投資家の視点から作られ、日本基準からの考えの転換が求められるIFRS。対応システムを適切に構築するための情報をお届けする。今回はIFRSへの移行時に特に損益に対する影響が大きい「従業員給付」を解説。
これからIFRSの適用を目指す日本企業に影響が大きいと考えられる会計基準のポイントと業務プロセスへの影響、ITシステムの対応方法を解説する連載の8回目。今回はIFRSへの移行時に特に損益に対する影響が特に大きい「従業員給付」を取り上げる。なお、以下の文中における見解は特定の組織を代表するものではなく、筆者の私見である。
本連載は下記の構成にてお送りする。該当パートを適宜参照されたい。
IFRSのトピックス概要と日本基準との差異を解説する。
会計基準に対応するための業務サイドへの影響と対応方法を解説する。
会計基準によるITサイドへの影響と対応方法を解説する。
第8回は、
について取り上げる。
従業員給付における主なシステム上の検討事項は以下の通りである。業務上の検討事項についてはPart2も併せて参照されたい。
業務上の検討事項 | 検討内容(※がシステム上の検討事項) |
---|---|
1.保険数理上の差異影響把握 | ・遅延認識の可否判断 ・損益への影響と各年度への費用配分 ・勤務費用・過去勤務債務の変数管理※ ・異動情報の管理と退職給付費用の再計算※ |
2.短期従業員給付への対応 | ・有給休暇消化促進の検討 ・休暇制度の見直し・内部統制との関連検討 ・休暇管理業務のシステム化※ ・休暇取得の予算実績管理※ ・休暇取得プロセスに対するコントロール設計※ |
退職給付債務それ自体の計算を行う場合、自社で行うことも可能だが保険数理人やアクチュアリーに外部委託し、その計算結果を基に退職給付費用を自社で算定することが多い。このため、計算をスムーズに行えるよう、計算に用いる変数を明確にした上で基礎データの収集を確実に行うことがポイントとなる。
例えば勤務費用および過去勤務債務を決定する変数としては以下がある。
退職給付費用の計算に当たっては、これらの変数をマスター情報として定義し、システム仕様に反映させていく。
これらのデータを収集する際に考えられる典型的なリスクは、海外グループ会社における人事制度への対応だ。企業年金や退職一時金制度は、国によって法制度の違いがあり、その実装形式が大きく異なる。そのため全ての業務仕様をシステムに反映しようとすると機能の肥大化につながる可能性がある。
グローバルで単一の人事管理システムを保持できることが理想的だが、運用し続けている既存の人事システム(会社ごとに異なり、海外の場合は法制度の違いによりビジネスロジックそのものが異なる)を統合するハードルは相当に高いので注意が必要だ。
現実的な解決策としては、上記の変数をマスター定義した上で各社の人事管理システムで保持するマスターデータとのマッピングを行い、グループ会社の人事システム固有の特徴を本社の業務システムと連携させる方法が考えられる。
終身雇用の慣行が崩れたことで、人材の流動化がより促進される傾向にある。このような状況の下では、
といったさまざまな異動の事象が考えられ、これらは人事データの変更につながる。このため会社としては退職給付費用の算出を容易に行うために、「個人別退職給付コスト」(Part1参照)を容易に移動できるようにすること(ポータビリティの確保)が求められる。例えば企業は、社員の転職時に受け入れ企業側が給付債務コストをスムーズに引き継げるようにしておく必要がある。
個人別退職給付コストを移動可能にするためには、異動情報のトレーサビリティ(追跡可能性)を維持しなければならない。具体的には人事異動時の発令情報(異動日時、所属、役職など)に照らして給与水準を見直し、次の会計期間における退職給付費用計算の変数見直しを行うことになり、必然的に人事管理データとの連携が求められる。
また出向・転籍時においては、退職給付の精算をシステム上でどのように扱うかが焦点となる。出向の場合、社員は出向元に帰属していることから退職給付コストは出向元負担となり、給付費用の計算は継続する。一方、転籍の場合、社員は転籍先に帰属するために退職給付コストをいったん精算するか、転籍元から引き継ぐかなどの業務要件を検討する。これらについてもシステム仕様と照らし合わせて考える必要がある。特に人事管理システムは会社ごとに異なることが多いため、スムーズに退職給付コスト情報を引き継ぐことは容易ではない。前述したグローバル人事管理システムの導入も含め、効率的な退職給付費用の計算につながるシステム仕様を検討していきたい。
短期従業員給付のうち、いわゆる有給休暇費用の引き当て対応に向けたシステム化について以下で解説する。
従来の休暇管理はIFRSへの移行に関連なく継続できるが、特に「非累積有給休暇(振替休暇など)」や「累積有給休暇(有給休暇など)」については、その管理をより厳格に行い、期末における有給休暇費用の引き当て計算を適切に行えるようにしておく必要がある。
個人別振替休暇・有給休暇情報の管理に当たり検討するべきシステム機能は例えば、以下がある。
これらの仕様はスプレッドシートで管理されていることが多いが、従業員規模が大きな企業であればIFRSに対応した人事管理業務の検討に合わせて、システム化も検討していきたい。
前述の機能のうち、休暇残日数の予算管理は今後重要性が高まると予想される機能だ。あらかじめ年間の休暇取得予想日数を予算として想定しておくことで、期末における引き当て計上見込み額が算出できるようになる。期末時に引当額を「結果的に」把握するのではなく、予算化によって「計画的に」把握でき、業績への影響を早期に識別できるようになる。また取得実績が変動した場合、引き当て見込み額の追加をより迅速に実行できるようになる。さらに多くの外資系企業で行われている「期末間近での休暇消化促進」のように、見込み額を早期に把握することで業務部門へのフィードバックも可能になる。
このようなメリットを享受できるようにするため、事業年度開始時に各人別の予定休暇取得日数の見積もりと予算化、システムへの反映を併せて準備するのがいいだろう。
さらに、休暇取得プロセスの変更は内部統制システムにも影響を与える。人事異動時で承認者が変更され、また承認プロセスそのものの変更(承認階層の変更や承認ルールの変更など)も場合によっては起き得る。正確な休暇情報の予算管理を確立するためには、これら変更を適切に業務およびシステムに反映する必要がある。
休暇管理業務のシステム化を行った際には、それに伴いどのプロセスにコントロールを設定(または設定変更)するべきかを吟味し、システム仕様に適切に反映していく必要がある。またこれによって内部統制プロセスの再評価(整備状況および運用状況)についてもスケジューリングを進める。
以上、従業員給付におけるシステムの対応方針について解説した。システムへの改修範囲を極小化して、スムーズなIFRSへの移行を進めたい。
井上斉藤英和監査法人(現あずさ監査法人)にて会計監査や連結会計業務のコンサルティングに従事。ITコンサルティング会社を経て、2007年に会計/ITコンサルティング会社のクレタ・アソシエイツを設立。「経営に貢献するITとは?」というテーマをそのキャリアの中で一貫して追求し、公認会計士としての専門的知識および会計/IT領域の豊富な経験を生かし、多くの業務改善プロジェクトに従事する。共著「会計士さんの書いた情シスのためのIFRS」をはじめ、翻訳書やメディア連載実績多数。
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