「バイアコム VS YouTube」裁判――Web2.0下での著作権の新しい見方、古い見方の対立IT変革力【第42回】

米国メディア大手のバイアコムが損害賠償の支払いを求め、グーグルとYouTubeを訴えた裁判が米国で注目されています。その件を中心に、今後のマスコミのビジネスモデルを考察すると、マスコミが大きな変革を迫られる時代が到来していることが分かってきます。

2007年03月28日 00時00分 公開
[TechTarget]

 米国で、現在最も注目されているのは、パラマウント映画や音楽専門番組MTVなどを傘下に持つ米国メディア大手のバイアコムが、10億ドル以上の損害賠償の支払いを求め、新興のネット企業、グーグルとYouTubeを訴えている「著作権裁判」でしょう。

 さて、プロの作曲家が書き上げて企業組織が販売する楽曲は、工業製品と考えられます。プロが作りテレビ局や映画会社が放映するドラマや映画も、プロの記者が書き新聞社が販売する記事も、生み出された工業製品と言えます。

 これまで、多くのYouTube参加者が工業製品である楽曲やドラマ、ニュースや映画のクリップをYouTubeに投稿してきました。それをバイアコムが著作権違反と訴えたわけです。20世紀の出来事として眺めれば、常識的に「著作権裁判」で当然バイアコムに軍配が上がり、YouTubeへの投稿者たちは著作権に違反したとなり、グーグル・YouTube連合は、著作権違反の手助けを行ったという判決が出るだろうと考えられます。

20世紀から大きく変化したIT環境

 20世紀末に、グーグル・YouTube連合と同じような問題で物議を醸したのは、ノースイースタン大学の学生だったショーン・ファニング氏が立ち上げた、楽曲共有を目的とする「Napster」でした。消費者は、ピア・トゥー・ピアというIT技術を活用してNapsterで好きな楽曲を自由に交換することができました。

 しかし、Napsterは当時の音楽業界から裁判所に著作権違反で訴えられ、ついに閉鎖に追い込まれてしまいました。当時の状況下では、誰もNapsterの味方をせず、圧倒的な多数が「IT技術は怖い、著作権違反を醸成する技術だ」という反応で、その結果、Napsterはいろいろな避難を受け、寂しく消えていきました。

 この視点と同じ発想で考えると、常識的にみればバイアコムとグーグル・YouTube連合の裁判は、バイアコムが圧倒的に有利ということになります。しかし、ブロードバンド環境や無線環境が普及し、IT環境も当時とはガラッと変わりました。

新しい著作権の見方

 Web2.0という新しいIT環境の下では、その上に成立する社会環境も大きく変わります。分かりやすく言えば、「インターネットでの情報商品やサービスは原則無料」という考え方があることが大きな変化です。

 個人のホームページ作成から時代は変わり、ブログ、SNS、Wiki、写真や動画共有サイトなどの仕組みを活用して、多くの人々が他者に見てもらうために無料で情報発信を行う時代となりました。いまやトラックバックなどという形で、他人の書いたブログの一部を自由に引用することまで慣習になっています。これを理論的に明確化したものに、スタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授による「クリエイティブ・コモンズ」というネット著作物の共有思想があります。

 さて、こういった事態は、お互いが無料で自由に情報発信を行う大衆表現社会の中で収まれば問題なかったのですが、これにプロが作成し、企業組織が収益目的で販売する楽曲や記事、ニュース、ドラマ、映画などの工業製品までが無料投稿に巻き込まれ始めたために問題が発生したのです。

古い著作権の考え方

 そうした中で、バイアコムの著作権違反の主張は明快です。「YouTubeの参加者の多くが著作権違反の投稿を意図的に平気で行い、グーグル・YouTube連合がそれをほう助している」、「バイアコムらマスコミはメーカーと同じ立場にあり、音楽アーティストやプロの記者らを養っていかねばならない。だから著作権違反をやめさせてくれ」というものです。

 一見、非常に常識的な議論です。しかしこの見方は「インターネットでの情報商品やサービスは原則無料」という視点からすると、古い20世紀的な見方であり、新しい時代を切り開く考え方ではありません。むしろWeb2.0というインターネットの第2の波の中で、古いマスコミ企業が失い始めたコントロールを取り戻そうとしているようにも聞こえます。

YouTube投稿者は意図的な著作権違反者か?

 Napsterの裁判では、裁判所は参加者の著作権違反は明白と断定しました。しかし、「インターネットでの情報商品やサービスは原則無料」という視点からは、「工業製品としての楽曲、ドラマや映画の動画クリップなどの投稿は、著作権違反を意図していない。むしろ仲間にお気に入りの楽曲やドラマを推奨しているだけだ」と見方が出ています。さらに、「これはマーケティング上、YouTubeなどへ工業製品の投稿を活用したほうが得だ」という見方につながっています。「YouTubeへのドラマクリップや楽曲の投稿は意図的な違反ではない」という見方ですね。

 しかし、新聞の記事を例にとってみるとよく分かりますが、インターネットの参加者が記事を全てYahoo!などのアグリゲーターから読み、新聞を読まなくなったとすれば、無料経済の下では、一体誰がプロの記者を養うのでしょうか? こういった大きな疑問が残ります。

 かつて若者の人気の的であったバイアコム傘下のMTVは、もはや昔の人気はなく、若者離れに悩んでいます。インターネット上でもグーグル・YouTube連合に太刀打ちできないのは明白と言われ始めています。従って、次第にバイアコムはプロの作曲家やプロの記者を養う力を喪失し始めています。

マスコミはビジネスモデルの変革を迫られる時代が来た

 バイアコム対グーグル・YouTube連合の裁判は、直接的な結果はともかく、既存のマスコミにビジネスモデルの転換を迫っています。

 米国では、「インターネットでの情報商品やサービスは原則無料」という考え方は、既存のマスコミにかなり浸透しているようです。そして、バイアコムに「既存の著作権の一部を放棄して対グーグル・YouTube連合から広告料の配分を受ければよい」と主張しています。

 これまで著作権などで収益を上げていた企業が広告費で収益を上げるとなると、これは大きなビジネスモデルの変更です。バイアコムの場合には、直接企業から広告投資を受けるのではなく、グーグル・YouTube連合から広告料の配分を受けることになるわけですね。

 インターネットへの広告費のシフトは勢いを増していますが、著作権の常識にすら修正を迫られ、いわば石炭から石油へ、百貨店からスーパーへといったような大きな業態変革の時代を、バイアコムなどのマスコミ体制派企業は生き延びることができるのでしょうか。それとも、時代に取り残された恐竜としていずれ滅びるのでしょうか。今回の裁判の具体的な行方はともかく、色々考えさせられる点があります。

(野村総合研究所 社会ITマネジメントコンサルティング部 上席研究員 山崎秀夫)

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