データセンターの液冷化には地域の省電力化など多くのメリットがある。にもかかわらず液冷化が進まないのはなぜか。理由は非常に単純明快だ。
前編(Computer Weekly日本語版 7月1日号掲載)では、液冷システムの普及肯定論と懐疑論を紹介した。
後編では、液冷化による環境への影響や経済的な分岐点について解説する。
世界中のデータセンターで実際に液冷が普及した場合、環境にどのような影響があるだろうか。環境にプラスに働く可能性があるという主張もある。
英ロンドンに拠点を置くデータセンターエンジニアリングシミュレーションソフトウェアプロバイダーのFuture FacilitiesのCTO(最高技術責任者)マーク・シーモア氏は、HPC環境で液冷がこれほど人気になっている理由の一つは、従来の空冷システムよりもはるかにエネルギー効率が優れているためだと述べる。
同氏は本誌のインタビューに答えて次のように語った。「主な理由は、このような高い電力密度を空冷システムで冷却するのは不可能ではないにしても難易度が高いためだ。液冷を導入した施設の大半は、空冷よりも電力消費が大幅に低下すると報告されている。その結果運用コストが削減され、必然的に環境的メリットももたらされる」
データセンターから排熱物を輸送する上でも空気より水の方がはるかに優れている。副産物である排熱物を再利用する新たなチャンスも開かれると同氏は説明する。
冷却システムを通してデータセンターから排出される温風は、英国では特にそうだが通常大気に放出される。これを再利用するのは難しい。北欧諸国の多くは、データセンターが排出する軽く暖められた空気を活用して、家庭やオフィスに暖気を届ける地域暖房システムがある。だが英国にはない。
こうした暖気は大量に発生するため、データセンターにはそうした暖気用の適切な入れ物が必要となる。暖気を長距離輸送するのはコストが高くつく上に困難だ。
温水の輸送は比較的簡単だ。液冷を利用すればデータセンターの排熱を再利用できる可能性が生まれる。温水によって、近隣の家庭やオフィスの暖房に必要なエネルギーが減る可能性もあるとシーモア氏は説明する。
負荷の高いワークロードを運用していないデータセンターの運営者にとって、液冷システムの導入に伴うコストや複雑さを正当化することは現時点では「非常に困難」だ。
FacebookやGoogleといった大手が空冷システムのエネルギー効率強化に取り組んでいて、ようやく電力使用効率(PUE)で1.1未満のスコアをたたき出している(訳注)状況を考えると特に難しい。
訳注:PUEはデータセンター全体の消費電力をIT機器の消費電力で割って算出する。1に近いほど効率が良いことになる。
「額面通りに受け取れば、完璧なシステムを作り上げてもそれで削減できる消費量は10%未満ということだ。高い電力密度を利用していないユーザーにとって、液冷を使うことで増えると分かっている複雑さや設備投資コストの妥当性を示すのは容易ではない」と同氏は述べる。
「液体の方が輸送性に優れ、電力密度が高くなってもチップの温度をより低く保てる。環境への影響を減らすことで地球を救うことに大きく貢献する機会がデータセンター業界にもたらされる。だが液冷が主流になるには、経済的課題を乗り越える必要がある」
HPCなら液冷の環境面のメリットを定量化するのは比較的簡単だと述べるのは、英コーンウォールにあるGoonhilly Earth Stationでデータセンターおよびクラウド部門の責任者を務めるクリス・ロバーツ氏だ。
Goonhilly Earth Stationには、再生可能エネルギーを原動力とするデータセンターがある。このデータセンターは機械学習サービスの構築に注力する企業や学術組織向けのコラボレーションとデータ処理のハブとして売り込まれている。
この施設が主に利用しているのはフリーエア冷却だが、顧客の一部のHPCワークロードをサポートするために比較的小規模な液冷環境(Submer Technologies製)を備えている。電気を絶縁しながら熱を伝導する誘電冷却液にサーバを沈めて、発生した熱を熱交換器に通して取り除く。
「この仕組みで冷却コストが削減される。当社は運用準備を整えてからまだ数カ月しかたっていないが、冷却効率が45%向上していることがデータで示されている」と同氏は述べる。
「冷却効率を高めることで消費電力量が削減されている。電力コストにおいて冷却効率が依然として重要な要素であることは明らかだ」
これは重要なことだ。環境ロビイスト、IT持続可能性の研究者、国連が支援する国際電気通信連合(ITU)などの運動組織の間では、データセンターのエネルギー消費習慣が最重要問題になりつつあるためだ。
データセンターのエネルギー消費習慣は、ITUの「Frontier technologies to protect the environment and tackle climate change」(環境を保護し、気候変動に対処するための最先端技術)報告書(https://www.itu.int/en/action/environment-and-climate-change/Documents/frontier-technologies-to-protect-the-environment-and-tackle-climate-change.pdf)で厳しく調査された。他の幾つかの国連関連団体から提供された情報も取り上げられている。
この報告書には次のように記されている。「データセンターは膨大な電力を消費しており、環境に大きな傷痕を残している。こうしたデータセンターが事業に再生可能エネルギーを活用するようにならない限り、地球規模排出量の大部分は今後も変わらずデータセンターの責任となる」
液冷技術を導入することでデータセンターのエネルギー効率が向上し、その普及がさらに進むとしたらそれは良いことずくめだ。
ITUは現在、新しい技術の導入と開発において持続可能性を重要な考慮事項として徹底させるガイドラインを確立するための幅広い取り組みを行っている。その一環として液冷の環境面におけるメリットとデメリットを評価しようと奮闘している。
ITUは液冷の標準の作成に取り組んでいる。液冷の導入が急増した場合に、IT業界がこの技術を環境的に持続可能な方法で使うようにするためだ。ITUの相談役であるクリスティーナ・ビュエティ氏は本誌にそう話した。
「従来型データセンターでは、データセンターの構築方法、データセンターへの設備の設置方法、そして最も重要なこととしてデータセンターの保守方法を非常に明確にすることが目下の問題となっている。だが、液冷を備えたデータセンターの構築でもそれは同じだとは言えない」と同氏は語る。
「当組織が目指すのは一連の仕様を導入することだ。そうすることで、液冷を従来の空冷式データセンターの代替手段と見なせる可能性があることが証明される」
「データセンターを構築する上で環境への影響が重要な要件になると考える顧客にとって、水の再利用は付加価値として協議の対象にできる可能性がある」
これらの標準や仕様が実現するのはまだしばらく先のことだ。現時点ではそこに盛り込まれる内容を正確に伝えることは難しい。ビュエティ氏は2020年末までに最初の草案が提供されることを期待している。
とはいえ、液冷の導入が広がることは当面ないだろうというのがデータセンター業界全体で一致する一般的な見解だ。その一方、Kao Dataのフィンチ氏は空冷と液冷が混在する施設をしばらくの間運用することになる可能性が高いと考えている。
これは特に、40キロ〜50キロワットの負荷容量を備えた新しい空冷式サーバ製品が市場に登場するようになったためだ。つまり、液体ベースの代替製品を優先し、全面的に空冷技術に置き換わる可能性は低い。
「ほとんどのデータセンターの企業顧客には液冷について調査するチャンスがある。だがコンピューティング、メモリ、ストレージ、ネットワークから構成されるIT機器のアーキテクチャの幅広さは増している。その点を考えると、空冷式と水冷式のIT機器を両方ともサポートできるハイブリッド戦略を導入する非常に複雑な機械工学インフラが導入される可能性はある」(フィンチ氏)
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