臨床医療におけるAI技術の利用にはさまざまな困難が伴う。ニューヨークプレスビテリアン病院は、まず定量的な効果を図りやすくリスクの少ない用途を模索したという。どのような取り組みを進めたのか。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)は、遠隔医療をはじめとする医療技術の成長を促すきっかけになった。だが成長にはつながらなかった技術もある。例えば臨床医療における人工知能(AI)技術の利用だ。学術医療センターのNewYork-Presbyterian Hospital(ニューヨークプレスビテリアン病院)は、2017年からAI技術への投資を進めている。同機関の変革部門でディレクターを務めるビシャール・シス氏によると、収益サイクルの管理や臨床以外の用途など、数値化しやすくリスクの少ない分野からAI技術の利用を始めた。
ニューヨークプレスビテリアン病院は慎重なアプローチを取った。「実現しやすい目標から始めて、それを軸に特定の活用事例を発展させていくことを考えていた」とシス氏は説明する。最終目標は臨床医療での利用だ。始めてから2年半が過ぎ、臨床以外の活用については「非常に好調だ」と同氏は話す。同氏によると、現在は心不全リスクを有する患者の容体予測といった臨床診療で同様の取り組みを進めている。
米国ではCOVID-19の影響で一部の医療規制が緩和された。にもかかわらずニューヨークプレスビテリアン病院では、臨床医療の意思決定支援に向けたAI技術活用は「相変わらず進みが遅い」と、2020年8月18日〜20日に開催したAI技術に関するオンラインカンファレンス「Ai4 2020」でシス氏は語った。
ニューヨークプレスビテリアン病院で特筆すべきAI技術の事例は「収益サイクルの管理や臨床医療に関する異議申し立てプロセスの事務処理」だとシス氏は話す。同氏によると異議申し立てプロセスは、患者が退院し、同機関が診療報酬を受けるために保険会社に医療費の支払い申請を提出したときに発生する。同機関では、拒否された支払い申請に対する異議申立書の作成は看護師のチームが担当しているという。
シス氏は「特に臨床医療に関する異議申し立てプロセスにAI技術を応用することで、明確な投資対効果(ROI)が得られた」と話す。米国では支払い申請の拒否が増加傾向にある。その状況を逆転させるために、同氏が率いるチームは、異議申し立ての内容に該当する専門分野の看護師をペアにして処理するAIモデルを構築した。つまりAIアルゴリズムが割り当てた看護師が申し立ての申請処理を担当することになる。
ニューヨークプレスビテリアン病院の目標は「適切な申し立てを適切な看護師に割り振ることで、全体の成功率が向上するかどうかを把握することだった」とシス氏は説明する。同機関は、従来は単なる先着順で申し立てを割り振っており、各看護師は1日当たり平均2〜2.5件の申し立てを処理していた。そのため割り振りを最適化できれば、全体の成功率が上がる可能性があった。
このAIモデルには効果があり、ニューヨークプレスビテリアン病院の支払い申請の承認率は約6%向上した。その結果、数百万ドルの診療報酬という成果につながったという。
後編は、臨床医療でAI技術を使うことの難しさを考察する。
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