(オープンソースソフトウェア)といわれるボランティアにより開発される無料のビジネスソフトの隆盛です。さらにワープロソフトや表計算ソフトなどのオフィス製品の領域には、グーグル・オフィスを発表してグーグルが進出を始めています。これは基本部分が無料で提供されると言われています。
マイクロソフトはWeb2.0がボランティアと広告料により支えられる経済、即ち原則、無料経済という要素が強い点は良く理解しています。従来の同社ソフトウェア・ビジネスモデルが無料のITサービスに侵食されるリスクですね。
電子メールソフトの「Microsoft Outlook」などは近い将来、廃止すると言い始めたマイクロソフトですが、ライセンス料で稼ぐと同時に広告料でも稼ぐと主張し始めました。
これはマイクロソフトがグーグルとのオフィス製品の(極端に言えば)無料戦争を戦う覚悟ができているということを意味します。(無論、マイクロソフトはここまでは明確に言い切りませんでしたが)無料の部分は広告費でカバーするというのがグーグル戦略です。その世界にマイクロソフトも入ろうとしているのでしょう。

グーグルの強みであるインターネットの広告ソフトに関しては、マイクロソフトはアド・センターと呼ばれる検索連動型広告ソフトなどを開発しているそうです。特にワン・ツー・ワンマーケティングを強化した強力な検索エンジンを開発して対抗するようです。
そしてオフィス製品に関しても「Windows Live Search」や「Windows Live Spaces」に続くWindows Live製品を充実させて、それらの上にサーバ上のオフィス製品機能を開発する方向です。そうなればオフィス製品はリッチクライアントと呼ばれる、パソコン上で動くソフト部分とサーバ上で動く部分に分かれてサポートされることになります。これで来るべきグーグルのオフィス製品を迎え撃つ訳ですね。
攻めがインターネット上の検索広告市場であり、守りがオフィス製品などグループウェア市場な訳ですね。
筆者の目から見てマイクロソフト戦略の弱点は、オフィス製品がリッチ・クライアントと呼ばれるパソコンから完全には離れられない点かなと思います。この点はIBMのオフィス製品である「Lotus Notes」の持つ弱点と類似しています。
Web2.0の影響下、最近流行しているSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス、即ちサービスとしてのソフトウェア)の掛け声の下では、ITサービスはサーバ上で行われます。
そうなればユーザー側においては、大きな生産性の向上が見込まれます。ソフトウェアのバージョンアップの都度、個々の社員が大騒ぎしてダウンロードしていた作業時間が大幅に削減されます。セキュリティ用ソフトウェアのパッチを毎週、個々の社員が自ら当てなくてもよくなります。第一、個々の社員にITサービスのセキュリティなど、仕組みの心配をさせたり、時間を使わせること自体、いかに考えても時代遅れです。情報発信のためには「オートマチックの車」とも言うべきブログができました。HTMLという専門的な言語を知らなくてもホームページが作成できます。当然、次はパソコン運用の「オートマチックの車」化がやって来ます。すべての製品をサーバ上で動かすグーグルは、この環境に最も適応した会社です。社員はソフトの仕組みについての煩わしさから解放されます。これはIT企画部門にとっても朗報です。貴重な時間をサーバに集中投下すればよい訳ですからコストが下がります。
やはりWeb2.0時代とは、シンクライアントと称されるパソコン側に何も蓄えない時代=個々のユーザーが何も心配しない時代を意味すると言えるでしょう。
Web2.0と呼ばれるサーバ中心の環境下で、マイクロソフトはパソコン環境を引きずりながらグーグルと戦おうとしています。
中長期的に見れば、構造的にはグーグルが優位と思いますが、果たしてそううまく事が運ぶでしょうか。例えば車の世界で起きた技術革新では、本命と思われていた純粋な燃料電池よりもトヨタなど、ガソリンと電気を組み合わせたハイブリッド車のアプローチの方が現実的でした。従って案外この勝負、マイクロソフトが勝つかもしれません。結果は神のみぞ知るというところでしょうか。
この争いの中に我が国の代表的なオフィス関連の製品を提供しているグループウェア企業などがすべて巻き込まれて行く訳ですね。それにしても面白い時代が始まりました。
(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)