人事部に対して個々に合わせたサービスを求める従業員の期待が強まる中、アジア太平洋地域では従業員を採用し、関係を強め、つなぎ留める目的でHCMソフトウェアを導入する企業が増えている。
インドネシアでインテリアデザインと家具を手掛けるPT Gema Graha Sarana(Gema)は採用と新人研修のプロセスを自動化し、欠員の補充にかかる時間が平均で20%短縮した。従業員による申請が承認されるまでの時間は3日から1日に短縮された。
こうした成果はクラウドベースの人事管理(HCM)サービスによるもので、これにより離職率が下がり、競争が激しい求人市場で人材を引き付け、つなぎ留めることが可能になった。
Gemaのように、HCMソフトウェアを使って人材採用と管理の効率を高めてコスト削減に結び付ける企業は、アジア太平洋地域(APAC)全体で増えている。
IDCによると、日本を除くAPAC地域のHCM市場は2023年まで毎年19.4%の伸びが予想され、中国、オーストラリア、インドが全体の売り上げのほぼ70%を占める。
インドのバンガロールを拠点とするIDCのAPACソフトウェア調査部門の市場アナリスト、シリニバス・サミール・ジャバディ氏によると、2016年からはシンガポール、台湾、タイでもHCMソフトウェアが堅調な伸びを示している。
ジャバディ氏によれば、クラウドHCMサービスの存在がHCM市場の成長を促す原動力の一つとなっている。そうしたサービスは優れたユーザーエクスペリエンスや分析機能、APIを提供する。加えて組織は、長年の間にカスタマイズされ、メンテナンスやアップグレードにコストがかかる昔ながらの人事制度から離れたいと望んでいる。代わって目を向けているのが、カスタマイズコードをそれほど必要とせず、構成オプションがもっと多い技術の採用だ。
ビジネスの観点から見ると、人材を求める競争の高まりやスキル不足、ソーシャルリクルートツールの普及によって、労働者が転職するのはかつてなく容易になった。
Oracle APACのHCMアプリケーション責任者、シャークン・カーンナ氏によれば、そうした課題が原動力となって、顧客やビジネスに優れたサービスを提供する優秀な従業員エクスペリエンスの創出に向けた人事管理、データ、人材戦略へと人事担当幹部を突き動かしている。
「OracleとWHU - Otto Beisheim School of Managementが実施した調査では、多くの組織が適切な技術に投資しながら、真に有効活用するために必要な文化やスキル、行動は欠いていることが分かった」。カーンナ氏はそう語る。
「競争に勝ち、市場を主導する価値を打ち出したいと考える組織にとって、順応性と動きの速さは極めて重要だ。順応性の高さはどんな企業においても、組織を前進させるスキルを持った従業員を採用し、つなぎ留める大きな要因でもある」
HCMソフトウェアには人材管理から給与や経費の支払いに至るまで、幅広い機能がある。HCMソフトウェアを検討する際は、現在のシステムを深く掘り下げて分析し、どんなデータを取得し、そのデータがどう流れ、どこに行き着くのかを把握しなければならない。これはソフトウェアの基盤であるデータベースから始まるとOracleのカーンナ氏は言う。
導入するモジュールは全て、同じプラットフォーム上にあって共通のデータを共有し、相互にうまく連携し、従業員のシームレスなエクスペリエンスを実現しなければならない。これによって重複するシステムに関係した管理上の非効率性が縮小する。
ビジネスの成長に伴って拡張できるソリューションを導入することも重要だ。
選定したHCMソフトウェアは、成長に伴って構造やレポート体系が変化する組織のニーズに対応できなければならない。「究極的には、リアルタイムで更新される真実の根本を見通せるHCMソフトウェアが必要だ」とカーンナ氏は話す。
Workday Asia社長のロブ・ウェルズ氏によると、新しいHCMソフトウェアへの投資は、非常に人間的な形で人に影響を与えるデリケートなプロセスだという。「大抵の場合、これは一生に一度のチャンスなので、必然的にうまくやりたいと考える。そうした理由から、われわれはWorkday製品の導入を、従来のような顧客とサプライヤーの関係ではなくパートナー関係の構築と見なしている。われわれはプロセスを通じて継続的にフィードバックを求め、本番前に問題に対応できるよう製品を調整する」
SAP SuccessFactorsのAPEC・日本担当シニアバイスプレジデント、ジル・ポペルカ氏によると、企業がHCMソフトウェアを検討する際は自分たちの目標や課題を理解しておく必要がある。
「従業員の高齢化が進んで人材の獲得に苦労しているのか。急成長モードにあって向こう2〜3年の間に何社も買収する見通しなのか。組織のデジタル対応はどの程度なのか」
そうした目標を理解すれば、何が必要で、何を選べばいいのかの枠組みが決まるとポペルカ氏は指摘する。
全般的には、長期的な視野を持った実用的なアプローチを取ることが、組織のニーズを見極める最善の方法になる。加えて社内で聞き取り調査して、成功するため、仕事をこなすためには何が必要かを質問する。
「多くの場合、人事部門は孤立した環境にあり、従業員のニーズよりも組織のニーズに重点を置いている」とポペルカ氏は言う。「包括的で、思慮深く、正直であること。そのアプローチを取れば、自分たちが本当に必要としているものを見極めるための枠組みが出来上がる」
IDCのジャバディ氏によると、バイヤーはHCMソフトウェアの評価に当たって、給与やセキュリティなどに関連した現地の法令の順守、クラウド移行能力、人事のベストプラクティスなどを判断基準とする。
「アジア太平洋ではわれわれの中核的な人事ソリューション『SAP SuccessFactors Employee Central』を採用する企業が増えている。これはモジュール性を備えた包括的なソリューションで、顧客はどこからでもスタートできる」とポペルカ氏は言い添えた。
Workdayによれば、従業員エクスペリエンスや職場でのエンゲージメントを向上させる機能に投資する会社が増えているという。
「恐らくそれは、生産性の高い職場をつくり出す最善の方策に関する考え方が変化していることに起因するのかもしれない」とウェルズ氏は推測し、今は従業員エンゲージメントが改めて脚光を浴びており、それが業績に影響を与えることを裏付ける調査も増えていると指摘した。
マレーシアのAirAsiaは、Workdayを使って2万2000人を超す従業員それぞれに合わせたエクスペリエンスを実現している。
AirAsiaのWorkdayプラットフォームは、個々の従業員についてキャリアパスや技術スキルのレベル、専門能力の開発といった情報と、従業員が仕事をこなすために必要とする一般的な情報を継続的に記録する。
これには出先で働く従業員の支援も含まれる。「モバイルプラットフォームでのHCMソフトウェア利用が増え始めている。その一因は、常に進化を続ける現代の職場の力学にある。多くの企業で、時間単位の従業員やオフィスでコンピュータの前に座っていない従業員が増え始めている」
企業のモバイル化に加え、HCMソフトウェア市場では人工知能(AI)の台頭、ギグエコノミー(訳注:インターネットを通じて単発の仕事を請け負う働き方)の成長、労働者の定義の変化、意思決定における高度な分析の利用増大といった別のメガトレンドも浮上しつつある。
中でもAIはHCMソフトウェアへの導入が進んでいる。
Oracleのカーンナ氏によると、AIで最適な結果を引き出すためには、正確で精密かつ関連のあるデータが求められる。このためOracleは、いわゆるアダプティブインテリジェントアプリケーションに供給するデータには特に気を配り、ファーストパーティーとサードパーティーのデータを組み合わせて利用している。
「調整のためには、われわれが最適化を行うプロセスや特定の用途専用に選定したトレーニングデータをOracleの機械学習モデルに注入する必要がある」と同氏は話す。
「時がたつにつれ、このモデルは顧客独自のデータで継続的に精度を上げ、結果は継続的に向上する。事前に調整されたデータモデルの概念は、データサイエンティストが必要とされないことを意味する」
結果として、採用担当者が大量の求職者に対応でき、従業員による選考の手順を合理化し、従業員の実績のモニターや向上につなげられるAI対応HCMソフトウェアが形成される。
従業員はまた、HCMソフトウェアに組み込まれたインテリジェンスを使ってキャリアに関する具体的なアドバイスや、ネットワーク形成のチャンスを見つけることもできる。
「それがなければ気付かなかった、あるいはずっと後になってからしか気付かなかったかもしれない役に立つ学習ポイントに到達できる」とカーンナ氏は説明する。
一部の組織は、新しいHCMソフトウェアの導入後もコンプライアンスや報告の必要性のため、さらには解雇した従業員に訴訟を起こされた場合に備えて、レガシーHRシステムを維持することを選ぶかもしれない。
レガシーシステムを維持する必要があるかどうか判断する際は、サプライヤーのサポートがまだ受けられるかどうか、料金はどの程度なのか、データ紛失やデータ破損のリスク、さらにはデータをアーカイブシステムに保存する可能性について検討する必要がある。
新しいHCMソフトウェアの費用対効果について判断する際は、レガシーシステムを維持するコストの他、新しいシステムにかかるライセンス、導入、サポートの経費を、予想される人手の削減や生産性の向上といったビジネス成果に照らして検討しなければならない。
また、オンプレミスに導入する場合は新しいハードウェアやハードウェアのアップグレードにかかるコストや、研修およびデータ統合、ソフトウェアのカスタマイズに関連したコストも考慮する必要がある。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
お知らせ
米国TechTarget Inc.とInforma Techデジタル事業が業務提携したことが発表されました。TechTargetジャパンは従来どおり、アイティメディア(株)が運営を継続します。これからも日本企業のIT選定に役立つ情報を提供してまいります。
Metaに潰されないために残された生き残りの道は?――2025年のSNS大予測(Snapchat編)
若年層に人気のSnapchatだが、大人にはあまり浸透していない。一方で、AR(拡張現実)開...
「猛暑」「米騒動」「インバウンド」の影響は? 2024年に最も売り上げが伸びたものランキング
小売店の推定販売金額の伸びから、日用消費財の中で何が売れたのかを振り返るランキング...
Netflixコラボが止まらない 「イカゲーム」シーズン2公開で人気爆上がり必至のアプリとは?
Duolingoは言語学習アプリとNetflixの大人気ドラマを結び付けたキャンペーンを展開。屋外...