オンプレミスのシステムをそのままクラウドサービスに移す「リフト&シフト」は、想定外の課題を生むことがある。それは何なのか。リフト&シフトを選択した企業が考慮すべき注意点を説明する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大で、すぐに導入でき、オンデマンドで利用できるクラウドサービスの需要が高まった。2020年はユーザー企業の間で、複数のクラウドサービスを組み合わせる「マルチクラウド」の採用が急速に進んだ年だった。急いでクラウドサービスを採用した企業では、マルチクラウド化による運用管理の複雑化やコストの増大といった課題が顕在化しつつある。前編「運用管理軽視の“ばらばらなクラウド導入”が起こす困った事態とは」に続く本稿は、クラウドサービスへのデータ移行時の注意点を説明する。
クラウドインテグレーターのRackspace US(Rackspace Technologyの名称で事業展開)でチーフテクノロジーエバンジェリストを務めるジェ・デバーター氏は「ユーザー企業にとってクラウドサービス移行における最大の失敗は、データの管理方法をあまり考慮せずにデータをクラウドサービスに移行させることだ」と考える。こうした失敗は、従来のオンプレミスシステムをそのままクラウドサービスに移行させる「リフト&シフト」方式での移行時に起こりがちだとデバーター氏は指摘する。
例えば企業が、オンプレミスインフラで稼働するMicrosoftのデータベース管理システム(DBMS)「SQL Server」をクラウドサービスに移行させても、それは「クラウドサービスに配置されたSQL Server」になるだけだ。この場合、ベンダーがクラウドサービス向けに設計した新機能を、ユーザー企業が最大限に活用しにくくなるとデバーター氏は説明する。クラウドサービス移行のメリットを最大限に得るためには、選択したクラウドサービスに適したDBMSと、データの再構築が必要になる。
クラウドインテグレーターの1901 Groupで事業拡大担当エグゼクティブバイスプレジデントを務めるポール・ウィルキンソン氏も同じ意見だ。ユーザー企業がリフト&シフト方式を採用するときは、アプリケーションの効率化やビジネスプロセスの調和を検討しない傾向にあるとウィルキンソン氏は話す。
リフト&シフト方式を採用すると、時にサーバの過剰なプロビジョニング(配備)を招くことがある。オンプレミスのデータセンターで400台のサーバを使用していたら、リフト&シフト方式ではクラウドサービスでも400台のサーバをプロビジョニングすることになるとウィルキンソン氏は指摘する。
ユーザー企業は、クラウドサービスの拡張性のメリットを見落としがちだという。ここでの拡張性とは、コンピューティングリソースやストレージリソースの規模を必要に応じて拡張縮小できることだ。こうした拡張性は「ユーザー企業にとって新しいメリットであり、生かされていない場合がある」とウィルキンソン氏は述べる。
2021年に入り、マルチクラウドの効率的な運用管理方法に注目が集まり始めたとデバーター氏は話す。「どのクラウドサービスを使うにしても、ユーザー企業は使用する全資産の監視やセキュリティ対策、チケット発行、バックアップ、復元などの作業を自社で実施できるようにしておく必要がある」(同氏)
クラウドサービスを1つしか利用しないのなら、運用管理インタフェースが1つになるため、運用管理は容易だ。「複数のクラウドサービスを使うときは、複数の運用管理インタフェースを扱うことになる」とウィルキンソン氏は語る。
デバーター氏が挙げるもう一つの課題は、ID・アクセス管理システムの設計だ。「クラウドサービスを導入すると、自社のリソースにアクセスする方法が一変する」とウィルキンソン氏は述べる。従来なら、従業員はファイアウォールを介してオンプレミスのネットワークにアクセスしていた。マルチクラウドの場合、初期設定のままでは一括アクセスする方法が存在しないと同氏は語る。そのためユーザー企業は、シングルサインオン(SSO)などの認証手法を用いて、ログインの課題を解決する必要がある。
後編は、クラウドサービスの運用管理を取り巻く2022年のトレンドを説明する。
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