事例で学ぶ日本企業のグローバル人材戦略 隣の会社はここまでやっている徹底解説:グローバル企業が目指すべき人材戦略【後編】

さまざまなハードルを感じながらも先進企業は手探りでグローバル人材戦略を進めている。欧米企業、日本企業はどのような取り組みを始めているのか。参考になる事例を紹介する。

2014年08月20日 08時00分 公開
[佐々木 亮輔,プライスウォーターハウスクーパース]

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 前編「優秀な外国人社員がすぐに辞める――人材戦略の何が問題か」は、グローバル人材戦略の施策を推進する上で、人事部門がこれまで対応したことのないハードルの高い課題が出現していること、また日本の特殊性がグローバル施策推進の大きな足かせになっていること、その結果として、本社が思うように施策を展開できない悪循環に陥っていることをまとめた。グローバル人材戦略の基本的な考え方を念頭に、できるところから着手し始めている日本企業の事例を今回は紹介する(特集:グローバル企業が目指すべき人材戦略)。

欧米企業の事例は参考になるか

 日本企業の事例紹介に入る前に、欧米企業の事例について触れておきたい。結論からいえば、欧米企業の事例はあまり参考にならないと考えている。

 その理由は幾つかあるが、まず1点目は、そもそも欧米企業は海外展開に当たって本社の制度やポリシーについてガイドラインを横展開するなど、海外進出の初期段階から策を講じていることだ。他方、日本企業は各国ばらばらに運用してきた長い歴史の中で、後から標準化を図ろうとしているため、直面する課題が全く異なる。

 2点目は、欧米企業は組織構造的にも成熟している点だ。グローバル本社、地域本社、各国の法人といったレイヤーと共に、それぞれの権限構造がはっきり定義されており、「組織と役割のマネジメント」の土台が揺るがない。一方、日本企業はまだまだ議論の余地がある。

 最後の3点目は、グローバルタレントにとって、キャリアの終着点が欧米主要国にあるのと、欧米から見れば「極東(Far East)」と呼ばれる日本にあるのでは、そもそものキャリア的魅力の前提が異なる点だ。

 このような理由から、欧米企業の先進事例をまねても解決策とならないことが多い。仮に部分的に参考にするとしても、上述のような文脈が異なる点は配慮しておきたい。

日本企業の事例(1):買収先の仕組みのリサイクル

 日本企業の海外展開の方法としては、100%子会社を展開するケースもあれば、海外で既に実績のある地場企業を買収して拡大するケースもある。また後者については、自分たちよりもブランド力や規模の大きな企業を買収するケースも最近は増えている。

 海外で買収した企業をどのようにマネジメントするか。そこには、ガバナンス体制や、経営幹部のKPI管理など、さまざまな課題がある。課題のほとんどは、本社としてコントロールしたいがノウハウがあるわけでもない、といった日本企業のジレンマに起因する。

 しかし最近の事例では、必ずしも本社が全てをコントロールする必要はないという柔軟な発想が見られるようになってきた。買収先に競争優位性のある仕組みや機能があるならば、新しい仕組みを本社で作るよりも、既存のものを最大限有効活用すればいいという考えだ。

 具体的な事例としては、既に複数のマーケットでオペレーションを持つ企業を買収した日本企業のケースがある。買収先企業は効果的な海外人材マネジメントのノウハウを蓄積していて、人事部門の中にもグローバル人事担当がいた。ちょうど買収元企業の本社人事部門はグローバル人材戦略の施策を展開しようとしていた矢先であったが、なかなか推進できない踊り場にいた。

 そんな背景もあり、買収元企業の本社人事部門は、買収先のグローバル人事担当を横滑りさせて同じ役割を担ってもらった。手始めに、買収した企業の本社があった地域においてグローバル人材マネジメントのモデルケースをつくるために、職務評価をベースとした職務の構造化や、グレーディング体系策定、報酬水準の標準化などを策定した。

 その人材マネジメントモデルが一定の成果を収めたため、その他の地域への横展開を本社で決めた。結果的に、買収先のグローバル人事機能が受け継がれ、その企業が運用してきたグローバル人材戦略の考え方を基盤に日本企業のグローバル人材戦略が整備されていった。

日本企業の事例(2):地域ごとの最適解の追求

 ここ5年で、アジアでの地域統括機能の強化を目指してシンガポールに新たに進出したり、人事担当者をシンガポールやタイに新たに派遣するといった動きがみられる。海外のビジネスボリュームの増加とともにグループガバナンスのあり方についても議論が及び、地域統括機能の再検討が進んでいる。

 日本企業の人材マネジメント状況を世界の地域別にみると、北米や欧州においては、現地法人の社長ポジションなどへの現地人材の登用が進んでいる。一方、アジアに代表される新興国においては、優秀なマネジャーの採用、育成、リテンションといった基礎的課題に依然として取り組んでおり、現地人材の経営層への登用はまだ先になりそうである。地域ごとに人材マネジメントや労働市場の成熟度が違うのだとすると、グローバル共通ではなく、地域ごとにタレントマネジメントの共通施策を展開することが合理的だろう。

 具体的な事例として取り組みが進んでいるのは、地域統括ごとのマネジメントスキル、リーダーシップ開発研修の実施である。こうした研修を現地法人単位で企画、実施するにはリソースが掛かりすぎる場合でも、地域統括の取り組みとしては成立しやすく、現地法人からの協力を引き出しやすい。

 また、タレントマネジメント施策を展開するには、グループ内のどこにどれだけの能力を持ったタレント(人材)がいるのか把握しないと始まらない。ただ、グローバルで人材データベースを稼働させようとしても、本社人事部門でそのような情報を集めたことがないため、集める手段がないというケースは多い。駐在員に依頼してデータを集めてもいいが、駐在員に負担を掛けるし、情報が偏る可能性もあると本社人事部門では遠慮してしまうことも考えられる。しかし、地域統括の研修という名目であれば、各法人から優秀なマネジャーを選出してもらうことが可能で、効率的にタレントの能力を推定できる。欧米の地域統括であれば、将来の現地法人社長候補を見極めるデータにもなるため、一石三鳥の便益をもたらす。

 ただし、地域統括での研修を数回実施しただけでは、結局一過性のイベントとして終わってしまう。その次につながる施策を提供しなければ意味がない。本来であれば、地域統括の施策がグローバルへとつながるのが最適だが、現在の日本企業の二元管理体制ではつながらないと考えられる。そこで先進的な企業では、地域統括での施策を深化させる取り組みを行っている。研修をきっかけとしてタレント情報を域内で共有し、三国間異動やジョブポスティングの仕組み、地域統括会社ポジションへのキャリアパスの提示など、地域の中でタレントを活用し、将来の経営を担う優秀なタレントを地域統括ごとに輩出しようとする動きがあるのだ。

日本企業の長期ビジョン 〜グローバル企業としてのゴールイメージ〜

 上記2つの事例で共通しているのは、「本社外し」の現実である。海外の人材マネジメントの枠組みやプログラムについては大きく前進しているものの、日本本社の制度との関連性、タレントマネジメントにおける日本人社員や駐在員の位置づけは、課題として棚上げされたままだ。前回も指摘した通り、日本企業はグローバル化に際して何をすべきなのかの“お品書き”についてはアイデアを持っているが、どのように優先付けをして、どんなプロセスで進めるべきなのか、マスタープランが描き切れていない。

 日本企業に本当に欠落しているのは、最終的なゴールの共有なのである。例えば今後、グローバル化が進んでダイバーシティ(従業員の多様性)も増したとして、2030年、日本企業の本社で働く人材は、多国籍多人種なのだろうか、それとも英語を流ちょうにしゃべる日本人で占められているのだろうか。グローバル本社機能も分散化しているのか、引き続き中央集権化されているのか。このような組織と要員に関する長期ビジョンが見えてこない。そのため、現在の本社外しを今後も容認すべきか、または、スタンダードを一本化するために動き始めるべきかの判断ができないのだ。経営幹部レベルでの合意形成なくして、今後の一貫したグローバル人材戦略の展開はあり得ない。まず取り組むべきは、グローバル企業としてのゴールイメージの共有といえるだろう。

佐々木 亮輔(ささきりょうすけ)

プライスウォーターハウスクーパース株式会社 コンサルティング部門 人事・チェンジマネジメント ディレクター

過去15年以上にわたり日本企業のグローバル化をテーマとしたコンサルティングに従事。シンガポールとニューヨークでの駐在経験があり、日本だけでなく、アジアと欧米のベストプラクティスにも精通。グローバルリーダー研修の講師や日本人駐在員のコーチとしても活躍。日本と海外の双方の観点から本社のあるべき施策を提言する。


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