日本版EHRの実現には、各地域で構築されている地域版EHRを連携させることが不可欠だ。そうした地域版EHR間の連携はどのように進められているのだろうか?
「医療再生に不可欠な『日本版EHR』構想の問題点」「『単なるIT化は医師の負担が増えるだけ』 日本版EHR研究班が指摘」に続き、2011年6月13日に開催された「日本版EHRの実現に向けた研究」研究班(以下、日本版EHR研究班)の2010年度成果報告会の内容を紹介する。
日本版EHR研究班の疾患別連携パス分科会では、地域連携クリティカルパス(以下、連携パス)のIT化や標準化に向けた研究を実施している。連携パスのIT化対象は医療機関だけではなく、介護施設や行政機関、患者宅までその範囲を広げている。
愛知県を中心にした地域医療連携ネットワーク「東海医療情報ネットワーク」では、地域医療連携システム「NewMeLC」を基盤とする4つの連携パスの構築を進めている。その内の1つである急性心筋梗塞の連携パスでは病院(急性期)とかかりつけ医(回復期・維持期)の医療機関同士の連携だけでなく、患者のリハビリを実施する介護施設との連携パスをIT化している。
2006年に設立された「在宅療養支援診療所」を受け、在宅患者は2006年の8万4000人から2009年には11万人増の19万4000人にまで拡大している。今後さらに在宅医療への需要が高まることが予想される。
そこで東海医療情報ネットワークでは、NewMeLCを基盤とする在宅医療ネットワーク「いきいき笑顔ネットワーク」を構築し、従来の地域医療連携システムとの連携・統合を進めている(関連記事:地域医療の問題解決を支援する情報ネットワーク)。
いきいき笑顔ネットワークは、「電子連絡帳」を情報連携の基盤とする東名古屋医師会の在宅医療を支援する。電子連絡帳とは、地域の中核病院や在宅医療を行う診療所、介護サービス事業者などが患者の自宅からPCや携帯電話、スマートフォンなどでWebシステムにアクセスし、カルテ情報の参照や入力を行ったり、病院の予約システムと連携した検査予約などを実施する仕組みである。
電子連絡帳の応用例として、名古屋大学医学部附属病院 准教授 水野正明氏は「平成23年度医療・介護等関連分野における規制改革・産業創出実証事業(IT等を活用した医療・介護周辺サービス産業創出調査事業)」の「高齢独居者の見守り・健康管理支援事業」において、厚生委員などの行政機関と連携して介護対象者の情報を共有する取り組みを進めていると語った。
2010年度の診療報酬改定によって、200床未満の診療所や病院でも「がん治療連携指導料」として300点が算定されるようになった。また、2007年6月に閣議決定された「がん対策推進基本計画」では、2011年10月までに全てのがん診療連携拠点病院で5大がん(胃・大腸・肺・乳・肝)の地域連携パスを整備することが盛り込まれている。全国のがん診療連携拠点病院は377施設(2010年8月時点)あるが、その内東京都には30施設存在する(関連記事:地域医療再生に向けた国家戦略とは?)。
東京都がん拠点病院協議会は2010年2月、標準がん連携パス「東京都医療連携手帳(5大がん)」を開発した。東京都医療連携手帳は、かかりつけ医と専門医が5年〜10年の長期間にわたる診療情報の共有を目的としており、医療連携の説明や診療予定表、日常生活の注意事項などが記載されている。
東京都港区には5つのがん診療連携拠点病院がある。国際医療福祉総合研究所長・国際医療福祉大学大学院教授 武藤正樹氏は、拠点病院が集中する東京都港区における「がん地域連携パス」の活動を紹介した。港区では現在、胃ろう連携パス「港区連携PEGパス」、糖尿病連携パス「みなと連携パス」が進められている。
武藤氏は、港区がん連携パス研究会で実施している医療従事者用連携パスと患者用連携パス「私のカルテ」、済生会若草病院における連携パスのIT化の取り組みなどを紹介。その進捗状況について「ネットワークやサーバの設置コストなどがネックとなり普及が進んでいない」と指摘している。
また武藤氏は、東京女子医科大学病院が2011年3月に発表した、全国のがん診療連携拠点病院における「がん地域医療連携クリティカルパス現状アンケート」の調査結果を紹介した。それによると、がんの地域連携パスが進まない要因として「患者家族が病診連携を望まない」「かかりつけ医はがん医療に消極的」「病院医師の事務作業増加」などが多く挙げられたという。
その上で武藤氏は「今後、がんの地域連携パスをより普及させるためには、連携パスのIT化や都道府県レベルでの統一パスの構築が必要になる」と説明。さらに、東京都がん連携パス部会の連携促進委員会の今後の活動について「東京都統一運用手順書などの連携業務の標準化、全国のがん連携パスにおける電子化事例の調査などを進める」と語った。
香川県では、県と香川大学医学部、香川県医師会などが共同で構築した「かがわ遠隔医療ネットワーク」(以下、K-MIX)を基盤とする「糖尿病地域連携クリティカルパス」ネットワークの構築が進められている(関連記事:継続的な地域医療連携を進める上での課題)。
疾患別連携パス分科会の原 量宏氏(香川大学瀬戸内圏研究センター 特任教授)は「香川県の実態調査で2万3000人存在すると示唆されている糖尿病治療患者について、糖尿病地域連携パスの稼働によって1万人程度の患者治療を目指す」と語る。
この地域連携パスでは、香川大学医学部内に「医療リサーチセンター」を、香川県庁にサブオフィスを設置し、メタボリックシンドロームを含めた統合的な糖尿病関連疾患の健康診断や保健指導などの情報収集や管理体制を確立している。また現在、K-MIXと検査会社の検査システムを連動することで、検査結果をK-MIXのデータセンターに自動で取り込み、診療所からの閲覧を可能にしている。
また、香川県が保有する過去10年間の一般診療情報をデータベース化し、地域の糖尿病疾患の現状把握や問題点の抽出を実施することで、将来の患者動向予測やその対応策を検討する狙いもあるという。
日本版EHRの実現には、現在各地域で構築されている地域版EHRを連携することが不可欠だ。現在、K-MIXは千葉県立東金病院が運営している「わかしおネットワーク」と共に、患者情報や臨床検査データなどのCSV形式でのデータ連携をする実証実験を進めている(関連記事:地域医療の問題解決を支援する情報ネットワーク)。
日本版EHR研究班の班長である田中 博氏(東京医科歯科大学大学院生命情報科学教育学部 教授)は「この1年の研究成果でほぼ方向性が見えてきたと感じている」と総括している(関連記事:医療再生に不可欠な「日本版EHR」構想の問題点)。
TechTargetジャパンでは、医療分野のIT化では最も大規模な取り組みでもある日本版EHRの実現に向けた動向を引き続きリポートしていく。
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