ソフトウェアに制御されるネットワークが主流になる過程において、われわれはどの辺りにいるのか。
新技術が登場すると、企業が即座に採用することがある。それは間違いなく様相を一変させるからだ。デスクトップPCや電子メール、ワープロがそうだったように。同時に、そうした大きな変革が例外にすぎないことも歴史は物語っている。
ビジネスにはさまざまな要素があり、人材、プロセス、技術、データ分析など、何千ものパーツについて考慮しなければならない。われわれが目の当たりにしている変化のほとんどは、累積的な展開をたどる。特に、メリットが簡単には突き詰められない技術に当てはまる。
広域ネットワーク(WAN)は、ソフトウェア定義WAN(SD-WAN)によるソフトウェア定義型へのシフトが起こりつつある。だが一部で予想されたほどには浸透していない。
ここまで来る過程にはどんな背景があったのか。SD-WANがそれほどコスト削減にならないとすれば、SD-WANが他のメリットをもたらす点をネットワーク管理者はまだ見落としているのか。
まず少しおさらいしてみよう。ソフトウェア定義ネットワークは未来の姿だ。向こう10年余りのうちにSDN、特に複数キャリアのインフラを使うSD-WANは一般的になり、アジャイル性と機能性という利点が組み合わさって、ネットワークを流れる全てに恩恵をもたらす。
だが現状はどうなのか。SD-WANに投資するメリットは、耐久性や柔軟性の面ではあまりはっきりと言い切れないこともあり、多くのITバイヤーにとって合理的な説明が難しい。
その一因は、企業が考慮すべき数多くの可変性があり、その可変性のためにSD-WANで何が実現できるかという根本的な前提が虚偽になりかねないことにある。ほとんどは異論を唱えることが可能だが、そうした中の一つに「SD-WANは現在のネットワークを侵害する」という論議がある。
インターネット接続の方がMPLS(Multi-Protocol Label Switching)よりも安いので、SD-WANは経費削減になるという理屈がある。これは何もかも真実というわけではない。
欧州、特に英国では、インターネット接続料金ははるかにMPLSに近い。多くのカスタマーネットワークは、MPLSの方がインターネット接続よりも安い。セキュリティ対策やファイアウォールのコストが加われば、インターネットの魅力は薄れるかもしれない。
SD-WANのコストは一般的に、帯域幅や回路の数を減らすことによるコスト削減を根拠として正当化することはできない。半面、SD-WANは輻輳(ふくそう)や障害の発生時でも事業継続を保証できる。コスト削減の手段としてよりも、生産性やカスタマーサービスへの投資と見なすのが最善だ。
アプリケーションレイヤーのコントロールはSD-WANの約束の一部だ。だがアプリケーションの高速化は違う形で実現するものであり、レイテンシやトラフィック削減の領域にはさまざまな手段が存在する。従ってそれほど劇的な変化は起きない。
これは筋が通っており、いずれはそうなるだろう。だが今のところ、多くの場合ネットワークは銅の同軸ケーブルで構成され、技術者が手作業で不具合や障害に対処して接続を確立し、回線が使える状態になる前に何らかの機器が導入されている。
キャリアはいずれ、現在よりも速くサービスを導入して始動させることが可能になるだろう。ほとんどの場所には事前にファイバーが敷設され、一元的な導入が可能になる。だが今のところ、この構想はまだ普及していないのが現実だ。
宣伝通りの内容を伴わないとすると、現在SD-WANを導入している企業は何が引き金になったのか。
「この市場は今が本当に面白いときだと思う」。SD-WANを専門に手掛ける英Evolving NetworksのCEO、ニック・ジョンソン氏はそう語る。「製品としてのSD-WANはどんどん受け入れられるようになっているが、SD-WANを検討している企業とわれわれが交わす会話は本質的に、それぞれ独自性がある。予想されたことではあるが、多くは戦略的展望に基づき次世代ネットワークに投資するのではなく、解決すべき課題があって当社にやって来る」
ジョンソン氏によると、多くの企業でネットワークが拡大して複雑性が増している。この層をSD-WANで解決することが優れた付加価値のようにも思えるが、WANをあらゆる角度から見る機会を持つことに価値がある場合もある。
「多くはMPLSに加えてインターネットブレークアウト(訳注)のようなプラスアルファを導入する。CIOやネットワーク管理者が、インターネットサービスプロバイダーに不満を感じているのもよくあることだ。この接続性に関するリスクは根本的な問題であるにもかかわらず、真の意味でこのリスクに対応していないSD-WAN製品も一部で提供されている」と同氏は言う。
訳注:インターネットブレークアウトはSD-WANの機能の一つ。特定の許可したアプリケーションのみ直接インターネットに接続させることができる。これによりインターネットゲートウェイのトラフィックを低減させられる。
SD-WANの導入はビジネスプロセスに沿い、何をアップグレードすべきかに合わせて行う必要がある。クラウドに移行するビジネスアプリケーションが増えれば増えるほど、耐久性の高いSD-WANを導入する際にオンプレミスサーバを引退させることができる。
SD-WANを始動するに当たり、WANの抜本的な刷新や導入はそれほど一般的ではないかもしれない。だがVindis Group(家族経営の自動車小売業者で、自動車ディーラー19店に加えて販売業務を支える拠点5カ所を展開する)にとって、それは2016年にどうしても必要な投資だった。
「同社の24拠点にADSLサービスはあったが、実質的なWANやローカルシステムはなく、それぞれの拠点がISDN回線に大きく依存していた」。Evolving Networksの最高技術責任者(CTO)、ニック・エリオット氏はそう振り返る。「われわれが関わり始めた時点で、支店の外部接続の耐久性は不十分で、インターネット接続の管理やコントロールもなく、VoIP(Voice over IP)を支えるインフラもなかった。拠点間、あるいは支店と本社間のネットワーク接続も存在しなかった」
全ての支店にサーバがあり、それに付随する管理コストや複雑性も伴っていた。管理型のWANによる全拠点の帯域幅と耐久性の向上は、明らかに事業上の優先課題だった。
「ディーラー管理システムとMicrosoft Exchangeの全社的な採用を含め、Vindis Group本社でビジネスシステムを一元化することは抜本的な改革の一部だった」とエリオット氏は語る。
「ADSLボンディングを経由するSD-WANと、FTTC(Fiber To The Cabinet)およびイーサネット接続が全拠点に導入された。SD-WANはわれわれが提供する接続を使い、イーサネットではコスト的に効率が悪い拠点はADSLボンディングやFTTCを利用する。この構成は安定性が高く、ビジネスシステムがVindis Group本社でホスティングされるようになったことは大胆な変革だった」
この複雑性に対処するため、SD-WANは全てのデータ転送についてポリシーに基づき自動的に、インテリジェントなルーティングを行う。ネットワークコントロールをWANに抽象化することで、ルーティングと品質に関する決定の自動化が可能になるだけでなく、回線に障害が起きた場合のフェイルオーバーも透明化する。
エリオット氏によると、Vindis GroupはSD-WANのおかげで従来の電話の代わりにVoIPが使えるようになり、コストも削減できた。全てのインターネット利用を一元的にモニターおよび管理することもコスト削減につながっている。
「支店のサーバをなくしてビジネスシステムを本社に移したことでもコストを削減できている」と同氏は言い添えた。
抜本的なSD-WANアップグレードによるメリットは、ほとんどの企業がネットワークへの投資を累積的に行っている中では異例だが、間違いなくソフトウェア定義ネットワークの潜在的可能性を表している。
MPLS回線の契約をどう更新するかに重点を置いているサプライヤーにとって、SD-WANの構成はMPLSとの入れ替えではなくMPLSの活用になる方が多いと言うGartnerのアナリスト、ニール・リチャード氏の指摘は的を射ている。
「いずれか一方との入れ替えになるわけではない。WANについて再考する場合、もっと優れた、アジャイル性の高いネットワーク構築が前提となる。MPLSは削減するかもしれないが、一掃するのはおかしい」
SD-WANの採用は、未成熟な面もあるこの技術を最大限に活用するため、それなりの心構えで臨まなければならないとリチャード氏は言う。
「この市場はごく最近まで、大手サプライヤーの信頼できるルーターを調達することによって特徴づけられていた。だがSD-WANの場合、既に40社以上の有力サプライヤーが市場に製品を投入しており、アプローチや機能上のメリットは全て異なる。企業がSD-WANを検討するに当たってプロセス駆動型の姿勢を取り、精密で分析的になることは常に理にかなう。リスクやメリットを把握するため小規模の実験を行うことも、それに含まれる」
管理型サービスとしてのSD-WANの台頭も、再び様相を一変させているとリチャード氏は言い添えた。
「企業はSD-WANをどう調達するのか。かつてはこれを提供するマネージドプロバイダーが存在せず、自分で装置を調達して自社のネットワークを運営する必要があった。だが今では、通信会社などからマネージドSD-WANサービスプロバイダーが登場している。実際のところ、マネージドサービスとしての導入を望む組織は多いものの、それで全てが解決するわけではない」
「SD-WANの誘惑は、機器が全て自分で学習して適応できるようになり、ネットワーク運営が簡単になると信じる点にある。だがそれは間違っている。ほとんどのネットワークは依然として、根底にある接続によって定義される。SD-WANはトラブルシューティングが簡単になるかもしれないが、修正すべき問題は簡単にはなくならない。SD-WANに関するコスト削減の話は、土台となるネットワークにはあまり関係ない。どちらかといえばコントロール向上への期待に関連している」
SD-WANの導入に関しては、人的要素も土台となる。ITモニタリング企業SolarWindsのヘッドギーク、パトリック・ハバード氏はこう強調する。
「これには2つの側面がある。注意すべきこととして、多くのネットワーク管理者は理論的には自動化技術を支持したいと思うかもしれない。SD-WANをフル活用するために学ぶことは何であれ、企業に真の変革をもたらすはずだという考えもある」
「言い換えると、SD-WANに関してはじっくり考えるべきことがたくさんある。単なる広域ネットワークのアップグレードとしてアプローチするのではなく、それが制御や分析を変革する潜在的可能性に目を向ける必要がある」
「もちろん、既存のネットワークはビジネスに欠かせないものであり、特注だったり手作業で構成されたりしていることもある。それが普通だ。つまり大抵の場合、単純に飛び付いて大胆な刷新を行うことは、あまりにリスクが大きい。だからといって、慎重かつ小規模なアップグレードを、長期的な戦略的変化の出発点としてはいけない理由はない」
ハバード氏によると、SD-WANとWANに関して検討すべき問題は技術的には幅広い。だがネットワーク管理者は、文化的シフトも無視してはならない。
「ネットワークのあらゆる要素に目を向けて、どのツールが機能するかを、4G無線であれ何であれ、検討しなければならない。だが自動化や機械学習、ソフトウェアレイヤーを加える際に理解しておくべき側面は他にも多数ある」
「ネットワークに携わる者は、SD-WANに関するDevOps指向にもっと順応し、新しいスキルや新しいキャリアに自分自身を自動化できるという認識を持つ必要がある。従来型のネットワークを稼働させ続けようとすることとは懸け離れているが、同時にエキサイティングでもある」
ハバード氏などによればSD-WANは、現時点で相当な欠点や投資対効果(ROI)ギャップがあるとしても、正しい変革につながる前途を約束する。すなわちネットワークを一元的に把握でき、制御や分析はよりプログラミング的になる。
「受動的にネットワークの消火作業を行う日々は、いずれ過去のものとしなければならない。SD-WANは少なくとも先手を打つことであり、ソフトウェアでコントロールすることだ。予想されるハードウェアのコスト削減と同様に、その潜在的可能性も計算に入れる必要がある」とハバード氏は言う。
「われわれはまだ、自動化の変革的な可能性に慣れようとしている段階にあり、それが現実的に意味することに順応する過程にある。かつてはできなかったことができるようになることもある。この一歩を踏み出すことが業績にもたらす真の恩恵とは何なのか、組織としての再評価が求められる」
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