ニューロモーフィックコンピューティングが切り開くエッジの可能性非ノイマン型コンピュータの実現【後編】

ニューロモーフィックコンピューティングは、エッジに新たな可能性をもたらす。脳のニューロンを模した非ノイマン型コンピュータで何が実現するのか。

2021年11月25日 08時00分 公開
[Cliff SaranComputer Weekly]

 前編(ノイマン型コンピュータでは破綻するルート最適化問題の解決策とは?)では一例としてIonQの取り組みを中心に量子コンピュータの動向を紹介した。後編では非ノイマン型アーキテクチャのもう一つのアプローチであるニューロモーフィックコンピューティングについて解説する。

ニューロモーフィックコンピューティング

 コンピューティングをクラウドからエッジに移すという考え方を推進するのが、Intelのニューロモーフィックチップ「Loihi」だ。同社は、神経をヒントにしたアプリケーションを開発するためのオープンソースフレームワーク「Lava」もリリースしている。

 ニューロモーフィックコンピューティングは、自然界における神経の基本属性を適用してコンピュータアーキテクチャの新たなモデルを構築する。

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iStock.com/MARHARYTA MARKO

 論文「Advanced Neuromorphic Computing With Loihi」(Loihiによる高度ニューロモーフィックコンピューティング)はニューロモーフィックコンピューティングを「脳をヒントにしたコンピューティングクラスである」と説明している。ニューロモーフィックの最も有望な応用分野として、同論文は動的で予測不能な現実と相互作用する課題を解決するために、脳が生物学的にどのように進化してきたかをエミュレーションすることだとしている。

 ニューロモーフィックチップは生物学的世界を忠実に反映し、ニューロン、ニューロンを接合するシナプス、樹状突起を備え、ニューロンが複数のニューロンからメッセージを受け取ることを可能にする。

 2021年9月末に発表された第2世代のニューロモーフィックチップ「Loihi 2」は、6個(Loihiの2倍)のマイクロプロセッサコアとネットワークオンチップ(NoC)によって接合される最大128基の完全非同期のニューロンコアで構成される。ニューロンコアはニューロモーフィックワークロード用に最適化され、そのニューロンに接合する全てのシナプスを含め、各コアが「スパイキング」ニューロンのグループを実装する。

 ニューロンコア間の全通信はスパイクメッセージの形式で行われる。これは脳のニューラルネットワークを模している。

 Intel Labsの研究者ギャリック・オーチャード氏は言う。「生物学を直接モデル化しようとしているわけではない。重要だと思えることを幾つか取り入れている」

 Loihiはニューロンの生物学的挙動をモデル化するため、チップの一部がニューロンのコアとして機能する。同氏は「ニューロンを説明するコードが少しある」と補足する。生物学的シナプスと樹状突起のニューロモーフィックコンピューティングバージョンもあり、全ては非同期デジタルCMOS技術で構築されている。

ディープニューラルネットワーク

 ニューロモーフィックコンピューティングが生物学系をヒントにしていることを考えると、機械学習のディープニューラルネットワーク(DNN)は応用分野の一つになる。「DNNにニューロモーフィックコンピューティングを利用することは誰でも思い付くだろう。だが差別化が必要だ。当社はDNNの速度を上げようとはしていない」(オーチャード氏)

 Loihi 2をはじめとするニューロモーフィックコンピューティング全体が適していると思えるのは、遅延なくセンサーデータを処理するエッジコンピューティングの分野だ。オーチャード氏によると、マイクやカメラの内部に使って生物系に似た視覚や触覚を提供できるという。持ち上げようとする物体の重量に対応できるロボットアームコントローラーやドローンで使って遅延が極めて少ない制御を提供することが考えられる。

 データセンターでは、ニューロモーフィックコンピューティングによってレコメンデーションエンジンを強化したり、科学技術計算に使って物理構造内を力が伝搬する仕組みをモデル化したりすることも可能だとオーチャード氏は言う。

 応用分野は、量子コンピューティングと重複する部分がある。オーチャード氏によると、ドイツ鉄道(Deutsche Bahn)の列車運転士のスケジューリングといった特定の困難な最適化の解決にニューロモーフィックコンピューティングを応用できるという。

 量子コンピュータとは異なり、ニューロモーフィックコンピュータはスケーリングが非常に簡単だと同氏は語る。Loihi 2はチップ同士を相互に配線するだけで拡張できる。「非常に大きなシステムを構築できる」(オーチャード氏)

 Loihi 2とLavaにより、ニューロモーフィックコンピューティングの商用化は近いとオーチャード氏は語る。

 IntelもIonQも、次世代コンピューティングをエッジに近づけることを検討している。LoihiによるIntelのアプローチは、脳のニューロンと同じ方法で動作する半導体を実装し、生物学から着想を得たアルゴリズムを使ってその新しいアーキテクチャを実行することだ。量子コンピューティングの基盤は量子物理学だ。

 両者は大きく異なるが、どちらのアプローチも計算が複雑な問題に将来どのように取り組むかについての洞察を提供する。

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