2012年5月、自前でクラウドを開発していたNASAがAWSの利用者へ転身したニュースは、クラウド業界に大きな衝撃をもたらした。あれから1年半。元NASAのエンジニアで現在はAWSに勤務するクワジャ・シャムズ氏に当時の話を聞いた。
NASA(米航空宇宙局)はAmazon Web Services(AWS)の主要顧客の1つとして、数々の専門アプリケーションをAWS上で実行する。そのNASAのジェット推進研究所(JPL)でデータサービスチーム・マネジャーとしてAWS活用を推進し、現在はAWSでテクニカルアドバイザーを務めるクワジャ・シャムズ(Khawaja Shams)氏に、NASAにおけるAWSシフトの背景と日本市場に対する期待感を聞いた。
――オープンソースのOpenStackを推進していたNASAが2012年、突如AWSへシフトすると表明したことは、クラウド業界に大きな衝撃をもたらしました。
シャムズ氏 大量データを扱う次世代ミッションを考えれば、データセンター資源が足りなくなるのは見えていましたから、NASAの各組織は2008年からそれぞれクラウド活用を検討していました。そこではAWSとともに社内開発も選択肢の1つにありましたが、NASAとしては結局、「われわれのコアコンピテンシーは宇宙開発であり、ITインフラ開発ではない」と判断し、AWSを選んだわけです。
これは一般企業でも同じでしょう。自分たちが不得意あるいは退屈な作業は、その道の専門家に任せる。それこそがクラウドの意義です。
編注1:NASAは2008年、主要研究センターの1つAmesがクラウド基盤開発プロジェクト「Nebula」をスタート。その成果は、オープンソースの「OpenStack」へ引き継がれる。だが、ITベンダーが大同団結してOpenStack財団を設立する直前の2012年5月、NASAはクラウドの利用者へ転身すると発表。2012年6月には前CIOのLinda Cureton氏がブログ上でAWSシフトを表明した。
――NASAの中でAWSシフトを決定づけたのは何だったのでしょうか。
シャムズ氏 NASAで最初にAWSを本番利用したのは2010年、火星探査機(当時は「Spirit」と「Opportunity」)を地球から制御するためのデータを収集するアプリケーションでした。7年にわたる長期運用でデータを蓄積していたリレーショナルデータベース(RDB)がスケールしなくなり、AWSのストレージサービスに切り替えました。
そして2012年5月、パブリックなAWSがスーパーコンピュータのワークロードも担えるのかどうか、大規模なベンチマークテストを行いました。その結果、AWSは社内のプライベートクラウドと比較して、展開が簡単でコスト効果も高く、HPC(高性能コンピューティング)も十分担えることが分かりました。
何より世界的な科学者コミュニティーでコラボレーションがしやすくなりました。それまで各地の科学者の近くにコンピューティング環境を用意し、NASAのデータセンターからTバイト級のデータをコピーする必要がありました。それがAWSなら各リージョンでAmazon EC2インスタンスを立ち上げ、グローバルに共有されたストレージに接続して解析を行うことができる。時間のロスがなくなりました。
もちろん、オンプレミスかクラウドかの二者択一ではなく、適材適所で使えばいいのです。例えば、現行の火星探査機「Curiosity」から送られてくるデータの“プロセッシングパイプライン”は、NASAのデータセンターとAWSにまたがっています。AWSならそうした柔軟な構成がとれることもメリットの1つでした。
編注2:ステレオカメラを搭載したCuriosityから伝送されてくる左右の画像を合成し、画像本体は「Amazon S3」、メタデータは「Amazon SimpleDB」に格納する複雑な処理連携を実行するため、AWSのイベント駆動型ワークフローサービス「Amazon Simple Workflow Service」を使用している。
――対外的にAWSシフトを印象付けたのは2012年8月、Curiosityが火星に着陸する様子をライブストリーミング配信する基盤にAWSを採用したことです。システム設計を担当したシャムズさんは、どの点で苦労されましたか。
シャムズ氏 当時のわれわれは大規模なWebストリーミングを手掛けた経験がない中、着陸までの2週間でシステムを展開し、検証しなければなりませんでした。NASA側でシステム構成を考え、AWS側にレビューしてもらいました(2012年の米大統領選でオバマ陣営のITインフラ構築を担当したことで知られる)マイルス・ワード氏(Miles Ward)などAWSのソリューションアーキテクトに助けられましたね。
編注3:2008年8月6日、Curiosityが火星に着陸するライブ映像は、衛星放送とサイマルで全世界にWebストリーミング配信された。同時接続ユーザー数百万人による数百GbpsのトラフィックをさばいたAWSサービスは次の通り。「Amazon EC2(m2.4xlarge)」上で稼働する「Adobe FMS」(ストリーミングサーバ)を本番・待機用で2つのリージョンに展開。また、ストリーミングデータをキャッシュし、25Gbpsのトラフィックをさばく“スタック”を3つのリージョンの各アベイラビリティゾーンに2〜3個ずつ配置した。各キャッシュスタックは、1台の1次キャッシュサーバに対して40台の2次キャッシュサーバ、加えて負荷分散を行う「Elastic Load Balancing」から構成され、「CloudFormation」によってテンプレート化して展開・縮退を自動化した。その他、リソース監視「CloudWatch」、DNS管理「Route 53」、コンテンツ配信「CloudFront」などを用いた。
――自分たちが未知の領域でAWSを使うことに不安はなかったのですか。
シャムズ氏 ありませんでした。既に(米公共放送ネットワーク)PBSなどAWS上で大規模ストリーミングを手掛けている例があったからです。当時のわれわれの場合、トラフィックの予測が100Gbpsから1Tbpsまで幅があり、どうなるか読めませんでしたが、こう割り切って考えました。どれだけシステムのスケールが必要になってもしょせん、AWSの巨大リソースを前にしたら“バケツの中の一滴”にすぎないと。
どれぐらい巨大かといえば、2003年当時のAmazonは社員8000人、売上高50億ドルでしたが、その規模のEC事業を支えるのに必要だったITリソースを、2012年のAmazonは(EC事業とAWS事業を合わせ)“毎日”調達していました。
――NASAからAWSに移り、日本市場についてどう見ていますか。特に保守的な公共セクタでは、NASAのようにチャレンジングな事例は少ないと思いますが。
シャムズ氏 どこの国でも税金で運営される公共セクタは保守的です、NASAも例外ではありませんでした。ただ、それが逆にクラウドに向かわせると思います。ITコスト削減の大命題があるからです。実際、日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)でもHPC分野のCFD(数値流体力学)解析にAWSを使い始めています。これから米国と同様に公共セクタでも採用が増えてくるでしょう。
――一方、日本でも民間企業ではAWS活用の機運が盛り上がっていますね。
シャムズ氏 日本でもCuriosity着陸イベントと同じようにトラフィックが読めない、急にスパイクするアプリケーションは多く、伸縮性のあるクラウドは求められています。例えば、テレビ朝日の(番組とリアルタイムに連動するスマートフォン・タブレット向けエンターテインメントサービス)「テレ朝Link」は基盤システムがAWS上で構築・運用されていて、先に行われたサッカーブラジルW杯アジア最終予選では参加者10万人のトラフィックをさばいた実績があります。
そして日本特有のトレンドとして、東日本大震災後を受けてのDR(災害復旧)対策やグローバル展開をにらんでAWSを利用する企業が増えていますね。東急ハンズのように小売業で基幹となるPOSシステムやマーチャンダイジングシステムを手始めに、主要システム全てをAWS上に移行する企業も現れています(関連記事:【事例】ユーザー企業3社が本音で語る、AWSを使ってみてどうだったか)。
――日本企業に対するメッセージはありますか。
シャムズ氏 (パブリック)クラウドは電気と同じようなものです。必要な時に必要な分だけコンピューティングやストレージ、ネットワークのリソースを“利用”し、その分、それぞれのコアコンピテンシーに集中することが大切だと思います。
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