モバイルファースト+α戦略で急成長したジュエリー販売店Computer Weekly導入ガイド

英ロンドンのジュエリー販売店Taylor & Hartが指輪購入のルールを変革するに当たり、中心的な役割を果たしたのはモバイルだった。

2019年02月08日 08時00分 公開
[Christian AnnesleyComputer Weekly]

 デジタルビジネスの時代は、恐らく他のどの業界よりも小売業界を変化させた。現代のネット通販利用者は文字通り、手元で情報を使いこなす。スマートフォンを何度かタップするだけで、レビューの総合評価が最も高いお買い得商品や適切な商品を見つけ出す。

 こうしたテクノロジー主導の展開は、オムニチャネル小売業経営のあらゆる局面に行き渡っている。フロントエンドの商品展開やマーケティングの革新だけでなく、10年前であれば誰も思い付かなかったような販売やフルフィルメント(受注から決済に至る全業務)が可能になっている。

 現代の客は昔の客とどう違うのか。2018年7月に発表された小売店の変革に関する報告書で、調査会社Forrester Researchは、小売業の変革に関する以下の4つの要素を取り上げている。

1. 消費者は常にネットに接続している

2. 消費者はかつてない速さで新技術の価値を見いだしている

3. 物理エクスペリエンスとデジタルエクスペリエンスの間の境界が薄れつつある

4. デジタルはあらゆるタッチポイントを横断する消費者の期待を根本から変えた

 デジタルコンシューマーがどう買い物をしているかを考慮することによって、小売業者は恩恵を受けることができると報告書は述べ、「デジタルストア関連デバイスと消費者のセルフサービスツールは、客が買い物をする過程に沿って個人に合わせた支援を提供することにより、小売りの価値を高める」と指摘する。

 消費者はモバイル端末を、店頭で買い物をする際の信頼できるアドバイザーと見なすようになり、自分が必要とする情報やサービスを、特にモバイル端末を通じて店内で入手できることを当然と考える。店内で見た価格や情報を確認したり、競合他社のWebサイトで商品を購入したりしている可能性も大きい。

 購入を検討している商品についてスマートフォンで調べることから始めた買い物客が、違う道をたどって購入に至る可能性もある。選択肢に関して詳細かつ入念に調べた結果、最終的には情報に基づく購入にたどり着く。個人の好みに合わせて商品がカスタマイズされることもある。

 ジュエリー販売店のTaylor & Hartは、モバイルファーストのエクスペリエンスを実現し、店内とオンラインの両方で、個人の好みに合わせた強化型のショッピングエクスペリエンスを提供している。

 ハットンガーデンに隣接する地区は、中世からロンドンのジュエリー取引の中心地だった。現在もハットンガーデンにはジュエリー業界の企業約300社と50以上の店があり、英国で最大のジュエリー小売集積地となっている。

 ジュエリー販売は伝統的に、買い手が対面方式で熟考した末に買い物をしていた。世界中でこのビジネスを支える婚約指輪については特にそれが当てはまる。

 だが2013年、破壊を意図した違う種類のジュエリーおよび婚約指輪ビジネスが創業された。同社は当初Rare Pinkと呼ばれていたが、2016年にTaylor & Hartと改称した。今も比較的小さな小売業者であり、売上高は数百万ポンド。従業員は50人に満たないものの、自分の好みに合わせた指輪のデザインを望む顧客にターゲットを絞った独自のやり方で頭角を現している。

 CEOのニコライ・ピリアンコフ氏は、テクノロジーとインターネットの利用に加え、このビジネスを決定づける要因はこのパーソナライズ性にあると説明する。

 「もちろん、テクノロジーはわれわれの試みを実現するための素晴らしい存在だ。だが最終目標は、パーソナライズ化され、利便性が高く、精神的に報われる、常にコスト効率の高いサービスだ。よりスマートなショーウィンドウとしてのインターネット利用が、それを可能にしている」

ルールを変える

 Taylor & Hartは指輪購入のルールを変える意図を持って市場にアプローチした。成功の鍵になったのはモバイルだったとピリアンコフ氏は振り返る。

 「デスクトップは気が散りやすい。だがスマートフォンは、有望顧客により密接なプロセスを提供するのに適している。プロセスをたどりながら要素を検証し、機能やレビュー、リワードといった信頼の手掛かりになる情報を、よりシームレスに提供できる」

 「以前からモバイルは比較的重要だと思っていたが、決定的に重要だとは思わなかった。スマートフォンを使って婚約指輪を買う人はほとんどいないと考えたからだ。ところがWebサイトを最初に立ち上げたところ、即座にトラフィックの半分をモバイルが占めることが分かった。そこで同サイトをモバイルファーストに作り替え、見込み客を絞り込むための最初の手段とすることに力を入れた」

 もちろん、婚約指輪のためのモバイルファーストなショッピングエクスペリエンスを構築するのは簡単ではなかったとピリアンコフ氏は振り返る。「われわれの最初の想定は明らかに見当違いだった。婚約指輪は熟考の末に購入する高級品であり、オーダーメイドの指輪の計画はプロセスが長く、時間がかかるのがポイントだ」

 「この点でモバイルは完璧といえる。あまり目立たずに使用できる。指輪の購入について調べる際に、これは多くの理由で重要だ。スマートフォンでそのプロセスを開始すれば、そこでたくさんの情報を集めて、時には共有もできる。われわれはそこから出発できる」

 ただし全面的なモバイルコマースにターゲットを合わせたわけではない。「客は計画段階にかなりの時間をかけるが、実際に購入するときが近づくと安心感を必要とする。そこでわれわれは軸足を移し、全面的なeコマースから離れてリード生成ツールとしてのモバイルへと切り替えた。インターネットで購入したい客にとってはeコマースのようなルック&フィールに見えているが、多くの客は最終的に、ロンドンにあるわれわれのショールームに足を運んでくれる」

 これはTaylor & Hartがモバイルを全面的に取り入れて以来、取り組んできたことだった。結果的にコンバージョン率が改善し、サイト閲覧が問い合わせにつながる割合はモバイルサイトの初期バージョンの6%から12%に上昇した。

Google検索の最適化

 同サイトをGoogle検索用に最適化することも、モバイルファーストのアプローチの鍵を握っていた。「サイトをアップグレードしてモバイルファーストにした際は、Googleについての要因も考慮した。Googleがモバイル対応サイトをますます重視しつつあることは知っていたので、それで不利になることは望まなかった」とピリアンコフ氏は言う。

 Taylor & Hartは、サイトがどの程度うまくいっているかを判断するために分析も使い始めた。「われわれはニッチな存在だが、たとえ月間1万5000のユニークビジターと数千人の顧客であっても、分析でやらなければならないことはたくさんある。A/Bテストを行ってマーケティングミックスにおける他の小さなバリエーションの中から、どれがうまくいくかを検討した。たとえ量的データは提供されなくても、十分把握できるだけのアクティビティーベースがある」

 同氏によると、Taylor & Hartの現在のビジネスモデルとして、まずオンラインで顧客と出会い、次に「WhatsApp」などのプラットフォームとロンドンのショールームを通じて対話している。

botの活用

 顧客の婚約指輪発見をbotで支援できることについてもピリアンコフ氏は期待を寄せる。「Facebookは『Facebook Messenger』のAPIを公開しており、われわれは新しい顧客の関心を探る一助とするためにMessenger botを開発した。これで顧客がbotを通じてわれわれに接触するまでには、既に有望見込み客になっている。これは大きな前進だ」

 このビジネスにとって常に課題となるのは、顧客の生涯価値に照らした取得コストを継続的に把握することだ。ピリアンコフ氏は言う。「われわれは生涯価値の測定がうまくできるようになりつつあり、リピートビジネスは極めて好調だ。われわれは正しい方向へ向かっている。システムは整い、現時点で最適化もうまくいっているが、これは今後も進化し続ける。テクノロジーはじっとしていないし、われわれもじっとしているわけにはいかない」

 「それほど遠くない将来にショールームを増やしてサービスを強化する。技術だけが全てではない。対面も依然として重要だ」

 直近の決算で、Taylor & Hartは2000個以上の婚約指輪を売り上げ、収益は開業後1年(2014年)の25万ポンド(約3640万円)から、2017年には200万ポンド(約2億9000万円)を突破した。今後も一層の成長が期待される。

 インターネット小売業界では、価格が顧客による購入の意思決定を左右する要因と見なされることがある。ピリアンコフ氏によると、Taylor & Hartのビジネスの位置付けと、テクノロジーの利用については慎重な見極めを行っているという。

 「従来は、ジュエリーにおけるオンラインの競争といえば、最低価格の争いだった。もちろんそれは、われわれのビジネスモデルではない。わわれの性格や位置付けは、マットレスブランドのCasperや家具ブランドのMade.comに近い」とピリアンコフ氏は言う。

 「顧客には、インターネットで買ったというよりも、特注の指輪を買ったと言ってもらいたい。違いはそこにある。つまり、われわれはオンラインブランドではなく、第一にも、第二にも、第三にも特注品のブランドといえる。それが当社だ」

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