“クラウドスマート”なHCIの狙いとは オンプレミスを再重視した三井化学の意図クラウドファーストを転換するケースも

「HCI」は製品の機能追加とともに、使われ方も多様になっている。クラウドサービスの利用が広がる中で、どのような点に注目すべきなのか。三井化学の事例を交えて紹介する。

2021年12月09日 05時00分 公開
[遠藤文康TechTargetジャパン]

 3層に分かれることが普通だったサーバ、ストレージ、ネットワークを同じ筐体(きょうたい)に収めたのが「ハイパーコンバージドインフラ」(HCI)だ。HCIは基本的な仕組みとして、複数のサーバの内蔵ストレージを1つの共有ストレージにする技術を活用する。3層型インフラの運用管理の負担や、拡張のしにくさを解消するメリットが見込める。ただしこの基本だけでなく、HCIソフトウェアに組み込まれる追加機能や、ニーズの変化によってその役割は広がっている。

 Nutanixの「AOS」(Acropolis OSとも)やVMwareの「vSAN」はHCIを実現する代表的な製品だ。TechTargetジャパンが読者向けに実施したアンケートでも「関心のあるHCI製品」として、この2製品が比較的多く選ばれる傾向にあった。昨今は、両製品とも「Amazon Web Service」(AWS)などのクラウドサービスのベアメタルサーバでHCIソフトウェアを動かす仕組みを提供するなど、活用範囲は単にオンプレミスのデータセンターに限られた話ではなくなっている。本稿はこのうちの1つである、NutanixのHCIがどのように使われているのかが理解できる事例を紹介する。

 HCIの利用を考える上で注目すべき点は、クラウドサービスに関する企業のインフラ戦略に変化が見られることだ。Nutanixでアジア地域のCTO(最高技術責任者)を務めるジャスティン・ハースト氏は、アジア太平洋地域を対象にしたメディア向け説明会で「企業は『クラウドファースト』から『クラウドスマート戦略』に切り替え始めている」点を強調した。

「クラウドファースト」に変更を加えた三井化学

 国内企業も頻繁に使用するクラウドファーストという言葉は、可能な限りシステムやデータをクラウドサービスに置くことを意味している。対してクラウドスマート戦略は、クラウドサービスの重要性を前提にすることは同じであるものの、クラウドサービスを“最終的な目的地”にするのではなく“手段”として有効に活用することを意味するという。

 この戦略転換が起きているのは海外だけではない。説明会でハースト氏は、クラウドファーストを採用してきた化学メーカーの三井化学が、次世代の生産体制を構築するためにオンプレミスのデータセンターや、工場などのエッジ拠点にHCIを配備した取り組みを一例として挙げた。

 「事業の副産物であるデータを将来に生かすための取り組みだ」と、ハースト氏は三井化学の方針転換を説明する。三井化学は工場が生み出すデータの本格的な活用を視野に入れたときに、クラウドサービスだけではなくデータセンターやエッジ拠点の再整備が必要になった。そのインフラとして同社はNutanixのHCIを使用している。

 Nutanixの年次イベント「.Next Conference Japan 2021」で、三井化学で業務システム分野を統括する黒田雅人氏が説明した内容を基に、もう少し具体的に見てみよう。同社は2015年にクラウドファーストの方針を採用し、ERP(統合業務)パッケージを含む大半のシステムをAWSに移行させた。「コスト抑制を重視して、各拠点にできるだけサーバを配置しない方針でインフラの集約を進めた」と黒田氏は説明する。このクラウドファーストの方針に変更を加えた理由の一つは、データ活用における問題が見えてきたからだ。

 三井化学の工場はセンサーなどのIoT(モノのインターネット)機器がさまざまなデータを生み出しつつある。その全てのデータをクラウドサービスに転送するのではネットワークの負担が大きくなる上、遅延も無視できない。「リアルタイム通信を必要とする工場のデバイスが大量のデータを生み出すようになれば、クラウドサービスに転送する前に各拠点でデータの分析と保管をする前処理サーバは必須になる」と黒田氏は話す。

 過去に工場が自然災害の被害を受けた経験を踏まえて、BCP(事業継続計画)の強化を図ることも三井化学の課題だった。大規模な災害発生時は、公共のネットワークや拠点間ネットワークが寸断する事態も考えられる。そうした場合でも業務に必要なファイルへのアクセスが各拠点で完結するように、工場を含む各拠点にファイルサーバを配置する方針を同社は採用した。

 これらの点をまとめると、三井化学はクラウドサービスの利用は従来通り継続しつつも、データ活用のためのエッジコンピューティング(エッジ拠点におけるデータ処理)を導入し、さらには災害対策が必要になったために、オンプレミスのインフラを再び配備するという判断をしている。これを具現化するために、同社はHCIを中心としたNutanixのソフトウェア群「Nutanix Cloud Platform」を採用し、2021年9月に稼働させた。データの前処理サーバと、ファイルストレージ機能「Nutanix Files」によるファイルサーバを6カ所の工場に配置し、AOSのレプリケーション機能によって各拠点のデータを本社のHCIに複製してデータの冗長化を図る構成となっている。

 稼働時点では本社のHCIとAWSが接続する形だが、今後計画しているWAN構成の見直しの際は、工場などの各拠点とAWSを直接接続させたデータ処理の仕組みも三井化学は視野に入れている。


 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大によって出社制限が各国で発生したことで、ハードウェアの運用や保守をベンダーに任せることができるクラウドサービスの利用は加速した。ただしデータ保護やネットワーク遅延などの要件からクラウドサービスに移せないものがあれば、システムはオンプレミスのインフラとクラウドサービスにまたがる。三井化学のように工場や小規模拠点でデータ分析基盤を取り入れればシステムはさらにエッジ拠点へと広がる。こうした動きの中で「システムに統一性を持たせ、事業に俊敏性(アジリティ)を与える役割としてHCIの有用性が高まっている」とハースト氏は話す。

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