公共機関のDXを支える5本柱Computer Weekly製品ガイド

コラボレーションや情報共有をデジタルでもっとうまく行う方法を見つけることは、政府機関が取り組むべき課題だ。それを達成する方法を解説する。

2020年11月04日 08時00分 公開
[Cliff SaranComputer Weekly]

 公共セクターには共通のテーマがあるらしく、誰もがDX(デジタルトランスフォーメーション)を口にする。だが多くの公共セクターにとって、内部のプロセスを合理化し、それを結び付けて市民のためのシームレスなエクスペリエンスをつくり出すことは、ますます難しくなっている。

 英国政府機関Government Digital Service(GDS)のカンファレンス「Sprint 19」(2019年)で、GDSのアリソン・プリチャード氏は2030年までに政府をデジタルで運用する構想を下支えする5本の「柱」を打ち出した。

  • 政府機関を横断する既存のセキュリティ基準や能力を強化する
  • 政府機関の相互運用性を向上させ、旧式システムへの依存度を低下させる
  • 政府のサービスを横断するデジタルIDの提供
  • データのアクセスしやすさの向上
  • 市民のためのパーソナライズされたサービスの開発

 このデータアクセスの柱に基づき、techUK(ロンドンのNPO法人)のCentral Government Councilの中堅・中小企業メンバーでPDMSのCEOであるクリス・グレッドヒル氏は、政府機関はトランザクションとデータの標準の確立に力を入れる必要がある。この標準をイノベーションの基盤として共有し、利用しなければならないと提言した。

 グレッドヒル氏は言う。「オープンなデータとうまく設計されたAPIは、トランスフォーメーションの優れた出発点になる。真の『市民中心』のためには、特定の官公庁が提供する個々のサービスに加えて、実世界で運用される非公式なサポートネットワークをサービスに反映させる必要がある。情報をデジタルでもっとうまく共有し、コラボレーションできる方法を探すことは政府機関が取り組むべき課題だ」

 そうした目標は、中央政府と地方自治体の両方のレベルで当てはまる。しかし現時点では、公共セクターの全分野が新型コロナウイルスの流行に対応しなければならない。2020年3月、Socitm(Society for innovation, technology and modernisation)は公共セクターのグローバル技術トレンドに関する2020年版の報告書を発表した。

 当時は英国で新型コロナウイルス対策のロックダウンが始まったばかりだった。報告書の筆者でSocitmの副ディレクター、ジョス・クリーズ氏はこう指摘している。「現在の環境において、公共セクターで最も重要な技術トレンドは全て白紙状態となった。今の最前線はモバイルワークと柔軟な働き方のサポートだ」

 「全ての公共サービスに新型コロナウイルスの巨大な重圧がのしかかっている。さらに重要なことに、職員をリモートで機能させるニーズに最もうまく対応できているのは、ここ数年の間にコラボレーション技術に賢く投資して、柔軟な働き方を奨励してきた組織だ」

 クリーズ氏は、自身のデジタルカウンセリングビジネスを起業する前に地方自治体のCIO(最高情報責任者)を務めた経歴がある。地方自治体は、実験プロジェクトの成功を広範な採用へと転換させる上で、特異な課題に直面していると考える。報告書の中で同氏は、地方自治体が予算拠出やスキル、官僚主義、政治的視点の欠如、さらには「戦略の欠如」といった課題を克服しなければならない状況について説明した。

エンタープライズITプロバイダーと小規模プロバイダー

 地方自治体に新技術を普及させるため、大手ソリューションプロバイダーや技術プロバイダーは主に大都市や豊かな都市にフォーカスしており、それ以外の地方自治体市場にはほとんど存在しない。そのため非常に不均衡な状況が生じている。

 一般的に、公共機関は規模が大きいほど購買力も高い。契約書の作成やサービス品質のモニターにかけられる時間と労力も大きい。たとえそうであっても、中央政府レベルでも地方自治体レベルでも、これを適切に行った事例は豊富にある。

 小規模の自治体には単純に、幅広いサービスをまたぐ革新的な技術への投資を正当化できるスケールメリットは存在しない。そこでSocitmの報告書は、新しい革新的なビジネスモデルの必要性を説いている。

 「規模の小さい地方自治体は、確実な投資対効果検討書に基づく投資を正当化できる最小必要数を確保するために融合するか、少なくとも共有サービス契約を確立する必要がある」「これは課題が多い。例えば、単純に技術的機能を融合させるだけでは不十分なこともある」とクリーズ氏は言う。

 コラボレーションに加えて、規模の小さい地方自治体は包括的なソフトウェアスイートではなく、ベスト・オブ・ブリード(各分野の良い製品を組み合わせること)でアプリケーションを調達することを検討しなければならない。

 「組織の成熟度にもよるが(メジャーな製品を使いこなして価値を引き出せる組織もあれば、それができない組織もある)、私が勧めるのは小さく買って、破棄できるようにすることだ」と同氏は語る。

 大型のソフトウェアスイートの課題は、公共セクターの中でプロセスがどう機能するかを左右しかねない点にある。クリーズ氏の経験によると、公共セクターには利用できる機能をできる限り使いたいという欲求がある。「全てのモジュールを使って全サプライヤーを統合することは非常に魅力的だが、これは効率的でもなければ持続可能でもない」

 クリーズ氏は公共セクターのIT責任者に対し、自分たちの組織でカスタマイズの必要なしに役立てることができるのはどの機能かを考えるよう促している。ただしカスタマイズが必要なときもある。「カスタマイズするものには精通している必要がある」と同氏は言い添えた。

購入より構築

 完全なソフトウェアスイートが適切ではなく、ベスト・オブ・ブリードの代替製品もその組織にうまく合わない場合、既存製品を対応させようとするよりも完全に新しいアプリケーションを構築した方が合理的なこともある。

 5年前、ウスターシャー市はCRMのサポート終了を受けて代替探しに着手した。「われわれは従来型のCRMは必要としていない。利用者に関する情報収集のことは気に留めていなかった」。同市のデジタルデリバリーチームマネジャー、ジョー・ヒルディッチ氏はそう振り返る。

 そこで同市はOutSystemsのローコード開発ツールを使って、バックエンドのカスタマーサービスアプリケーションと市のサービスを管理するバックオフィスダッシュボードを開発した。ヒルディッチ氏によると、各サービスの内部に構築したミニCRMは「従来のCRMよりもずっと柔軟性が高く、よりエンド・ツー・エンドのサービストランスフォーメーションを実現」できたという。

 新しいアプリケーションはそれぞれ、1つのバックエンドプロセスをできる限り効率化することに重点を絞ることができた。開発チームが既存の学校送迎システムのために構築した新しいフロントエンドアプリケーションでは、学校までの子供の送迎をリクエストした保護者が、リクエストの進捗(しんちょく)を把握できるようにした。

 「学校送迎リクエストは同チームがダッシュボードで処理して対応できる。保護者はサービスセンターに電話しなくても、自分のリクエストがどの段階にあるのか、すぐに確認できる」(ヒルディッチ氏)

 ローコード開発ツールを利用したことで、高スキルのソフトウェア開発者の採用は必須ではなくなった。高スキルのソフトウェア開発者は需要が多く、つなぎ止めが難しいこともある。「われわれはコーディングスキルが低い人材でも採用できる」と同氏は言う。

 OutSystemsを使って新しいアプリケーションを構築し始めた当時、ウスターシャー市のプログラミングチームは3つに編成され、それぞれ開発者2人が配置された。ヒルディッチ氏によると、このチームが標準テンプレートを使って市のアプリケーションを構築した。

 「中核的なコードは再利用が多い」と同氏は話す。ユーザー管理やデータ保持、決済のためのコードは、OutSystemsベースのアプリケーションを横断して何度も何度も再利用されている。

カスタマーエクスペリエンスに重点

 調査会社Forrester Researchは、2020年2月にまとめた報告書でCX(カスタマーエクスペリエンス)向上のためのDXにおいて、世界中の政府機関が民間セクターに後れを取っていると指摘した。

 Forresterによると、デジタルサービスに関するオーストラリアの経験には、公共セクターのCIOがDX戦略を遂行するに当たって参考にすべき教訓が豊富にあるという。

 報告書「Independent Review of the Australian Public Service」(オーストラリアの公共サービスに対する独立的検証)が指摘している重要な提言の一つが、利用者をサービスデリバリーの中心に据える必要性だ。Forresterによると、CXが向上すれば利用者が官公庁の指示に従う意欲が高まる。さらに、公共機関と積極的に関わりを持って評判を高め、信頼し、過ちを許してくれる。

 運用の観点から見ると、CXの向上はコスト削減にもつながる。「CXを向上させた公共機関は一般的に出費が減り、法令の制定が円滑化し、不祥事を避けることができる」。アナリストのサム・ヒギンズ、ジーイン・バリーの両氏はForresterの報告書「To Digitally Transform, Government Agencies Must Start By Becoming Customer-Obsessed」(DXのために、公共機関は顧客に夢中になることから始めなければならない)の中で、次のように解説している。「これは顧客が積極的に関わってオプションの特典やサービスを追求することによって促進され、無駄を省き、ミスを減らし、プログラムの利用率を高めることにつながる」

レガシーITの修正と契約管理

 クリーズ氏によると、公共セクターのCIOという仕事は魅力的ではなく、大きな変更にばかり重点を置くわけにもいかない。「CIOとしての仕事は、日常的な仕事を分類して、アウトソーシング契約がうまくいっていることを確認し、既存技術のレガシーが構築されないよう徹底させること」と同氏は言い添えた。

 公共セクターは、古いアプリケーションへの投資を続けていることもある。だがこれはビジネスを後退させ、納税者に多大な負担を強いることから、弁解の余地はないというのがクリーズ氏の見解だ。

 CIOの仕事はレガシーIT問題に対応し、その削減あるいは排除に取り組むことだとクリーズ氏は言う。

 そうすることで、CIOはDX戦略に取り組み、モダンな基盤を構築して、レガシーシステムのコストや限界に阻まれることなくデジタルが実現する公共サービスを提供できる。

 CCS Insightの調査ディレクター、ボラ・ロティビ氏は言う。「新しい業務のダイナミズムやビジネスの変化に対応するためにITインフラを近代化すべきというプレッシャーは、ずっと前から長期的な成長と持続可能性の重要な指針だった。そのおかげで顧客や市民の注目を高めることができた」

 公共セクターのITシステムの近代化は、市民と中央政府や地方自治体との関係改善につながる。これは政治的な恩恵にもなり得るとForresterは予想する。

 ヒギンズ、バリーの両氏は、「官公庁のCX向上は、国民のプライドやその国の未来に対する楽観性、政府がうまく機能できるという意識を高めることによって、政治体制の基盤を強化する助けになる」と予想している。

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