「超低温を計測可能な温度計」が量子コンピュータ実現を加速量子コンピュータに超低温が必要な理由は

スウェーデンのチャルマース工科大学が、超低温をミリケルビン単位で計測できる温度計を開発した。なぜこれが必要だったのか。量子コンピュータを10ミリケルビン(−273.14度)に冷却する必要性とは何か。

2021年07月16日 08時00分 公開
[Gerard O'DwyerComputer Weekly]

 スウェーデンのチャルマース工科大学は、演算中の温度計測を単純化・迅速化する温度計を開発し、量子コンピューティングの効率を飛躍的に向上させた。

 この温度計は、高度な量子コンピュータの開発研究から生まれた最新のイノベーションだ。これにより、同大学の量子コンピューティング研究を加速させる高度なベンチマークツールが新たに追加された。

 チャルマース工科大学の「OpenSuperQ」プロジェクトは、研究組織WACQT(Wallenberg Centre for Quantum Technology)と連携している。WACQTは正確な演算を実行する量子コンピュータを2030年までに構築するという目標を掲げている。この野心的な目標は、超電導回路と最低100量子ビットから成る量子コンピュータを開発することだ。これを実現するため、OpenSuperQプロジェクトではプロセッサを絶対零度に近い温度、理想的には10ミリケルビン(−273.14度)で動作させる必要がある。

 OpenSuperQプロジェクトは2018年に立ち上げられ、2027年まで運用される予定だ。WACQTは同大学だけでなく、スウェーデン王立工科大学のサポートプロジェクトも運用し、ルンド、ストックホルム、リンチェーピング、ヨーテボリの各大学の協力も受けている。

 クヌート・アンド・アリス・バレンベリ財団(以下バレンベリ財団)とスウェーデンの民間企業20社が供託金を提供しており、WACQTが管理しているOpenSuperQプロジェクトの資金は13億スウェーデンクローナ(1億2800万ユーロ:約167億5000万円)に達している。2021年3月、バレンベリ財団はWACQTへの資金提供を拡大し、今後4年間の年間予算を8000万スウェーデンクローナに倍増した。

 この資金増によって、WACQTは2021〜2022年に40人の研究員をOpenSuperQプロジェクトに追加し、ナノフォトニクスデバイス研究を目的とした新たなチームを編成する。ナノフォトニクスデバイスにより、小型の量子プロセッサを大型の量子コンピュータと相互接続できるようになる。

 バレンベリ財団には16の公的財団と私的財団が組み込まれ、これらの財団がスウェーデンの技術、自然科学、医学の研究プロジェクトに毎年25億スウェーデンクローナを割り当てている。

 OpenSuperQプロジェクトは、量子技術(コンピューティング、センシング、コミュニケーション、シミュレーションなど)の最前線にスウェーデンを導くことを目指している。そう語るのは、バレンベリ財団の会長ペーテル・バレンベリ氏だ。

 「量子技術は大きな可能性を秘めている。スウェーデンはこの分野の知識を有する必要がある。WACQTは適格な研究環境を築き、スウェーデンの業界とのコラボレーションを実現している。そして問題解決能力を備えた量子ビットの開発に成功した。当財団はWACQTが今後実現することを自信を持って前進させることができる」

 新しい温度計による画期的な進化により、量子熱力学の動的場での実験への扉が開かれると話すのは、チャルマース工科大学のシモーネ・ガスパリネッティ氏(同大学量子技術研究所助教授)だ。

 「新しい温度計は比較的シンプルだが、ミリケルビン単位で計測できる最も感度の高い世界最速の温度計だ」(ガスパリネッティ氏)

 同軸ケーブルと導波管(波形を導き、量子プロセッサとの接続する構造)は量子コンピュータの重要なコンポーネントだ。導波管を伝って量子プロセッサに到達するマイクロ波パルスはその途上で超低温に冷却される。

 研究者にとって、導波管を伝うパルスの電子の熱運動によってノイズが発生しないようにすることが基本的な目標になる。導波管の低温側、つまり制御パルスをコンピュータの量子ビットに送り出す側で、電磁場の正確な温度を測定する必要がある。

 可能な限り低温で動作させることで、量子ビットにエラーが発生するリスクを最小限に抑えられる。この温度はこれまで間接的にしか測定できず、比較的長い遅れがあった。同大学の温度計があれば、導波管の受け側で極低温を直接測定できる。精度が高く、時間分解能も非常に高い。

 この温度計はシステムの効率を測定し、潜在的な問題点を特定する付加価値ツールを研究者に提供する。そう話すのは、チャルマース工科大学のペル・デルシング氏(マイクロ技術とナノサイエンス学部教授、WACQTのディレクター)だ。

 「温度は光子の数に対応する。光子の数が減れば温度は指数関数的に減少する。導波管の量子ビット側の温度を10マイクロケルビンまで下げることに成功すれば、量子ビットでエラーが発生するリスクは大幅に低下する」(デルシング氏)

 OpenSuperQプロジェクトにおける同大学の主な役割は、量子コンピュータで実行するアプリケーションアルゴリズムの開発を主導することだ。量子化学、最適化、機械学習向けのアルゴリズム開発をサポートする役割もある。デバイス設計、プロセス開発、製造、パッケージング、テストなど、チップに複数の量子ビットを組み合わせる量子コヒーレンスを改善する取り組みも主導している。2量子ビットゲートのパフォーマンスを評価する研究を実施し、目標のゲート忠実度を実現するために体系的で非コヒーレントなエラーを軽減する高度な量子ビット制御機能を開発することも予定している。

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