パンデミックの影響で観客が減ったサンフランシスコジャイアンツは、その解決方法の一つに「無線LANへの投資」を選択した。同球団は屋外スタジアムに無線LANを導入した。どう活用しているのか。
屋外、それもスポーツの試合や歌手のライブが開催されるスタジアムでの「無線LAN」構築は、他の場所での無線LAN構築とは訳が違う。観客が密集するため、スマートフォンやタブレットからの電波が互いに干渉してしまったり、客席や構造物などが電波を遮ってしまったり、天候によって伝搬環境が変化しやすかったりするからだ。
こうした労力のかかる条件があるにもかかわらず、MLB(メジャーリーグベースボール)のチームであるサンフランシスコジャイアンツ(San Francisco Giants)は、ホームスタジアム「オラクルパーク」(Oracle Park)で無線LANへの投資を続けている。
それは、顧客体験の向上のためだ。同球団は2024年6月現在、「球場に足を運ぶ観客が減少傾向」という課題を抱えている。そうした状況だからこそ、「観客を戻すために無線LANへの投資は今後も継続する」と、サンフランシスコジャイアンツでITインフラ分野を統括するビル・シュロー氏(バイスプレジデント兼CIO<最高情報責任者>)は話す。シュロー氏が無線LANに期待する理由とは何か。
サンフランシスコジャイアンツの本拠地であるオラクルパークは約4万2000人を収容可能な屋外スタジアムだ。公共交通機関によるアクセスも容易で、サンフランシスコ市でも人気のスポットとなっている。
しかし、実情はそれほど華やかなものではないようだ。「以前は、観客の平均動員数が4万人を超える年が何年も続いていたが、2024年6月時点で約3万人しか入っておらず、席が3割ほど余っている。なんとか客足を戻したい」。シュロー氏はそう語る。
シュロー氏によれば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的大流行)の影響で、サンフランシスコにテレワークが普及した結果、外出率が下がっている。近年はサンフランシスコジャイアンツの野球の成績が振るわないことも影響し、オラクルパークに来る観客が減っているのだという。
シェロー氏は「テクノロジーへの投資が観客を取り戻すことにつながる」と考えている。それを裏付けるように2024年7月現在、さまざまなスタジアムでネットワークの整備が進んでいる。単純に、観客に向けて心地よい観戦体験を提供するという目的もあるが、ネットワークがあれば会場を訪れるファンは試合の様子を知人やSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などに共有しやすくなり、「運営側にとっても宣伝効果が得られるというメリットがある」と同氏は説明する。
観客向けの通信手段を、通信事業者が提供する「4G」(第4世代移動通信システム)や「5G」(第5世代移動通信システム)のサービスに任せるという選択肢もある。オラクルパークでもAT&TやVerizon Communications、T-Mobileが提供する5Gが利用できる。
通信事業者のネットワークを利用する際の制約として、シュロー氏はコントロールできない点を挙げる。「ユーザーへの信頼性を確保するためには自社でコントロールできる無線LANを整備すべきだ。可能であれば、データも自社で分析する方がよい」
こうした考えから、サンフランシスコジャイアンツは2004年からオラクルパークに無線LANを設置している。会場の全域をカバーしていたCisco Systems製の無線LAN アクセスポイント(AP)が2023年にEOL(End Of Life:サポート期間の終了)を迎えたことから、同球団は無線LANシステムの更新を決めた。
新しい無線LANシステムを導入するに当たって、サンフランシスコジャイアンツはCisco Systems、HPE傘下のAruba Networks、Enterasys Networks、Extreme Networksの4社の製品を比較検討し、Extreme Networksの無線LANシステムを採用した。試合が開催されないオフシーズン中に、約2カ月間で約1300台のCisco Systems製APから、無線LAN規格「Wi-Fi 6」の拡張版である「Wi-Fi 6E」に準拠した879台のExtreme Networks製APに置き換えた。
サンフランシスコジャイアンツがExtreme Networks製のAPを採用した理由は次の4点だ。
1つ目は「機器の調達能力」だ。2023年はCOVID-19の影響で各社のサプライチェーンが不安定だった中で、期日中にAPをそろえることができたのはExtreme Networksだけだった。
2つ目は「実績」だ。Extreme Networksは屋外スタジアムの無線LAN構築に関する複数の実績を持っていた。スタジアムの無線LAN構築はネットワークの中でも設計の難易度が高い分野になるため、ベンダーの実績が重要だった。
3つ目は「信頼関係」だ。Extreme Networksの営業担当者は業務時間外に何度も球場に足を運び、サンフランシスコジャイアンツの悩みを聞いた。こうしたサポートの姿勢が信頼関係の構築につながった。
4つ目は「無線LANの分析機能」だ。Extreme Networksの無線LAN機器は、通信の中身を精査する「ディープパケットインスペクション」(DPI)機能を搭載しており、パケット(ネットワークを流れる分割されたデータ)を分析できる。分析結果を同社の分析ツール「ExtremeAnalytics」で確認することで、ネットワークの状態やユーザーが利用しているアプリケーションなどを把握することができる。同球団は分析機能を活用してネットワークの改善だけでなく、収益の増加にもつなげていきたいという。
オラクルパークの無線LANは、ユーザーに開放されるだけでなく、観客の入場の迅速化にも使われている。
スタジアムに入場するためには、購入したチケットと身分証明書を警備員に提示する必要がある。オラクルパークには「顔認証チケットスキャナー」が4台あり、MLBの公式アプリケーション「MLB Ballpark」に顔写真を登録しているユーザーであれば、カメラを見るだけでチケットが有効化され、入場できる。4台で認証できる入場者は限られているが、今後はさらに台数を増やす計画があるという。
顔認証チケットスキャナー以外にも、スタジアム内のデジタルサイネージやIPカメラなどが無線LANとつながっている。ブルペン(球場内の投球練習場)やダッグアウト(選手の控え席)などでは、無線LANに接続したカメラで選手の動きを撮影、分析してパフォーマンス改善に活用している。
「われわれが目指すのはフリクション(摩擦)レスな世界だ」とシュロー氏は語る。
シュロー氏によれば、チケットによる入場、売店での行列、駐車場での待機列、これらは観客体験の足を引っ張る摩擦だ。これらの摩擦を全て解消する可能性を無線LANは秘めている。。
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