“脱Excel”か“活Excel”か
「今度こそ脱Excel」を狙った業務ツールは、コスパで選んではいけない
「Microsoft Excel」で作った独自ツールをやめる代わりに別の業務ツールを導入しよう――そうしてシステム選定を始めるとき、投資対効果を優先して選ぶと失敗のもとです。その理由は?
投資対効果の基本的な考え方
企業の持つリソースは「ヒト、モノ、カネ」です。企業経営において、これらのリソースをいかに最適に配分して企業を維持し、成長させていくかが、企業の経営戦略の根幹ともいえます。企業を維持するために、現在企業に所属するヒトや、所有するモノを維持していくには、カネが必要です。一方で、企業を成長させていくためには、新たなヒトの採用やモノの購入が必要であり、当然ながら、こちらにもカネが必要です。つまりヒト、モノ、カネの中でも、ヒトとモノを最適に活用するために、カネをいかに配分するかが最も重要になってきます。とはいえカネは無制限に出せる訳ではありません。従って、カネの配分を決定する経営層にとって、企業を維持するために使用するカネはできるだけ抑えたいと考えますし、企業の成長に使用するカネはどれだけの売り上げと利益を得ることができるかを重視します。
維持費用を抑えるためには、適用範囲が大きく、その効果の大きい施策が優先されます。なぜなら、実際に費用を削減できるかどうかが、投資前からほぼ判断可能であるからです。一方で企業の成長については、経営層の方針に大きく左右されます。どれだけ事前に調査を実施、緻密に計画を立てたとしても、計画通りになるとは限らないからです。成長速度より、安定を重視する経営方針であれば、投資に慎重になり、投資額を抑える傾向が強くなります。逆に成長速度を重視するようであれば、投資に積極的になり、投資額を増加させる傾向が強くなります。
もちろんIT設備に関しても、カネの配分については上記のような傾向が当てはまります。ただしITの進歩の速さに起因するIT業界ならではの特徴もあります。
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イノベーションを起こす方法
1つ目は、IT業界のトレンドに追随することが投資の目的になりやすいことです。例えば近年は、人工知能(AI)技術がIT業界のトレンドになっています。ただしAI技術によって自社のビジネスをどのように成長させられるのか、またはどのぐらい維持費用を削減できるのかを十分に予測できるわけではありません。AI技術のビジネス活用は、まだ始まったばかりだからです。当然、投資に対して十分な効果が得られる可能性は決して高くないでしょう。にもかかわらず「ITのトレンドに乗り遅れたくない」という心理によって投資をしてしまうことは、決して少なくありません。
2つ目は、十分に成熟した製品やサービスについては、新たなデファクトスタンダードとなる製品やサービスが登場するまで、投資が抑制されがちになることです。ベンダーは定期的に新しいバージョンの製品を投入し、以前の製品のサポートを一定期間で終了するなどの施策を実施することで、買い替えを促します。製品の登場当時はまだ荒削りなため、バージョンが上がるにつれて不具合や不便さが解消されたり、今までできなかったことが可能になったりするなど、具体的なメリットを実感しやすいはずです。一方でバージョンアップを重ねて成熟すると、目新しい改善点や新機能がだんだんと少なくなり、バージョンアップに意味を見いだしにくくなります。こうなるとユーザーは、新バージョンによる機能強化よりも維持費用を抑えたいという心理が強く働くため、強化された機能よりも価格を重視しがちになります。
脱Excelの目的とは何か
「脱Excel」を考えるとき、その目的は一体どのようなことでしょうか。「Microsoft Excel」は、表計算ソフトという製品本来の価値を超え、企業のさまざまな用途で利用されています。加えて、関数やVBA(Visual Basic for Applications)といった機能があるために、使用者のスキルによってその使用方法や使用範囲が大きく異なりやすいという問題があります。これらの機能は使用者が独学で習得し、独特な使い方をする場合があるため「業務が属人化しやすい」という問題につながります。度々話題となる「神Excel」(過剰な作り込みをされたExcelツール)が、まさに属人化した使い方といえるでしょう。
時にはこのような属人化の末に、本来IT部門が実施すべき範囲まで、エンドユーザーがExcelでツールを製作して対処してしまう事態を招くこともあります。こうして作られたツールは業務に精通した従業員の手製であるため、現場にとっては使い勝手がいいこともまた事実です。使い勝手がいいだけに、属人化をやめる理由を見つけにくいという問題もあります。
つまり脱Excelの目的とは「現場が独自にExcelでツールを作成し、業務を効率化するのを防ぐこと」になります。
脱Excelツールは、Excelと同等の効率化を実現するとは限らない
このような目的に対して、Excelを代替するツールやシステムは投資対効果の観点から効果を説明できるでしょうか。まず「企業の成長」という観点で考えてみると、脱Excelの目的そのものが、企業の成長という観点に沿った目的ではないことが分かります。
では「企業の維持」の観点ではどうかというと、大前提として「代替するツールやシステムを導入する代わりに、Excelの使用をやめられるか」という問題があります。Excelは1995年の「Windows 95」発売以降、爆発的に普及した統合オフィスツール「Microsoft Office」の中核要素として、長らく表計算ソフトのデファクトスタンダードであり続けてきました。多くの企業がExcelを当然のように利用しており、さまざまな業務上のやりとりもExcelを使うことが一般的です。
企業がExcelを単独で購入することは、基本的にありません。ワープロソフトの「Microsoft Word」やプレゼンテーションソフトの「Microsoft PowerPoint」も含んだMicrosoft Officeのスイート製品を購入することがほとんどです。Microsoft Officeを導入した企業が、Excelのみ使用しないという選択をすることは難しいでしょう。つまり脱Excelのために代替ツールを導入したとしても、Excelの使用をやめることは困難です。そのためトータルの費用は、Microsoft Officeの費用に加えてExcel代替ツールの分が上乗せされることになります。
ならば「費用を上乗せした以上に業務量の削減効果が大きい」と説明できるかというと、それも難しいでしょう。なぜならExcel代替ツールは、ある業務に特化していることが一般的であり、その意味でExcelツールよりもはるかに多機能です。一方で代替ツールは、Excelほど設計の自由度がなく、現場で個々の企業の業務プロセスに合わせることが困難です。脱Excelという目的のためにはそれで問題はないのですが、費用が上乗せになる上に、業務効率を大幅に改善することも困難となれば、「投資対効果」という観点で脱Excelへの投資を正当化することは厳しいと言わざるを得ないでしょう。
上述したように、Excelは属人化を誘発しやすいツールではありますが、現場の工夫によって業務の効率化を実現しているツールでもあります。今後AI技術がさらに進歩することによって、業務そのものが人の手から離れることも将来的には起こり得るでしょう。ただし、そのような製品やサービスが出現しないうちは、脱Excelツールを投資対効果で説明するよりも、「現場が必要と判断したら導入する」という判断基準でいくべきでしょう。
このコラムについて
ほとんどの企業が使っている表計算ソフト「Microsoft Excel」。便利なツールですが、本来の目的を超えて“使いこなし過ぎる”ことが、かえって業務効率を低下させてしまったり、業務の属人化につながってしまったりする場面があるのではないでしょうか。
このコラムでは、日常業務でよく見掛けるExcelの活用例を紹介しながら「こんな場面は脱Excelを考えた方がよい」「こういうExcelの活用法はお薦め」といった知見を紹介します。
村山 聡(むらやま・さとし)
1971年愛知県生まれ、名古屋大学経済学部卒、中小企業診断士。IT企業在職中に、単一業種においてキャリアを積んでいくことに疑問を感じ、どんな業界、職種でも通用する知識を得るべく中小企業診断士を取得。複数社を経て、現在の勤め先にて、コンサルタントとして、データを活用した業務効率改善に取り組む。
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“脱Excel”か“活Excel”か
ほとんどの企業が使っている表計算ソフト「Microsoft Excel」(以下、Excel)。便利なツールですが、本来の目的を超えて“使いこなし過ぎる”ことが、かえって業務効率を低下させてしまったり、業務の属人化につながってしまったりする場面があるのではないでしょうか。 このコラムでは、日常業務でよく見掛けるExcelの活用例を紹介しながら「こんな場面は脱Excelを考えた方がよい」「こういうExcelの活用法はお薦め」といった知見を紹介していきます。
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