DXに取り組んでいると成功事例に目が行きがちだが、失敗を誘発する原因を学ぶことも有用な取り組みだ。DXの専門家が挙げる、DXが失敗する11個の原因を紹介する。
「デジタルトランスフォーメーション」(DX)に取り組むからには成果を得たいところだ。DXを軌道に乗せ成果を出すためには、失敗につながりかねないよくある誤解を避けることが不可欠だ。DXの専門家の知見を基に、企業のDXが失敗する11個の原因と、その対策を以下に紹介する。
調査会社Everest Groupのパートナーであるニティシュ・ミッタル氏は、DXの取り組みが苦戦する原因の一つとして、経営層の支援不足を挙げる。「DXの取り組みを進める上で、経営層の協力や支援を受けるための体制づくりは不可欠だ」とミッタル氏は言う。
具体的に支援が必要なのは、アイデアの立案や承認の段階、ガバナンスの保持や改善といった場面だ。支援が不足していることで、社内のDXに対する熱意や関心がすぐに冷めてしまう可能性がある。
経営陣の支援が不足していることで生じるもう一つの問題は、誰がDXにおける決断を下すのかが曖昧になることだ。「その結果責任の所在が曖昧になり、DXにおける決断や失敗に対して誰も責任を負わなくなる」とミッタル氏は指摘する。
調査会社Gartnerのディスティングイッシュトバイスプレジデントアナリストであるクリスティン・モイヤー氏は、経営陣の支援についてこう説明する。「従業員が一丸となってDXに取り組む意識を社内に醸成するためには、CEOをはじめとする経営層がDXに協力する姿勢や模範的な行動を自らの行動で社内に周知することが重要だ」
「経営層からの支援は、DXに必要な予算を確保するために重要だ」と指摘するのは、セキュリティコンサルティング企業RisksilienceのCISO(最高情報セキュリティ責任者)を務めるジェイソン・フルージ氏だ。
社内にDXを忌避する声があれば、最高情報責任者(CIO)、最高技術責任者(CTO)、最高デジタル責任者(CDO)といった技術系のリーダーの出番となる。DXの取り組みに協力するだけではなく、DXを通じて会社が進むべき方向を従業員に示し、DXを成功に導く支援に取り組む。
「企業文化がDXの成否を左右する」という意見にDXの専門家たちは同意する。「部門間を横断して協力し合う文化が社内になければ、DXは失敗する」と語るのは、コンサルティング会社PSG Consultingのマネージングディレクター、アントニー・エドワーズ氏だ。
「企業文化の変革にはチェンジマネジメント(組織の変革を成功させるためのマネジメント手法)が重要だ」という認識は、DXの専門家の間で一致している。変化を嫌う従業員には適切なトレーニングと教育を提供し、「変化を推進する人」(チェンジチャンピオン)になってもらうのもチェンジマネジメントの役割の一つだ。
DX専門の部署を編成できるかどうかも、DXの成功を左右する要素の一つだ。DXに関する知見や実務経験を持つ人材を採用しない企業もある。「在籍中の従業員と経営層だけで自社を根本的に変革できる』という考え方は現実的ではない」とエドワーズ氏は語る。この傾向は、特にIT企業ではない企業に当てはまりやすい。
IT企業大手における人員のレイオフ(一時解雇)といった動きに関係なく、DXやITの専門性を持つ人材の獲得は困難になりつつある。特に、人工知能(AI)技術やサイバーセキュリティといった、需要がある分野の人材確保はその傾向にある。
ユニファイドコミュニケーション(UC)システム向けのガバナンスおよびセキュリティツールベンダーTheta Lakeの共同設立者兼CEOであるデビン・レドモンド氏は、相談を受けた企業に伝えていることがある。それはDXの取り組みが迷走している場合、その状況や原因を理解し、そのことを社内のメンバーに共有できる人材の大切さだ。そのような人材は、DXを成功させるために注力すべきポイントやそのためのプロセスの構築といった会社が必要な情報を集約し、共有してくれる。
「自社の市場や業務、顧客について理解している従業員を確保することも同じく重要だ」とエドワーズ氏は添える。
「明確な目標を設定せず、ただ単に取り組んでいるだけ」のDXは失敗につながると指摘するのは、クラウドセキュリティベンダーOrca Securityの共同設立者兼チーフイノベーションオフィサーであるアビ・シュア氏だ。
コスト削減、企業が置かれた環境の変化に素早く適応するためのアジリティー(機敏性)の向上、安全性の向上といった観点を基に、DXを通じて具体的に何を達成しようとしているのかを明確にする必要があるとシュア氏は説明する。
明確な目標の設定と目標を達成するための手順を明確化せずにいると、従業員が各自の都合で動いてしまう。その結果、従業員の統制が取れなくなり、DXに関する予算が想定よりも早く足りなくなる可能性がある。
DXを通じて新しいソフトウェアやシステムを導入する際、そのソフトウェアやシステムを使って実現できることだけに焦点を当てるのはDXの失敗につながる可能性があるとレドモンド氏は指摘する。
例えば厳しい規制を順守する必要がある業界の企業が、ビデオ会議を使ったコミュニケーションを実現したいと考えているとする。そこで「Zoom」「Cisco Webex」といったWeb会議ツールの導入が視野に入る。ツールの導入前後は、「ツールを導入すれば従業員のコミュニケーション不足を改善できる」という肯定的な面に注目しがちだ。一方で、ツールを使う際のセキュリティポリシーの徹底やコンプライアンス(法令順守)要件の課題を考慮しなければ、問題にぶつかる可能性がある。
「ソフトウェアやシステムを導入する前に、最新のセキュリティポリシーとコンプライアンス要件に沿ったものかどうかを、関係する部署を巻き込んで検討する必要がある」とレドモンド氏は語る。
シュア氏も「単に使えるからという理由だけでソフトウェアやシステムを導入するようでは、十分な検討を実施したとは言えない」と指摘する。例えば、DXの取り組みとしてクラウドサービスを導入する企業がある。クラウドサービスはオンプレミスシステムとは異なるということを忘れてはならない。単純にオンプレミスシステムをそのままクラウドサービスに移行させる「リフト&シフト」のアプローチは、「短期的にはうまくいくことがあるが、良い結果をもたらすとは限らない」(シュア氏)。
マーケティングツールベンダーPhraseeの非業務執行取締役であるパリー・マルム氏によると、「誰よりも早く取り組み、失敗を繰り返せ」というメッセージを持つキーワード「フェイルファスト」が、DXの失敗を誘発する可能性がある。フェイルファストを掲げ、DXを成功させようと思っていない企業が存在するというのだ。
フェイルファストの姿勢は、「失敗の正当化と、熟考を伴わない行動につながる」とマルム氏は指摘する。フェイルファストの姿勢を貫くのではなく、まずはDXの取り組みに当事者意識を持つことを同氏は薦める。
調査会社Constellation Researchの設立者兼プリンシパルアナリストであるレイ・ワン氏は、DXに失敗した企業を観察して得た事実に基づき、「DXとは一朝一夕に達成できるものではなく、都度、慎重な分析が必要」だと語る。
「IT業界で成功したいのであれば、大手IT企業のビジネスモデルを観察し、理解した内容を使ってどのようにマネタイズするかを理解する必要がある」とワン氏は説明する。「長期的な投資を実施し、必要なデータを収集する。適切な人材の確保も進める。これが、さまざまな企業のDX事例から学んだ教訓だ」(同氏)
DXの取り組みを進めている途中で、はやりのソフトウェアやシステムを導入する場合がある。「そうした状況では、社内の企画や実行中の取り組みが中途半端になり、従業員が疲弊してしまう」。経営コンサルティング会社Lotis Blue Consultingのパートナーであるジョン・キング氏は、そう指摘する。
DXの目標に合致しているかどうかを確認せず、ソフトウェアやシステムの機能のみに注目してしまう場合も注意が必要だ。コンサルティング企業SSA & Companyのアプライドソリューションバイスプレジデントであるニック・クレイマー氏は、企業のDXに最適とは言い難いテクノロジーをIT部門が提案するのを見てきたという。ソフトウェアやシステムを導入することで技術的な目標は達成できても、DX目標には沿っていない場合、予算が無駄に費やされる可能性がある。
「自社がこれまで積み重ねてきた業務手法や文化とは相いれないテクノロジーを導入することにも検討の余地がある」とクレイマー氏は指摘する。「企業文化の変革は必要だが、自社の文化の延長線上に新しいテクノロジーや業務手法を導入することに重点を置いた方がより効果的だ」というのが同氏の考えだ。
DXの取り組みは、自社のビジネス戦略や従業員の能力に沿ったものであるかどうかが成否を左右する。経営層は、DX計画の全体像を事前に評価しておくことが重要だ。評価を十分に実施していない場合は計画を一時中断し、評価に時間を掛けて取り組む必要がある。
コンサルティング企業PricewaterhouseCoopers(PwC)のクラウド&デジタルストラテジーオペレーティングモデルリーダー兼パートナーであるダニエル・ファヌーフ氏は、DXを通じて新たなビジネス価値を生み出す代わりに、新しいテクノロジーの導入や移行の成功にだけ集中する企業を見てきた。そのような企業に対してファヌーフ氏は、テクノロジーを軸にDXの戦略を考えるのではなく、ビジネス上の目標や優先順位を出発点に、DXの戦略を支えるテクノロジーを検討することを薦める。
「この取り組みを実施することで、自社のビジネスを前進させ、高い投資利益率(ROI)を達成し、DXを成功させることができる」とファヌーフ氏は説明する。例えばクラウドサービスの導入と活用を成功させたある企業は、まずビジネス上の優先順位をしっかり把握することから始めたという。始めに優先順位を付けることにより、目標を達成するためにテクノロジーをどのように活用できるかを分析できるようになる。
テクノロジーの導入やチェンジマネジメント(組織の変革を成功させるためのマネジメント手法)の取り組みには投資しても、DXの進捗(しんちょく)管理や効果の測定には気を配らない企業がある。ファヌーフ氏によると、DXに取り組む企業の大半は、「ある程度の額の短期的なコスト削減」であれば実現できる。しかしDXで得られた効果を持続させるための仕組み作りをしなければ、DXに取り組む前の状態に逆戻りしてしまうという。
ファヌーフ氏によると、DXに成功した企業のほとんどは、DXの進捗管理を簡素化して自動化するソフトウェアを導入していた。加えてDXで得られた効果を測定したり管理したりする部署を設立し、その部署にリーダーを配置していたという。「このような取り組みには費用が掛かる。しかしこれらの取り組みを軽視して予算を組まない企業は、DXの効果が減少しがちだ」と同氏は指摘する。
DXで得られた効果の管理や測定を実施するリーダーの役割は、DXの取り組みで生じた損益を明らかにするためのプロセスの形成と、DX目標に対する達成度を定期的に監視する仕組みづくりだ。それらを実施するためには、ソフトウェアやサービスの導入、部署の組織といった事前の準備が必要となる。
DXが失敗する原因の一つは、DXの効果を測定する基準を持たないことだ。ミッタル氏によると、DXの成否を測定する際は、サービスレベル契約(SLA)や主要業績評価指標(KPI)といったテクノロジーや機能に依存する指標はあまり効果的ではない。それらの指標よりも、個人やチームの貢献が組織の目標に合致しているかを確認できる目標と成果指標(OKR:Objectives and Key Results)の方が効果的だという。
OKRは、企業の目標(Objectives)と、目標をどう実現し、達成できたかという成果(Key Results)を結び付けたものだ。OKRは、リーダーの役割に結び付ける必要がある。クラウドサービスの導入を軸とするDXでは、CIOは適切なクラウドサービスの選択と導入を担当する。最高財務責任者(CFO)は、確約利用料(クラウドサービスの容量や性能を確約し、その確約を基に割引を受ける契約料)とクラウドサービスの使用量の差を管理するなど、導入に関するコストを予測する。最高マーケティング責任者(CMO)は、DXの進捗状況を社外と社内に伝える取り組みに注力するといった具合だ。
後編も、DXを成功に進める上で常に頭に入れておきたい要素をDXの専門家の説明に基づいて紹介する。
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